第二十六話
週末の土曜日、朝の九時に俺は一條家の門の外にいた。一條さんと恋人繋ぎをしながら、お父様の見送りを受けていたのだ。
「ではお父さん、お嬢さんをお借りします」
「お、おう。森岡くん。門限は18時だぞ。それを越えないようにな。そして、そんなにくっつくな、離れなさい。変な場所に行くなよ? 暗いとことかな。それから──」
お父様の未練立ちきれない言葉など聞いてられない。一條さんは、早々にそれを切った。
「分かってるよパパ。じゃ行ってきまーす」
「ああ、待て。瑠菜、ちょっと顔色悪くないか? 今日はやっぱり止めといたほうがいいな。森岡くんもそう思うだろ? あー、駅まで送っていってやろうか? それともパパの運転でドライブするか? いやいや、やっぱり庭でバーベキューしようか?」
とやっているので、俺と一條さんは声を揃えて言った。
「行ってきまーす」
一條家から離れ、俺たちは初めての二人っきりのデートを始めた。
思えば、学校からの帰り道と、俺の部屋で勉強会、怪我をしてのお見舞いと、デートらしいデートはしてなかった。
とは言え、俺たちはどちらも初めての恋人。デートのデの字も知らない。そして意識しすぎて赤い顔をして俯きながら歩いていた。
「えーと、どこ行こう?」
安定のノープラン。しかし一條さんは俺の腕にぶら下がりながら答える。
「瑠菜わあ、空きゅんとこうしてれば幸せ! どこに行かなくてもいい!」
なーんだろ、このかわいい生き物は。お互いに顔を合わせてウヒウヒ笑った。
漠然と美味しいもの食べて、漠然と映画見て、漠然と歩くって感じで決まった。だから俺たちは、前に行ったショッピングモールへと歩きだしたのだ。
あそこならフードコートはあるし、映画館もある。
◇
デートさいっこうっ!! 俺も幸せ!
憧れだった一條さんと、ショッピングモールの広い通路をただ歩くだけなのに。
騒がしい中、俺たちの声も少しだけ大きくなって、エッチな会話の時は少しだけ声のトーンを落とす。エッチと言っても、今日どこでキスしようかなんていう話だけど。
いつもの学校からの帰り道は、ただ手を繋いでいるだけど、今日は密着度が違うぞ! 一條さんの自慢のでっぱいが、俺の腕にふよふよ、ぷよぷよ。た、たまらん!
一條さんのセンスでメンズの服を見て貰った。サイズを確認するのに試着室に入る。着用したものをカーテンを開けて一條さんに見せると、彼女は小さくサムズアップ。ほえー! かわいい! そのまま購入することにした。
カフェで話題のスウィーツを注文して、席に横並びになって、自撮り。デートの記念撮影だ。カメラの中の一條さんもきゃわいいぜ! 二人で一つのスウィーツを仲良く半分にして食べた。おいちい。
少し早いけど昼食。フードコートが混み初めて席が取れなかったら洒落にならん。俺たちはお馴染みのファーストフード、エムドのパンバーガーをセットで頼んだ。一條さんは『これじゃ間接キスできないいいい』と唸ったが、服も買ったし、予算の都合上、我慢して貰った。
でも、互いに別の種類を選んだパンバーガーを半分ずつシェアし、二人で一つ頼んだポテトは、一條さんが最初に口にいれ、残りを俺のほうに向けてきたので、俺も長めのポテトを掴んで一口かじり、それを一條さんの口に向けると、彼女は指の近くまで口を近づけてポテトを食べた。なーんかやらしい。へへ。
食事が終わったあとは映画を見に行った。アニメを見たかったが、思いきって恋愛ものを見ることにした。今日はデートだしな。うんうん、と思いながら。
甘いフレーバーのポップコーンと飲み物を持って、俺たちは仲良く隣に座った。入ったときは俺たち以外の客はいなかったので、一條さんは俺の顎先を引いた。
「ほら空くん、誰もいないよ?」
「もう、瑠菜あ、悪い子悪い子」
なんてやりながら席から身を乗り出してキス。うーん、やらしい。デート最高。
そのうちに他の客も入りはじめ、映画が始まった。
両片思いの二人のストーリーはすれ違いだらけで甘酸っぱい。互いの思いが分かった時は、互いに遠方に離れてしまうという流れに、俺も一條さんも感動して見入ってしまっていた。
だから、その後のシーンもじっくり見てしまったのだ。
ホテルの一室に入り、裸で抱き合うベッドシーンを。脱ぎ捨てられた服と、重なり動いている毛布、二人の甘くて激しい吐息。
俺たちは真っ赤になっていた。ストーリーがハッピーエンドだったかどうかなんて覚えていなかった。
完全に意識して、無言のまま出てきた。
一條さんの握る手が強くなるのが分かる。俺も今、キミと繋がりたい! と思い、早足ぎみに一條さんを連れて外に出た。
ショッピングモールの裏手側は、少し人通りが少ないものの、それでも人がいたので、さらに手を引いて歩く。
そしてちんまりとした神社を見つけ、そこに入った。神様がいるそこは無人だったので、大樹の影に隠れてキスをした。
いつもより激しいキス。一條さんの体が震えている。俺たちは今一つなのだ。最高。デート最高です。初めて彼女の胸に触れた。一條さんは体を震わせたがキスをしながら、その行為に没頭した。
やがて唇を放すと、一條さんは上目遣いに俺を見た。
「エッチだあ……」
「えへへ」
「空くん、やーらしい」
「それは瑠菜もだよー」
「やん、瑠菜はやらしくない」
「そーかなー? そーなのかなー?」
「もう、空くんのいじわるう」
と、戯れたところで俺たちは固まってしまった。入った時には気付かなかったが、ここの神様は子孫繁栄の道祖神さまが祀られているらしく、入り口にはすぐに衝立てがあり、その裏側には木彫りと石造りの男根と女陰を象ったものが、ひっそりと並べられていたのだ。
一條さんは、大きな男根像に目を奪われている……。
「る、瑠菜、行こう!」
俺は慌てて彼女の手を引いて、神域から飛び出した。そして、少し歩いたところで二人して吹き出した。
「ははははははー!」
「うふふふふふ」
楽しい。二人でこうしていれる、デート最高。俺たちは公園のベンチに座り、互いに寄りかかった。それだけでとても幸せ。
すると一條さんが言う。
「もうすぐ文化祭だねえ」
「そうだなあ、うちのクラスはなにするんだろ?」
「仮装行列も面白いよね。去年は犬とか猫の着ぐるみ着たんだ」
「知ってる。一條さんは猫だったねえ」
「やん。空くん見てたのお?」
「そりゃ、好きな人だもんねえ」
すると、一條さんは少し黙った後で、口を大きく曲げて笑い、さらにくっついて来た。
「えへあ~、空きゅんも瑠菜のこと好きだったんだあ~」
「そうだよ? 言ってなかったっけ? 言ってなかったか……」
「空きゅんのクラスはあれはなんだったの? 空きゅん、あの時変な服だった」
「あれはキョンシー」
「なにそれ?」
「なんだろう。中国のゾンビ?」
「やーん、怖い」
「あれでピョンピョン飛びながら歩くのきつかったわ~」
「今年は同じクラスだね。なにやるのかな?」
「なんか、加川さんはハロウィンみたいのがいいとか言ってたかな?」
「え? なんで美羽ちゃんとそんな話したの?」
「いや、この前偶然あって」
すると一條さんは、俺の手の甲に爪を立ててきた。
「んぎぎぎぎぎ」
「いたたたたた!」
「んぎい、空くん浮気はダメだよお」
「しないしない! 瑠菜がいるのに。それに、加川さんは瑠菜の大事な友だちだろ? 彼女と仲良くしてたほうがいいだろ?」
「ふぎぎぎいいい! ダメえ! 空きゅんの優しい目はあ、瑠菜だけなのお。瑠菜だけみるのお!」
か、かわいい……! この嫉妬すら可愛すぎる! やっぱりデートしてよかったなぁ……。
教えてくれてありがとう! 加川美羽!
そんな街中に道祖神祀ってるもんかなぁ? とか言わないの。
(σ゜∀゜)σ




