第六十三話◇森岡海
私と村田くんは横にならんで歩く。村田くんは私にあれこれ話しかけてきた。病み上がりのクセになかなか元気がよいが『海くん、海くん』と馴れ馴れしい。
「ソラ」
「ん? なに?」
「あんたのこと、ソラって呼ぶから。あんたばっかり気安く人の名前で呼ぶなんて不公平だよ。いいね?」
「もちろんだよ。全然そう呼んでくれて構わない」
彼は今までの雰囲気とは違って、歩道の縁石に登ってバランスをとりながら楽しそうだ。どうしてそんなにテンション高くなった? 病気から回復したからかぁ? はあ。
そんなやり取りをしていると、我が家の前についた。しかし静かだ。家に入って兄とさやちゃんを呼んだが返事はない。
「どうしたんだろう? 二人ともいないや」
「二人で遊びにでも出掛けたのかな?」
「そうかもしれない。面倒見がいい兄だからさ……」
「海くんを見てると頷けるよ」
こいつ、キャラ変わり過ぎだろ。前の強情な村田ソラはどこに行った?
私はスマホを取り出して兄へと連絡する。兄はすぐに電話に出た。
「おーう、おはよう」
「あ、お兄ィ。さやちゃんとどこに行った?」
「近所の児童公園にいるよ。二人で遊んでる」
「へーへー、さすが面倒見のいいこって。お迎えに上がります」
「おう、そうか。待ってる」
電話を切った。そして村田くんへと二人は児童公園にいると伝え、並んで迎えに行った。
すると目的の児童公園の少し離れた電信柱に隠れながら公園を見ている女性がいる。彼女は、覗いては隠れ、覗いては隠れの行動を繰り返していた。怪しいことこの上ない。
だが近づいて見て驚いた。それは美人で有名な一條先輩だったのだ。
「あのう、先輩?」
すると一條先輩は肩をビクつかせて急速に振り返った。
「ああっ。も、森岡くんの妹さん?」
「え? 私を知ってらっしゃるのですか? 兄はそんな目立つほうじゃないと思うんですけど……」
「ええ、もちろん知ってるわ。ところで、森岡くんのそばにいる、あの女性は誰かしら……?」
じょ、女性? 一條先輩の指差すほうには、さやちゃんしかいない。まさか、私たちに見えない女の人が一條先輩には見えちゃってる?
「あの……、私には三歳のさやちゃんしか見えないんですけど……」
「さやちゃん……!? さやちゃんと言うのね……。まあ、なんて仲睦まじい」
「いえ、さやちゃんはまだ小さいですし、あの……通報とかやめてくださいね。ここにいる私の友人の妹さんです」
と村田くんを紹介したが、一條先輩の様子がなにかおかしい。私たちには興味がないように、兄を見つめて、電信柱には爪を立てている。
「さやちゃん……。あと13年経ったら16歳だわ。そしたら森岡くんは28歳。くうう、なんで、どうして……」
なにか鬼気迫る感じだ。そんな私たちには兄は気付いてないのか、さやちゃんと楽しそうに公園の道を道路に見立てて遊んでいた。
「はい、さやちゃーん。横断歩道では、右見て~、左見て~、もう一回右見て~、そしたら手を上げて渡る~」
「はい、先生!」
微笑ましい。兄は将来小学校の先生をやりたいと言っていたが、さやちゃんと上手に遊んでいるようだ。しかし、一條先輩のほうを見るとプルプルと震え、何やら下唇まで噛んで悔しそう。
「せ、先輩。もしよろしかったら、兄に会っていきません? きっと兄も喜びますよ」
と言うと、一條先輩は花が咲いたように笑いながら答える。
「ええ!? そんな、二人の間に割って入るなんて悪いわ。でもいいのかしら!? 私ったらこんな格好だけど、喜んで!」
どうやら会って行くようだ。しかし、兄とさやちゃんのほうに目を移すと、さやちゃんは少し高い遊具に駆け登って、兄の頬にキスをしていた。兄もそれに喜んでいる。
ふと──、ゴンっと言う音と共に視界から一條先輩の姿が消えた。驚いてそちらを向くと、一條先輩がいない。視線を落とすと、一條先輩は道に頭を打ち付けて倒れていた。
「一條先輩!?」
「……いいの。気にしないで。私──、帰るわね」
なにやら、メチャクチャテンションが下がったようで、スカートに付いた木の葉も気にせず、額には血を滲ませ、肩を落としてトボトボとふらつきながら電柱やら壁やらに体を打ち付けて帰ってしまった。一体なに?
「キレイな人だなァ。お兄さんの彼女?」
それは村田くんの言葉。私はそれに答える。
「そんな、まさか」
なぜか引っ掛かった。村田くんの『キレイな人』と言う言葉に。イラッとしている自分がなぜなのか分からなかった。
ムカつきながらも村田くんを横に並べて兄とさやちゃんの元へ。兄は手を振っていたが、さやちゃんは兄の足の後ろへと隠れてしまった。そこに村田くんが話し掛ける。
「彩花。お兄ちゃん良くなったぞ。さあ帰ろう」
しかし、さやちゃんは兄の後ろに隠れたままで出てこようとしない。
「彩花?」
「いや。さやちゃん、おにいたんとお遊びする。おうちに帰りたくない」
「バカ言うなよ。お兄さんにご迷惑だろう」
「やだやだやだぁーー! さやちゃん、おにいたんと一緒に住むぅー。おにいたんのお嫁さんになりたいー!」
あらあらあら。まさしく『ラブ』だわ、こりゃ。兄は困ったような顔をして、さやちゃんへと話し掛けた。
「さやちゃん、お兄ちゃんも楽しかったよ。送っていくから、今度また遊ぼう」
さやちゃんはグズっていたが、兄に諭されてようやく頷いた。私たちは、さやちゃんと手を繋いで村田家へと向かって行った。




