骨格の分離
炭化して崩れ落ちた骨を魔力で再生させながら、どうにか空間を脱して通路へと足を踏み入れる。けれど、安堵してはいられない。通路は空間よりも狭く、攻撃を避けるためのスペースが十分にあるとは言えない。
通路に逃げ込んだことによって、被弾のリスクが高まっている。
しかし、それは俺のすぐ後ろを追い掛けてきている彼も同じこと。
「どれだけ通じるかわからないけど」
地面を強く蹴って前方へと跳び、空中で振り返って彼の姿を視認する。同時に両手をガーゴイル・デザートに変換し、能力で作り上げた砂壁を彼に向かって解き放った。通路に隙間なく作っている。逃げ場はない。
「小細工だな」
けれど、案の定と言うべきか、砂壁は簡単に破られてしまう。
以前のものよりもかなり厚みを持たせたが、バターを切るように彼の燃え盛る大剣が砂壁を斬り裂いた。焼け焦げた砂が散らばり、砂壁を越えて彼が駆ける。
「そんなことはわかってるっ」
この程度じゃほとんど意味がない。でも、連続で繰り出せば倒せなくても時間稼ぎにはなる。
両手に錫杖を持ち、左右の壁面を破壊して追加の砂を生成する。即座にそれを砂壁にして同様に彼へと撃ち放つ。幾度となく、絶え間なく、魔力を惜しむことなく。
「あー! うざってぇ!」
斬っても斬っても次々に迫りくる砂壁に痺れを切らしたのか、大剣の炎が勢いを増す。離れていても魔殻の表面がじりじりと焦げ付くような感覚に陥り、盛る炎は風のようにうねり、竜巻のようにすべてを巻き込みながら通路のすべてを焼き尽くさんと手を伸ばす。それを前に砂の壁などもはや役には立たない。
すぐに全身をシーサーペント・スケイルに変換。周囲を水で満たした直後、炎の竜巻に呑み込まれた。
「ぐっ――」
焼け石に水だ。
周囲に満たした水は瞬く間に蒸発し、海蛇の鱗が焦げ付いた。熱さに、火傷のような痛みに耐え、思考を止めることなく考え続ける。次に彼がどんな手を使ってくるのかを。
そして、その答えは単純明快だ。
この炎の竜巻の中を駆けてくるに違いない。
「こう……なったら」
すでに溶け始めている錫杖を捨て、右手に群青刀を生成する。同時に刀身の表裏に水と氷の魔力を流し、全身全霊の絶氷を鋒から解き放つ。水蛇が凍てついて氷龍となったそれが、炎の竜巻を突き進む。
しかし、絶氷と言えども彼の炎には耐えられない。氷龍はすぐに大量の水となり、蒸発し、だから規模の大きな爆発を生んだ。
「野郎っ」
爆ぜた水蒸気の波動が炎を軒並み吹き飛ばし、俺と彼を別方向に吹き飛ばす。
ほぼ自爆に近い逃走法。
けれど、これで終わったとは考えない。
「いい手だが、それだけじゃあ俺からは逃げられねぇよ」
濃霧のように満ちた水蒸気によって、彼が何をしているかはわからない。
はっきりとしているのは、この声が俺の背後から聞こえたということだ。
俺も彼も確実に吹っ飛んだはず。なのに、背後に現れるということはつまり――瞬間移動、ワープの類いに違いない。
最初から足で逃げ切ることなど、出来はしなかったんだ。
「残念だが、これで終わりだ」
燃え盛る大剣が無慈悲に俺を斬り裂いた。
真っ二つにされ、念入りに焼き殺される。
骨格は一片残らず灰となり、脆くも崩れ落ちた。
「あん? ……はっはー、そういうことか」
灰の前で、彼は愉快そうに笑う。
「こいつは一本取られたな。あの野郎、土壇場で偽物を――」
そこでぷっつりと情報が途切れた。
灰になった分離体が、完全に力尽きたからだ。
「ふいー、なんとか逃げ切れた」
オチュー・スケルトンの能力――というより、オチューの能力を逃走に利用した。
水蒸気で満たされた最中、形態をオチュー・アイズに変換し、その能力で自分そっくりの分離体を製造した。それを囮として走らせ、俺自身は音を立てないようにひっそり、そして素早く脇道に逸れた。
水蒸気爆発の地点からすでにかなり離れられている。これから数分以内に俺を見つけることは恐らく不可能だ。
瞬間移動が使えても、相手の居場所がわからなければ意味がない。
「なんとか……逃げ切れたけど……」
壁を背に、ずるずると尻餅をつく。
「次はどうなるか、わからないな」
今回の一件で、俺が敵に回している組織がどれだけ大きいかわかった。どれだけの殺意を抱いているかも、だ。
のんびりとはしていられない。早急に事を進めなければ。
魔物を殺して、強くなって、魔力を貯める。
「あぁ、そうか。魔力……」
逃げ切るのにかなりの魔力を使ってしまった。
また魔力集めから始めないと。
「サイアク……でも、命があるだけマシか」
一度、失った命だ。
どんな状態であれ、どんな状況であれ、まだ生きていることに感謝しないと。
危機に陥って命のありがたみを知るなんて、俗な考え方ではあるけれど。今一度、自分の現状を再確認できてよかったと考えよう。
気を引き締めよう。自惚れないように。
俺は最弱のスケルトンで、戦う相手は常に格上の相手なんだ。
変異を重ねて出来ることが増えても、その事実は変わらない。
初心に戻って、この茨の道を進もう。その先に必ず、人間に戻った自分がいると信じて。




