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自らを読む

作者: 南におすわり
掲載日:2026/02/12

これは、なんでもないものです。

文章と表現するのも誇張に見える、まとまりのない言葉の集まりです。

それなりの着飾った表現にするなら、徒然なるままに、というやつでしょうか。

着飾るというにはいささか古着ではありますが。

まぁそんなものです。


時折、非常に不謹慎なアイデアが頭をよぎることがあります。自分は、幸運なことに五体満足で今を生きているわけなのですが、もしある日、大きな事故で体の一部を失ってしまったら。普段は冷たい同僚が少しは気を遣った笑顔をしてくれるだろうか、とか、昔からの友人がささいな出来事で気まずい表情をしてくれるだろうか、とか。そんな、マイナスから始まる妄想のことです。

こういったことを考えてみると、自分はよく人の表情を見ているな、と思います。だって自分の失った体よりも、それを見る人々の方が先に頭に浮かぶわけですから。

私は、他人の顔色をうかがうことは多くあります。それは自分に自信がないとか、失敗が怖いとかではなく、人の嫌な顔を見たくないのです。怒る人、悲しむ人、その他正気ではない人。そういった人を見ると、ひどく疲れるのです。引っ張られて嫌な思いをするのです。だから、私の人の嫌な顔を見たくない、というのは決して倫理的で道徳心のある思想ではなく、自分を守るための、むしろそれらから離れた独りよがりな理由なのです。


そのため、私は人に興味がありません。これは誇張や見栄でもなんでもなく、私はそうなのです。

家族が死んでも、遠い世界の関わった有名人が死んでも、私は同じ反応をするでしょう。悲しまないわけではありませんが、等しく人間であり、等しく興味のない存在なのです。


こうやって自らの内面についてあれこれ考えてみると、自分は独りよがりでわがままな人間だな、と感じます。どんな言動の理由も、結局は打算込みで自分のため。私はそんな自分にひどくうんざりして、ずっと変わらないでほしい、と思うのです。


中学生3年生から高校2年生にかけて、私はうつ病でした。なんの意欲も湧かず、ただ重たい何かに引っ張られて自分が沈んでいく感覚。糸の切れた人形のように寝ては、急に世の中が怖くなって、嫌になって、逃げるように錠剤を過剰摂取しました。自分から見えている世界は、布団の隙間から見えるカーテンのかかった八畳間の部屋でしかないのに、それがとても広く感じて、自分がどんどんとちっぽけに見えて、でも消えることができなくて。自分の世界がとても不安定でした。


…と書いてみたものの、今ではうつ病の頃の記憶はほとんどありません。克服を自覚したころには、私の中からぽっかりと抜け落ちてしまっていました。その頃知り合った先生やクラスメイトの顔や名前もついでに全て思い出せませんが、そんなことはささいなことです。自分の中にないものに、明確な価値はありません。


曰く、自分がうつ病になった原因は、アウトプットする力が自分の他の能力より低い、ということなんだそうです。病院に行った際に、IQのテストを受けて発覚したことです。数字は130。全ての能力が平均以上に優れているのですが、アウトプットの力だけ並。そこの差が原因であると。つまりは、生きているうちに自分が処理しきれないほどの情報量を勝手に取り入れて、そのまま抱え込んで詰まりを起こすのだそう。さらに悪いのが、たいていのことは人並みにできてしまうので、周りからはなんの前触れもなく電源が切れたように見える、というわけです。かみ砕いてみると、意外とうつ病というものは説明できるものですね。一人の男のカルテとして残しておきます。


そういえば、自分は物事が長続きしたことがありません。ここでいう物事とは、やめたら人に迷惑がかかるとか、そういうものを含まず、個人の範囲で済む出来事とします。その中でも、私は好みが長続きしないのです。

好きな人、モノ、こと。全てが長続きしません。

人でいうなら、昨今では応援したくなるほど好きな人、というのはいますよね。アイドルや、インフルエンサー、ミュージシャン。いわゆるファンというやつで、推す、というやつです。

私もこういった文化は好きで、たまに好きな人が目に留まることもあります。ただ、ひどく入れ込んで、そしてその割にあっけなく飽きるのです。熱しやすく冷めやすい。こうやって書いて気付きましたが、かなりミーハーですね、私は。そして飽きるたび思うのです。どうして他の人はあんなにも同じ人をずっと好きでいられるんだろう、と。


好きな人ができると、その人のことを前よりも知っていくことになります。自分はそのとき、その人の自分に合わない部分が、強く頭に残るのです。それがどれだけ些細なことであっても。一部の人間は、本当にファンならばそれらも含めて愛すべきだ、なんて意見を言うかもしれません。でもそれは妥協じゃないですか。それは、全てが好きというわけじゃないけどそれらも含めてすべてを愛する自分の懐の広さに、良さを見出してるじゃないですか。悪いこととは思いませんが、自分はそうではないというだけの話です。どうして私はまだされてもいない意見を勝手に書いてそれに反論してるんでしょうか。


気を遣うことは得意です。ですが、気を遣うことは嫌いです。好きなことには詳しいです。だから嫌いです。矛盾が、私です。この歪みが私なんです。


さて、書くことも思いつきませんので、ひとまずはこれまで。結局なにが言いたかったのですか。読者になにをどうしてほしいのですか。


これは、なんでもないものです。

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