第六十八話◇森岡海
うぬぬ、なかなか上達が早い。コヤツ、スポーツも万能であったか。
月島くんにバドミントンの指導を開始したが、容易に覚えてゆく。こりゃ将来が楽しみだ。
「上手いじゃん。やるねー」
「そうかい? スポーツは好きなんだ。そう言う環境に入れなかっただけで」
「いいよ。こりゃすぐにレギュラーになれそう」
「いやぁ、キミの指導がいいからさ」
ちょっと感心した。吸収がいいし、何よりガッツがある。そうこうしているウチに部活終了の時間となった。
これでようやく月島くんから解放される、と思ったがそうは問屋が卸さない。
ヤツは当然のように部室の横で待っていた。他の部員たちは私を置いて『じゃあねー』と去って行く。いやなんでなん?
「気を遣わせちゃったなー」
何か言ったか、ニコ顔の少年。ムカつく、コイツ。中二にも関わらず身長174センチのイケメンのスポーツ万能の大富豪ですって!?
ふざけんのも大概にしろよ。まあ性格はクソだからいいが。天は二物を与えずとは言うものの、色々与えて貰ってやがる。まあいい。コイツがどうなろうと。
「ねぇ、マンション見ていきなよ。彩花も帰ってきてると思うし」
さやちゃんかぁ。それは会いたい。さやちゃんも一夜にして王女さまになったんだもんね。見てみたい。でもさすがに夜になっちゃうからなー。
校門までくると、運転手を乗せたTSUKISHIMA製の高級車と由真が待っていた。そして笑顔で月島くんに言う。
「待ってたの、月島くん。うちの車で家まで送らせて」
あー、そーゆーことね。じゃあさやちゃんと会うのは今度にしよう。休日とかいいかもね。
「じゃあソラ、また学校でね」
私は月島くんを置いて、自宅のほうへと歩みを進める。しかし、月島くんは私の横に並んだままだった。後ろでは由真が『なによバカにして!』とか叫んでいる。
「ちょっと、ちょっとお。由真に送って貰うんじゃないの?」
「まさか。キミがいるのに?」
「私なんてどーでもいいでしょ? 気にせず乗ってっちゃってー」
「いーや、送る。こんな美人を一人歩きさせられないからな」
「冗談はやめて。ソラこそ大富豪の御曹司でしょ? 誘拐されるかも?」
「俺なんてどうでもいい。キミのほうが心配だ。それに話は終わってない」
「ああ、マンションに行く話? だったら休みにしましょ。平日終わるのはこの時間だし、休みなら明るいうちにさやちゃんと遊べるでしょ?」
「ホント? きっとだよ? 彩花にも言うよ。もう興奮して土曜日まで寝れないかも?」
「ちょっと。なんで土曜って決めるのよ」
「日曜は二人で遊ぼう。一緒に街へ買い物に行こう。奢るよ」
「何言ってんの? あの一円を惜しむソラはどこに行ったのよ。見損なったなー、急にお金をチラつかせるそのやり方。嫌いです。そのお金持ちキャラ嫌いです」
「いやいや、前のお礼だよ……。オムライスとか、看病とか。五十歳とか六十歳ならなくても何かで返せると思ってたんだ。ね、お願い、お願い」
「ふーん。まあいいけど。さやちゃんも一緒にね」
「え?」
「え? じゃないでしょ? たった二人の兄妹なのに」
「彩花も一緒か……」
コイツ、なぜ兄妹一緒と言っただけでテンションだだ下がりなんだ?
◇
それから普通の毎日が過ぎ、土曜日となった。部活が午前中にあったので、その帰りに月島くんのマンションへと行った。
すごいマンション。駅前のでかいヤツ。その最上階で、フロアも広い。まるで高級ホテル。
案内されて中に入ると、これまたすごい。玄関に入ると、広い廊下にドアがいくつもある。お手伝いさんも回り番で寝泊まりするし、お父様もたまに来るために部屋があるのだとか。もうレベチすぎて何がなんだか。
さやちゃんは、その広い廊下の絨毯の上でお人形遊びをしていた。そして私を見つけると立ち上がって喜びの舞を踊っている。可愛い。着せられているお洋服もステキ。本当に王女さまみたい。
さやちゃんは私を自分の部屋に案内してくれた。広いお部屋なのに、小さく区切っている。なんでも広いのは慣れないので、昔のアパートと同じ広さにしているのだとか。可愛い。
月島くんはしきりに私を自分の部屋へと誘ったが、行く意味はないのでさやちゃんの部屋で遊び続けた。さやちゃんは大興奮のまま、最後私が膝に座らせて絵本を読んであげると、そこで眠ってしまった。
「眠っちゃったね」
「そうだね。じゃ今のうちにベッドに運ぼう」
月島くんはさやちゃんを抱えてベッドに寝かしつけると、やや興奮気味に私のほうへと振り返った。
「じゃ、じゃあ、俺の部屋、見ていってよ」
「いやー、別に見る必要ないって言うか」
「なんでなんで。面白いよ。プラネタリウムがあるんだ」
「へー、すごい。そりゃ見てみたい」
「でしょお?」
面白そうなので立ち上がると、無礼な月島は急かして私の背中と腰を押したので睨み付けると、飛び上がって縮み上がった。なんだコイツと思いながら行ってみると、見たこともないような広い部屋。さすが将来の帝王だ。前の小さい部屋の影もない。
月島くんが電気を暗くすると、天井に星がたくさん回り始める。
「ねえ、ここに寝てみてよ」
と、大きなソファーベッドに誘われたので、そこに身を倒してみた。こんな寝心地の良い固さのソファーがあったんだと感動。その横には同じセットのソファーに身を倒した月島くんがいる。
「どう? お姫さま」
「すごーいソラ、のお父さん」
「んんんんん、そ、そうだけど、海くん。キミはいつでもここに来てくつろいだっていいんだよ。俺たちの恩人なんだもの。お泊まりしてもいいんだよ。お風呂もすっごく広いし、ジャグジーも付いてるんだ」
「いいなー、うらやましい」
「キミは望めばいつだってこの暮らしが出来るんだよ」
「そうだ!」
「ん?」
「明日、うちの兄も連れてきてもいい? さやちゃんもきっと喜ぶと思うんだ!」
「え? と、お兄さん? この前遊んで貰った?」
「そうそう。兄もさやちゃんのこと気に掛けててさ」
「うーん、と。いいよ。あー、そのほうがいいか! お兄さんに彩花の面倒みて貰って、さ!」
「そうそう。一緒だと、とっても楽しいよ」
「海くん、俺はキミのことが──」
明日の約束をし、私が帰ろうと立ち上がると、なぜか月島くんは私がいたソファーベッドに手を広げて覆い被さっていた。なにやってんのコイツ。立ち上がろうとしてつんのめったのであろう。ドジなヤツだ。そこに私がいたら私に覆い被さってたことになるぞ、アホ。
月島くんは顔を上げながら言う。
「う、海くん、どこいくの?」
「どこって、帰るんだけど?」
「か、帰るの? 夕飯、食べて行きなよ」
「いーよ。悪いもの。さやちゃんも寝ちゃったし。じゃ、また明日ねー」
「ちょーーー! 送る! 送るよ!」
「いーよ。さやちゃん起きたら一人になっちゃうでしょ」
「いや、家政婦さんいるし。ちょっとフミさーん」
月島くんは、家政婦さんを呼んであれこれ指示すると、私の横に並んだ。初老の家政婦さんは微笑みながら『仲のよいことで』とか言ったところで慇懃無礼な月島はノリなのか私の肩を組んできたので、その手をつねってやると、ピョンっと音がするほど飛び上がっていた。




