第四十八話
文化祭まで後一週間。俺はルーティーンとなった、早朝の五キロランニングをしていた。こうしていれば辛いことを忘れられる。
お父様に言われて始めた筋トレは、継続しており、今の気を紛らわすことにはちょうどよかった。
ただ一條さんに次会える時を楽しみに、学校生活を、文化祭の準備を一心不乱にやった。
回りの状況もなにもない。ただ、加川さんと国永さん、修斗くんにはそのことは伝えた。三人とも寂しがっていた。国永さんは、なぜか憤慨していたが憤慨したからといってどうにかなるものでもない。
俺は人と話す時間がほぼなくなった。休み時間はぼーっとするか、人のいない屋上に行って人知れず涙を流す、なんて似合わないセンチメンタルなことをした。端から見たら滑稽だったかもしれない。
その日も文化祭の準備の前に屋上で一人黄昏ていた。
「よ。ここにいたの?」
横を見ると、そこには加川さんがいて、俺と同じように手すりに腕を乗せて寄りかかっていた。俺たちの距離はわずかに一メートルほどだった。
「加川さん、か……」
「そ。加川のお姉さん」
「ふふ」
「そっか。瑠菜の転校か……。やっぱり寂しいよね」
「そだね」
「中東は遠いもん、ね」
「そう」
「あは、なんて言って上げていいか分かんないよ」
「うん、いいよ。俺だってどうしていいかわかんないし」
「そっか」
「でもさ」
「うん」
「少しだけ、そばにいてくれると嬉しい」
「あは。あはは」
「うん、加川さんなら、さ。嬉しいよ」
「じゃ、よかった」
「うん」
少しだけ黙った。屋上の秋風が俺たちをすり抜けて行く。俺は何も言えなかったが、そばに加川さんがいてくれることに温かさを感じていた。
しばらくすると、加川さんが少しだけ息を吐く。そしてクルリと回って手すりに背中を預け、大空を見上げながら言った。
「あたしたち、セフレになっちゃおうかぁ」
「ええ!?」
「だって瑠菜いなくなったら寂しいでしょ? 空くんならいいよ、あたし。瑠菜の代わりに、さ」
そう言って加川さんは、俺のほうを見てニコリと笑った。
俺は黙って戸惑った。うろたえた後に、ハッと思って吹き出していた。それから爆笑に。加川さん、なんという捨て身の冗談を。いつものだ。いつもの加川さんのからかいなのだ。
加川さんは最初、俺の爆笑ぶりに目を丸くしていたが、一緒に笑いだしてくれた。
「ありがとね、元気でたよ。そっかあ、加川さんがそんな捨て身でいてくれるなら、俺も頑張らなきゃね」
「そうそう。いつだってお姉さんは空くんを励ますことが出来るんだから。分かった? あたしはいつでも空くんのセフレになれるからね」
「はは、俺にお相手務まるかなぁ……?」
「バカね。そんなんどうでもいいよ。空くんに呼び出されたらすぐに抱ける都合のいい女。どーよ?」
「加川さん、色気あるからマジで本気にするとこだったよ。よし。元気でた!」
「じゃ、行こ! 準備も進めなきゃだし」
「だね!」
俺は屋上の出口へと歩みを進める。扉を開けるとすぐ後ろには加川さんの姿がない。先ほどの位置で手すりに寄り掛かりながら空を眺めていた。
「どうしたのさ? 加川さん」
「いやあ、もうちょいここにいる。空くんは先に行ってて。みんな待ってるし」
「え? あ、そ、そう?」
少し変だなと思いつつ、俺は実行委員が勢揃いしている体育館へと急いだ。今はラストスパートだ。足りない部署へは加勢しなくてはならない。
しかし、そこには俺に意地悪する一條さんのファンクラブ、アンチ森岡の面々が待ち受けて俺を待っていた。
「森岡。ちょっとこっち」
う。加川さんは今いない。俺を助けてくれる人はいないのだ。ゲゲ。生徒会長の鳴門先輩もいるぞ。なんか体が痛そうだけど、なにかあったのかな?
俺がそちらに行くと、回りで作業していた人たちも一斉に手を止めて俺の元へと駆け寄ってきた。
「なあ森岡。一條さんが転校するって本当か?」
「う。ほ、本当だ」
「一條さんを愛しているのか?」
「そりゃ……もちろん」
そこに、鳴門先輩が人垣を割って入ってきて先頭に立ち、俺の目の前に立った。
「森岡くん」
「は、はい」
「文化祭一日目は、各クラスや部活動でそれぞれ仮装行列をするのは知っているな」
「はい」
「我々、生徒会と文化祭実行委員も、共同で仮装をする。君と一條くんにも参加して貰うよ」
「え? は、はい」
回りのみんなが笑顔だ。そこで鳴門先輩がみんなに号令する。
「よし、みんなやるぞ! 主役は森岡くんと一條くんだ! そして全校生徒を笑顔に!」
その言葉に、みんな手を上げて『おー!』と声をあげた。なにがなんだか分からなかったが、女子が巻き尺を持ってきて、俺の寸法を計りながら何の仮装をするか教えてくれた。はは、それはいい。
「だから頑張ってよ、森岡くん。責任重大だよ」
「う、うん。オーケー」
そこに御堂くんが心配してやって来て、みんなの熱気が何事かを聞いてきた。ワケを話すと、彼は胸を叩いた。
「よしじゃあヘアスタイルは俺に任せとけよ。これでも美容師目指してんだ」
「マジ? すげえ助かるよ。よろしくお願いします!」
すごいことだ。みんなの協力のもと、俺は夢の大舞台に立つことになる。
あと、わずかな時間を大事にする。一條さんに最高の文化祭を楽しんで貰うのだ。
今回は加川さんの『嘘告』の回でした。
セフレになろう、なんて嘘。本当は──。こじれてしまった恋心の行方は果して!?




