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俺は私になった。  作者: 雪村 敦
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最終章 初日の出

(すず)ー!朝よ~!おきなさーい!」

 1階からお袋の声が聞こえてくる。

 回らない頭で重たい体を起こすと、窓から見える景色を、細い目で眺める。

 あぁ。実家の景色だなぁ。

 海の目の前過ぎて海しかない。

 ボーっとしてると、ふいに尿意が襲ってくる。

「……トイレ。」

 ベットから出て、ふらふらと階段を下り、トイレに向かってると、居間から親父が声をかけてくる。

「おお涼、起きたのか。」

「お~。おはよ~。」

 我ながらバカみたいな返事だな。

 トイレに入って、ズボンとパンツをおろして、便座に座る。

「……んっ。」

 おなかの下くらいの力を抜くと、自然とおしっこが出ていく。

 おしっこができる直前に、体がぶるっとなり、目が覚める。

「……。」

 ペーパーを丸めて、しっかり拭きとる。

 便器から立ち上がり、ズボンとパンツを履くと、トイレを出て、今のちゃぶ台の前に座る。

「涼、まだ目が開いてないぞ。顔洗って来いよ。」

「…うん。そうする~。」

 顔を洗って、1度自分の部屋に戻ると、寝間着を脱いで普段着に着替える。

 最近のお気に入りはスカートとブラウス、それにカーディガンだ。女子から言わせればお気に入りもクソもないって感じだろうけど、元男子から言わせてもらえば、スカートのこの開放感は意外と好きかもしれない。

 ご飯を食べてると、実家ならではの雑談が始まる。

「涼はどんどん女の子っぽくなっていくな。」

「でも若い時の私には似てないわね~。」

 言われてみれば、前に見た新婚の時とか学生時代の写真の顔と、今の私の顔って全然似てないんだよな~。

 誰に似たんだろう…。

 朝ご飯を食べ終わると、3人でダラダラする。年末年始はダラダラと何もしないのがうちの過ごし方だ。

 畳の上で、親父が寝転がる横で私も寝転がる。

「でもそうしてるとちゃんと親子みたいよ~。」

 お袋は、2人で寝てる所を見て微笑んでる。

 そんな感じで何もしないで過ごしていると、外から重々しいエンジン音が聞こえてくる。

「あれ?あの音って憲治郎じゃね?」

 確かにハーレーっぽい音だ。

 ドコドコってより低いバリバリって感じの低音は、家の前で聞こえなくなる。

すると、すぐにインターホンが鳴って、おじさんが入ってくる。

「おぉ憲治郎!久しぶりじゃねぇか!」

「兄貴、元気そうで何よりだ。嫁と娘は2人して嫁の実家行っちまってさ〜。」

「なら年明けまでここにいろよ!」

「そのつもりで来たんだよ。」

 そんな事を言いながら、親父とおじさんは2人して酒を飲み始めた。まだ早い気もするけど、久しぶりにあったら兄弟だし、いいか。

 しばらくして日が落ちてくると、親父の漁師仲間や、そのおくさん達が遊びに来る。

 おっさん達が居間で酒を飲みながら、奥様方は台所でつまみを作ったりしてる。

 私はと言うと、居間に取り残され、お酌をさせられている。

 こんな離島…。

 離島?

 離島ではないか。

 こんなちっちゃい島では、女子高生はまず居ないし、そんな女子高生にお酌してもらう機会なんてないんだろう。

「涼〜。ちょっと来て〜。」

「は〜い。」

 やっと救助が来た。

 お袋に呼ばれて台所に行くと、今度は奥様方に撫で回される。

 救助じゃ無かった。

「涼、ちょっとお酒買ってきて。お父さんたちが早い時間から飲んじゃうからもうお酒ないのよ〜。」

「涼ちゃん、お願い。」

「お願い涼ちゃ〜ん。」

 奥様方よ、それは断れないやつだ。

 暇な奥様方に撫で回されてると、お袋が財布を渡してくる。

「はいこれお財布。」

 拒否権はないやつだ。

 まぁ今年はバイクで行けるし。去年よりは楽だ。

 2階の自分の部屋で、スカートを脱いで、ズボンを穿き、カーディガンを脱いでジャケットを着る。

 お袋の財布を持って、自分の財布と携帯、ヘルメットと鍵に、腕時計を付けて、家を出る。

「行ってきます。」

 何気さっきの服気に入ってたんだけどな~。

 家の前でバイクに手を掛けると、横に停まってるバイクを見る。やっぱりハーレーだった。

「涼~。よろしくな~。」

 親父たちに見送られながら、バイクで島唯一の酒屋に向かう。まぁ酒屋って言っても色々売ってる小さいスーパーみたいなところだけど。

 酒売り場で適当にカートに入れて、レジに向かう。普通なら買えないけど、うちの場合よくお使いに行ってたこともあって、普通に買える。女子になってからも来てるから、この体でも問題なく会計できる。

「涼ちゃん、今年もありがとうございました!気を付けて帰ってね!よいお年を!」

「おじさんもよいお年を。」

 ここのおじさんは、私のこの格好を知ってるから何も言わずに売ってくれる。

 と言うか、この島の島民はみんな知ってるから、あんまりこの体についてとやかく言う人は居ない。

 家に帰る途中、夕焼けの中でオレンジ色に染まる海を見ながら走る。漁協も、港に泊まってる船も、すべてがオレンジに染まってる。

 家につくと、おっさんたちは結構出来上がってる。

「涼おかえり~。ありがとうね~。」

 奥様方に買って来た酒を手渡したら、すぐに居間でお酌をさせられそうになるけど、それを振り切って自分の部屋に行く。

 もう出かけないだろうから、さっき着てた服に着替えて居間に行く。

 居間に入ろうとすると、すぐに奥様方に呼ばれる。

「本当にこの子(りょう)くんだったの?こんなかわいくなっちゃって。」

「それに見て、この濡羽色(ぬればいろ)の髪。本当にきれいね。」

 奥様方に体中触られて、髪の毛もいじられる。

 濡羽色(ぬればいろ)なんて最近じゃ聞かない単語だけど。どんな意味だ?

 その後気が付けば、外も完全に暗くなって、居間では紅白歌合戦が始まってる。まだまだ宴会が続く中、私は台所で奥様方にいじられてる。

 そんなこんなで、気が付けば居間で酒を呑んでたおっさんたちは眠ってしまい、奥様方も酒を呑んでたせいで眠ってしまってる。

 あぁ、私だけ残された。

 テレビを見ると、もうちょっとで紅白も終わりそうだ。

 まぁあんまし興味もないし、寝るか。

 テレビを消して、毛布とかをみんなに掛けると、自分の部屋で着替えて布団に入る。別に日が変わる瞬間とか起きて無くていいかなって感じだし。

 次に気が付いた時、まだ外は暗い。

 あぁ、今日はあんまり寝なかったのかな。

 起き上がり窓を開けると、一気に冷たい風が吹き込んでくる。それを受けて、目が覚める。

「…今何時?」

 漏れた独り言と同時に、スマホの画面を見ると、大体6時半くらい。

 海の方を見ると、水平線が少し明るくなってる。

「……初日の出でも見に行くか。」

 昨日買い物に行った時の服に着替えると、家を出てバイクに跨る。ここから少し行った所からの方がきれいに見えるから。

 キックでエンジンをかけて、1速に入れてアクセルを吹かす。

 速度が伸びれば2速。さらに伸びれば3速。この島ではほとんど3速しか使わない。あ、坂道は別。

 家を出て5分くらい。目的の場所についた。

 この島では、年末年始は神様もお休みで、山の頂上の神社も年末年始や三箇日はしまってるし、宮司さんも居ない。だから、初詣って文化自体が昔からない。島では大体29日に神社に行き、今年の感謝を言って、三箇日を過ぎたら今年もよろしくと神社にお参りに行く。それがこの島の伝統らしい。

 そして、近くの自販機でホットのココアを買うと、バイクのシートに腰かけて、水平線を見る。

 ゆっくりと明るくなってくる水平線を見ながらココアをすする。

 太陽が顔を出し始めると、強烈な光が目に差し込んでくる。ふと視線を落として、バイクを見ると、手に持ってた缶をヘッドライトに当てる。液体が入ってる缶らしく、鈍い音が響く。

「…今年もよろしくな。」

 初日の出の光に包まれながら、バイクにあいさつをする。

 多分、今私は微笑んでるんだろう。

「……帰るか。」

 持ってた缶をゴミ箱に捨てると、ヘルメットをかぶって、エンジンをかける。

 エンジンとキャブの音を聞きながら、ギアを入れて、家に向かって走り出す。

 今年もどうか、いい年になりますように。

 そんなことを思いながら、ギアを上げた。

 いや~完結しました!

 今までのご愛読本当にありがとうございました!

 なんだかんだで割と続いたと思いますけど、世の中から見れば短い方なんでしょう。

 大学の課題とかバイトとか教習所とかと格闘しながら、どうにか完結まで書き上げられました。

 なんとなくもうちょっと書きたい気もしますけど、それはまた別の機会にします。

 次回作は、今回とガラッと変わって神話とか伝承みたいな方で書こうと思ってます。まぁ内容はぶっちゃけ決まってないんで、変わるかもですけど。

 それに、この『俺は私になった。』も、そのうち続編とか書きたいと思います!

 気が向いたら!

 では、あんまり長く書くのもあれですし、明日も早いので、この辺で失礼しま~す。

 ではでは~。

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