表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラズーン 7  作者: segakiyui
5.欺かれた『運命(リマイン)』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/26

4

 圧倒的だ。

「ぎゃ!」「ぐああっ!」「おおうっ!」

 怒号と悲鳴が耳を塞ぐ。自分もまた叫んでいるのだろう、歯を食いしばり踏み込み剣を振り抜く瞬間、喉が痛くなる。血の味がする、呼吸にも大気にも腹の底にも。ユーノは必死に顔を振り、僅かな隙間僅かな希望を見つけようと足掻く。

 それでも、兵力の差は圧倒的だ。

 黒い暴風のように『運命リマイン』は押し寄せ続ける。騎乗している有利、平原竜タロの動きより素早く回り込み、数人で取り囲まれ、為す術もなく仲間が一人また一人と屠られていく。先ほどまでの機動性を活かしきれない。多勢に無勢をひっくり返す戦域を広げる策も、逸早く見抜いたギヌアの指示で、大量の兵を持って遠巻きから押し込められ、時に背中合わせのように平原竜タロを押し詰められ、背後の仲間を庇うには槍は届かず、目の前の敵を遮るのにも長すぎて、武器を跳ね上げられ奪われ、引き抜いた剣も凄まじい猛攻の前に叩き落とされて、見る見る仲間が減っていく。

 活路が見出せない。

 今前方に十数騎に囲まれていくシートス、左後方に4、5騎に絡まれ逃げ回るしかできないユカル、視界に入るのが、もうその2人しかいないという光景は、身を竦ませるのに十分だ。

「くあっ!」「おおおっ!」「ぎいいいっ!」

 目の前の3人、剣もろとも腕を切り飛ばし、足を奪って落馬させ、これだけの戦乱になおも悠然と側近に守られるように彼方から眺めるギヌアの元に、ただの一閃でもいい届かせようと平原竜タロを操るが、馬から転げ落ちた『運命リマイン』が悍ましい笑顔を貼り付けて体ごと平原竜タロの足にしがみついてくる。腕を飛ばされた兵が、なおも体だけでユーノの方へ飛びかかってくる。人間ならば一手で終わる攻撃が、『運命リマイン』相手では何度も何度も、思いもかけぬ手法と頻度で執拗に繰り返される。しかも、剣技そのものも鋭く重く、緩むことなく叩きつけられる。

 届かない。

 たった一度の攻撃さえ、ギヌアの髪にも届かない。

『さらば』

 不意に柔らかな声が響いてはっとした。跨っている平原竜タロが、まるで穏やかな日差しの中に佇むように、背後のユーノを見遣る。瞳を捉えられなかったのは、その片目がもう血塗れになって潰れていたからだ。けれど視線が確かにユーノに向けられた、そう感じた瞬間、もう一度、同じような柔らかな声が絶叫重なる空間に響いた。

『さらば、友よ』

「ああ…」

 ユーノの見開いた視界が一気に曇り、一気に晴れる。

 野戦部隊シーガリオンには酒を飲みすぎた時に必ず語られる御伽噺がある。主と長年生死を共にした平原竜タロは、己の死を察すると主に人の言葉で別れを告げると言う。ここに居る者は誰も聞いたことがない、とシートスは笑って付け加えた。平原竜タロが死を知らせると言うことは、騎乗している者もまた、死を迎えると言うことだ。生き残っているものが知るはずもない、だからこれは御伽噺なのだ、と。

「そうか、私は、ここで死ぬんだな」

 血塗れた瞳が既に別の世界を見ているからこそ見える定め。

「そうか…もう……生きて誰にも……会えないのか…」

 突き出された剣を弾く。首を刎ねかけた切先を躱し、平原竜タロに身を伏せ、騎馬の数体に血煙を上げさせ、それでも視野にまっすぐ突っ込んでくるぎらつく光を凝視する。少し前ならぎりぎり避けられた攻撃だったはずだ、けれどその時はギヌアがユーノに執着していた、生かしておこうとどこかで緩んだ、けれど今はユーノを残すことを考えていない。攻撃の彼方に一瞬見える赤い瞳は、既に決着のついた勝負を眺める傍観者のもの、戦場に切り伏せられ消費されていく兵達を命とは見ておらず、ただ使い潰す駒が転がっていく末路を、どこまで持ち堪えるかと観察する冷えた目だ。

 脳裏に晴れた草原をレノで駆け抜けた感覚が過った。豪奢な夜会で花開くように微笑むレアナの姿が見えた。ユーノの無作法を咎めるセアラ、困り顔の両親、酒に酔って豪快に笑うイルファ、珍しいお菓子に目を輝かせてほうばるレスファート、アシャの静かな寝顔、続けてきた旅の全ての場面が、まるで絵巻物のように、それより一層鮮やかに賑やかに、視界を美しく彩っていく。

 死に望む瞬間に、これほど鮮やかで愛おしい世界が蘇るなら、ユーノが生きてきたことも、きっと大切な意味があったのだろう。

『友よ』

 平原竜タロの声が響く。視界に再び黒い剣が、数本、いや数十本にも見える速度で、あらゆる角度からユーノの体に向けて突き出されてくる。その全てが、自分の体のどの部分に食い込み、どの部分を切り裂き、どの部分を抉り取っていくのか、容易く想像でき、避けられないと理解し、助からないと悟った。剣を握っていた手から力が抜け落ち、集中する剣に身を投げ出そうとさえした、その瞬間。

『さらばだ、主を追う』

「っっっ」

 ゾワ、と身体中の血が凍った。平原竜タロの紅の瞳が告げた別れの意味を、頭ではなく体が瞬時に理解した。先に届いた数本を髪の毛一筋で避けた。次の数本を僅かに体に掠らせていなした。拳数個分の空間に平原竜タロに手を突き、次の瞬間、平原竜タロが咆哮をあげて立ち上がり、続いた剣を受け止めた。同時にユーノは平原竜タロを突き飛ばして跳ね、僅かに離れた空間に落ちた。平原竜タロの叫び、激しく揉んどりうって兵士達を押し潰して崩れる巨体、乗り手も巻き込んだとしか思えない常軌を逸した動きに、跳ね飛ばされた小さな姿は混乱の中に紛れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ