女性の世界
「またフェンリルは取り逃がしたが、代わりにいいものを手に入れた」
俺を鎖で締め上げた集団のうち、リーダー格と思われる人物が目の前に立つ。身に纏う獣の毛皮で作られた衣服は、彼女の気性を表しているかのように荒々しく飾りっ気がない。
彼女は不適な笑みを浮かべつつ、言葉を続ける。
「お前、言葉を話せるな」
まだ彼女たちの前では一言も言葉を発していないが、俺が普通のスケルトンではないと知られている。先ほどの戦闘を見られていたのか。
「……あぁ」
「くくく、やはりか」
肯定すると面白そうに、愉快そうに彼女は笑う。
後ろに控えている人達もだ。
「あの弱いスケルトンが、フェンリルと渡り合うとはな。生前はどんな豪傑だったのやら。まぁ、いい。ところで一つ、重大なことを聞く」
手に持った槍を俺の喉元に当て、彼女は問う。
「お前、女か? 男か?」
それはこの場において、不釣り合いな問いだった。
たしかに骨格だけでは男女の区別などつかないだろうけれど。それを今この場で問うほどのことなのか? 首を傾げずにはいられないが、とにかく穏便に済ますために質問には答えよう。
「男、だけど」
そう答えた直後。
「――そうか」
場の空気がすっと冷めるのを感じた。
「ならば、貴様は私たちの所有物だ」
「な……に?」
「聞こえなかったか? これから貴様は自分の意思で何一つ出来なくなるということだ。それらはすべて私たちが決める」
「ふざけ――」
抵抗しようとした刹那、鎖が更にキツくなり、槍の穂先が魔力の鎧に食い込んだ。
「抵抗は無駄だ。これは世界の理であり、理とは私たちが支配するものだ。嫌なら逃げたって構わない。逃げ切れるものならな」
更に、槍の穂先が食い込む。
「……」
仮に逃げるとして、この鎖の拘束と突き付けられた槍の対処はどうとでもなる。サラマンダーの火炎で溶かすなり、サンダーバードの雷で焼き切るなり、いろいろだ。
だが、その後、どうなるかはわからない。
口振りからして彼女たちは恐らく、フェンリルと幾度も戦っている。高位の魔物と何度も渡り合っている。そんな戦闘能力の高い彼女たちを殺さないように気配りしながら戦い、無事に逃げおおせるだろうか?
相手が未知数なこともあって、正直、微妙なところだ。
「……わかった。降参だ。あんたらに従う」
今のところは。
今のところはこれがベストだ。無用な戦いは避けるに限る。
どうせどこかの牢屋かなにかに閉じ込められるだろうし、幸いそういうのは初めてじゃない。決して良いことではないにしろ、だ。
折を見て脱走するとしよう。それまではフェンリルの攻略法でも考えていよう。
「いい心がけだ。そのまま大人しくしていろ」
抵抗の意思なしと見做されたのか、魔力の鎧から穂先が引き抜かれる。同時に鎖の拘束もすこしだけ緩んだ。
「これよりこのスケルトンを王に献上する。我が家へ帰ろう!」
彼女たちは帰路に付く。鎖に繋がれた俺も仕方なく爪先の向きを同じくした。
「連行されるのは二回目だな」
一度目のことはもはや思い出で、懐かしい気分にすらなるけれど。二度目の今回は控えめに言ってサイアクだ。どうしてこう、鎖に繋がれることが多いのやら。
「――あれが、街か」
荒野を歩くことしばらく、彼女たちの帰る場所らしき街をみた。
乾いた石……いや、乾いた土の煉瓦で作られた灰色の街だ。目立った装飾などは見受けられず、こざっぱりとしていて虚無感すらある。生活感がなくてまるで廃墟のようだ。
彼女らの文化には飾り付けという概念がないらしい。
だが、街に足を踏み入れてみると、それもすこし違うのだとわかった。
街に入るための門、それに住宅の玄関には、それらしいものがある。
魔物の骨だ。
彼女らは魔物の骨を飾り付ける文化を持っている。だから、全身が骨だけの俺が、王様とやらに献上されることになるのだろう。単純に珍しいから、というのもあるだろうけれど。
「なに? あれ」
「スケルトン? でも、なんか妙よね」
「えぇ、スケルトンにしては……異質だわ」
街中を行けば、当然のように注目の的になる。
街にいる人々――というより、女性達は見世物でも見るようにこちらを見ていた。
いつぞやドワーフの街に入ったときは悲鳴が帰ってきたものだけど、この反応はこの反応で嫌なものだ。
「……でも、やっぱり、見当たらないな」
先ほどから見渡しているけれど、どうにも男性が見つからない。外を出歩いているのは女性ばかりだ。女性しかいない。
性別の違いがあるなら、両者が揃わないと子孫を残せないはずだけど。
いったいどうなっているんだろうか? この街は。この人達は。
そんな疑問に答えが返ってくるはずもなく、ついに目的地にまで連行される。
そこは真っ白な石材で美しく造形された大宮殿。足を踏み入れるのも躊躇うような場所へと連れていかれ、俺は王様の前まで引きずり出された。




