第五十八話◇一條瑠菜
それから第十チェックポイントまで回ったが、私たちの籠には十一の玉しかなかった。私も空くんも息も絶え絶えの茫然自失で、真っ白に燃え尽きていた。
「ま、まあ、これが君たちへの正当な評価でもあるまいから、そう気を落とすな……」
うぐぐぐぐ、ナントカ先輩! 気休めはよして! 自分たちの籠のピンポン玉は溢れんばかりなのをいいことに。
ふんだ、ふんだ、ふーんだ。こんなゲーム私たちは認めないからね! ちなみに私たちが小さく見えるのは少し遠くにいるからだからね?
くう、帰りたい。空くんとくっついたら夢唯ちゃんに睨まれるし、ストレスの行き場がないわ。一体なんだと言うの? 今日は神様お休みの日? 瑠菜と空くんはベストでナイスなカップルだというのに、ピンポン玉はこれしか無いなんて。
ど、ど、どうにかしなくては……。
「空くん、どうしよう?」
「ま、まあ、優勝できなくても仕方ないよ。その時はチケット買って遊園地に行こう」
「えー、でも、でもぉ、瑠菜と空くんはベストなカップルなんだよ? それがこんなピンポン玉で決められるなんておかしくない?」
「そりゃ、おかしいよねぇ」
その時だった。会場からアナウンス。あれは生徒会の副会長女子だわ。
「えー、会場のみなさん。これからピンポン玉ゲットの大チャンスです。どうぞこちらにお集まりください」
な、な、なんですって!? ピンポン玉ゲット? そーよね。あんな質問だけで私たちの仲が決められる分けないもの。これは勝ったわ!
私と空くんは顔を見合わせて大きく頷き合った。
副会長さんの元へと行くと、その他大勢のモブカップルたちもたくさん。まあどんなに集まっても私たちが優勝でしょうけど。さあどんなことすれば良いかしら? 早キス百回対決とかかしらね?
「二人羽織、マシュマロ早食い対決~」
に、二人羽織でマシュマロ? お、おう。これは展開が見えないわ。あ、あそこのテーブルに、それぞれ山と積まれたマシュマロ……。あんなにお腹に入るわけない。マシュマロは好きだけど。
「さあ参加される方々はどちらが食べるほうか、羽織に入るほうか決めてください。この対決での勝者にはピンポン玉十個差し上げます!」
十個! これはやるしかない。たしか美羽ちゃんたちは二十個、夢唯ちゃんたちが二十九個だったわ。私たちは十一個だから、この勝負に勝っても美羽ちゃんは抜けても、夢唯ちゃんには負けてしまう。せめてもう一つ十個チャレンジがないと! きっと作者さまは二つ目もご用意してくださってるに違いない!
とは言え、まずはこの勝負は必ずおさえなくちゃだわ。
ん? なんか、おじさまやおばさまのようなご夫婦は遠慮して参加しないようだわ。そうよね、ちょっと加齢な皆さまには無理な量かも?
とは言え、山盛りマシュマロは私も難しい。ここは空くんに出馬して貰おうっと。
「空くん、甘いもの大丈夫?」
「大丈夫だよ。瑠菜は俺の口にマシュマロ入れられる?」
「大丈夫だよぉ。空くんのお口の位置は瑠菜が一番知ってるもんね」
私たちはお互いにニッと笑いあった。さあマシュマロ! いつでも来なさい!
美羽ちゃんたちも御堂くんのほうが食べる側に回るようね。おっと、夢唯ちゃんチームは夢唯ちゃんが食べるのぉ? それは強敵だわ。夢唯ちゃん、大きいからたくさん食べるの知ってるもの。くうう。
席にスタンバイして、私は羽織を被って空くんの手の役に回ると空くんから甘い吐息が漏れた。
「おぅっふ……。これは……、二つのモニモニが……」
はっ! しまった! このマシュマロに集中しなくてはならないこの時に! 空くんの背中には空くんの大好きな私のマシュマロお胸が引っ付いている!? これじゃ私たちのシンクロ率は37パーセントまで低下して、思うように起動できないのでは?
「それでは、はじめー!」
ピー! というホイッスルの元、回りからはわぁわぁと歓声が起こり始めた。私は手探りでマシュマロを引っ付かんで、空くんのお口へと運ぶ。その度に身体が密着するので、空くんは「おう」とか「ほう」とか声を上げて少し動作が止まってしまう。これはまずいわ!
「おーと、早い! 会長アンド女子柔道部部長のチーム、残り三つでーす!」
な、な、な、なんと!? これでは夢唯ちゃんにピンポン玉を十個も取られてしまう! 夢唯ちゃんと、ナントカ先輩なんて付き合ってもないのに、我が校一のベストカップルと言われちゃう。そして私たちは、そのベストカップルに監視されてる恋愛下手なカップルだと、皆さんに言われてしまう……。
『あら、ベストカップルが道を行くわよ』
『その前にはベストカップルに敗れた、哀れな負け犬がいるわね』
『なんでもベストカップルが見張ってないと恋愛も満足に出来ないのだとか』
『まー、不憫ね』
が、が、が、ガーン!
私たちが負け犬ですって? そうはさせない!
「空くん、愛してる」
「え?」
「だからお口を大きく開けて」
「こ、こうかな?」
私はすべてのマシュマロを両手に握りこんで、空くんのお口に押し込んだ。
「むごぉ!!」
「ごめんね、空きゅん。頑張って! 全部、全部飲んじゃって!」
空くんは苦戦しているようだったけど、私は後ろから背筋を伸ばさせて、口を押さえて大きく背中を叩いた。
「ごきゅん──」
「勝った!」
凄まじい歓声! 私は羽織を脱いで立ち上がり、夢唯ちゃんのほうを確認すると、お皿には一つのマシュマロが残っていた。完全無欠な勝利だった。空くんと抱き合って喜び合おうとしたけど、魂が抜けたようになって、机に突っ伏していたので、気付けを行った。
「は! こ、ここは?」
「空くん大丈夫? マシュマロ勝負には勝ったよ!」
「マジ? すげえ! 俺はなんか、川の向こうにいる、死んだおじいちゃんと会ってた」
へー、何それ怖い。いや、それよりピンポン玉は?
見てみると、副会長の手から私たちの籠へとピンポン玉が追加されていた。うおーし! やった! でもまだ二十一個。ま、まだ他の競技があるのよね?
「おんぶ二十メートル対決~!」
作者さま!
うえーい! 待ってました! つまりパートナーを背負って二十メートルのテープを一番に切ったものの勝ちね!
すると、美羽ちゃんと夢唯ちゃんが余裕気に私と空くんを笑った。
「ふふふ。うちはサッカー部のエース、修斗が馬になるのよ? 空くんに勝てるかな~?」
「我々は私が大知を背負うつもりだ。足腰には自信がある。御堂、勝負だな」
空くんは悔しそうに拳を握った。夢唯ちゃんと、御堂くんはバチバチに睨み合っていた。
「くうう、瑠菜。残念だけど、ここまでた。俺はそんなに足に自信がない」
生徒会副会長さんが、私たちを呼んだ。御堂くんは美羽ちゃんを、夢唯ちゃんはナントカ先輩を背負った。
「瑠菜、でも俺全力で戦うよ。さあ、俺の背中に」
空くんはその場にしゃがみこんだが、私は言った。
「待って!」
そして空くんに背を向けたのだ。
「る、瑠菜?」
「空くん、ごめん。ここは私に任せて? 私、一生懸命走る。だからそんな私を嫌いにならないで欲しいの……」
「え? う、うん。もちろんだよ。負け確が分かってたって、一生懸命にやるんだもの」
空くんは私の背中に倒れこんできた。私はしっかりと空くんのお尻を支える。前に出ると、夢唯ちゃんと御堂はせせら笑っていた。
「はっはっは、瑠菜。その心意気は買ってやろう」
「一條ちゃん、大丈夫? 無理しないでよ?」
それに私は言葉も返さず、ゴールテープを睨み据えた。
「あそこね──」
わぁわぁという歓声の中、副会長さんの号令が響いた。
「位置に着いて、よーい、スタート!」
ターン! という射撃音と共に私は駆け出した。
私、私──。
黙ってたけど身体能力には自信があるのだ!
空くんを背負ったまま、一番でテープを切る私。静まる会場。後ろでは美羽ちゃんや、夢唯ちゃんがポカンとしながら私を見ていた。
副会長さんの射撃音がもう一度。それは終了を知らせる合図。私と空くんは、その場で抱き合っていた。
「ふっ。負けたよ」
夢唯ちゃんが、私に握手を求めてきた。私たち、勝ったんだ! 校内一のベストカップルになれたんだわ!
◇
それから参加者は並ばされて、表彰式となった。副会長さんが紙に書かれた優勝者を読み上げる。
「今年のベストカップルに選ばれたのは、ピンポン玉三十二個獲得した、森岡──」
私と空くんは、照れながら一歩前に出た。
「森岡海さんと、月島宙くんです。どうぞ前に」
ズコー!! 私と空くんは盛大にずっこけた。
は? 空くんの妹の海ちゃんとその彼氏? えー? 来てたの? お、おう……。仲良く賞状と景品の遊園地ペアチケットを頂いている……。
海ちゃんは、私と空くんの前を横切りながら言った。
「ごめんね、お兄ィ。マシュマロとレース、カッコよかったよ」
お、オウ、ノー。言葉にならない。何もかも。
も、森岡海ちゃん! や、やるわね。
ここで本編は一時お休みです。次からは一年前に戻り、森岡海、中学二年生のストーリーとなります。
そこにももちろん兄の空と、空に思い焦がれている瑠菜の姿も出てきます。
お楽しみに!




