形見の遺品
「ここ……か」
波打つようにうねる砂丘。その光景はさながら夜の砂漠のようだった。
とても静かで物音一つしない。歩いてみると砂を踏む音がやけに大きく聞こえた。
ここがガーゴイルの住処。耕太が言っていたように、この空間だけ足場が砂になっている。
「でも、ガーゴイルはいないみたいだな」
気配がしない。どこかへ移動したのか。
「……わかってはいたけど、洋介も朝子も見つからないか」
耕太の呟きを聞いて、彼らの行方を思考してしまう。
ガーゴイルの腹の中か、砂の下か。どちらにしても、人生の最後にしては悲惨すぎる。
「音無」
苗字を呼ばれて振り返ると、一也が俺を見ていた。
「ここからどうする? 奴を探しにいくか、ここで待つか」
「そうだな……」
ガーゴイルの居場所は精霊に聞けばすぐにわかる。
けれど、そこまで彼らを連れ回して歩くのはすこし危険が多い。ただでさえ高位の魔物がうろついている。この周辺に生息する魔物の、最弱に位置する魔物でも、彼らが相手をするのは厳しい。
ここはガーゴイルの住処だし、ほかの魔物が寄りつくこともないだろう。
「ここで待とう。身を隠して」
「わかった。なら、そうしよう」
魔法で生み出した光源の光量を絞り、空間の端に固まって息を潜める。
しばらくはじっとガーゴイルが現れるのを待っていたが、そのうち秋葉が足元の砂を掘り始めた。一生懸命に脇目も振らずに砂を掘っている。
「なに、してるんだ?」
「探してるの」
秋葉はこっちを見ず、視線を常に下げている。
「ちょうどこの辺だったの。だから……だから、せめて形見だけでも見つけたくて。遺体は無理でも……装備とか、雑嚢鞄とか、薬品でもいい。なにか、見つけられないかって」
「……そうか」
言いながらも秋葉は砂を掘る。
それを見て耕太も一也も、自分の足元を掘り始めた。
「……」
故人を思い、形見を探す。
俺が冷凍睡眠装置に入って、それからこの世界に異変が起こった。俺はダンジョン生成に取り込まれて、五十年ものあいだ誰にも見つからなかった。
もし両親が生きていたなら、この三人くらい必死になって、なんでも良いからと探してくれたのかな。
「――あった!」
秋葉が声を上げ、すぐに耕太と一也が掘った穴を広げにかかる。
そうして砂の中から発掘されたもの。それは飾り気のない無骨な杖と、それに引っかかる形でぶら下がっていた短剣だった。
「洋介と朝子のだ」
耕太の一言で、秋葉は静かに涙を流した。
声を押し殺しているのは、いつ現れるともしれないガーゴイルに気取られないため。
それを思えばよりいっそ、ガーゴイルを討たなければという思いが強くなる。
そして、時はきた。
「――」
砂丘を這う風が砂を巻き上げて吹き抜ける。
その先に見るのは、巨大な石翼を羽ばたいて砂の上に降り立ったガーゴイル。
灰色の石肌に覆われた巨躯。手足から伸びる爪はとても鋭利で、右手には錫杖のような得物を握っている。腰から生えた尾は緩慢な動きで砂丘を撫で、砂を後方へと撒き散らした。
その頭部はまるで馬の骨を被ったように禍々しい。
ついに彼らの仇が目の前に現れた。
「透、頼む」
遺品を抱えた三人が立ち上がる。
「仇を取ってくれ」
「あぁ」
毒翼を広げ、舞い上がる。
空中にて改めてガーゴイルを捕捉すると、その石の目がこちらを見つめていた。
俺の存在には気がついたが、三人についてはどうだ? 気づかれていないといいが。
「とにかく」
全身に開いた魔眼に魔力を宿し、攻撃準備を整える。
対してガーゴイルは石翼をぴんと伸ばし、錫杖で砂丘を打ち崩す。
「――ロロロロロロロロ」
更に奇怪な声で咆哮を放った。
それが開戦の合図となって、俺は全身の魔眼から各属性のレーザーを放った。
極彩色の光線が闇を払ってガーゴイルに直撃する。爆ぜ、砂埃を舞い上げた。
「さて」
その砂埃の中から、ガーゴイルは平然と飛翔する。
全弾命中したはずだ。あらゆる属性で攻撃した。けれど、その石の体には目立った外傷がない。炎で焦げ付き、風で削れ、水で濡れ、氷が貼り付き、雷で多少砕けていても、大したダメージになっていない。
今の俺は高位の魔物相当の強さになっている。
かつてのカーバンクル程度の耐性なら、無理矢理にぶち抜けていた。けれど、やはりというべきか、このガーゴイルには力任せのごり押しが通用しない。
そして、結構な量の魔力を消費して与えたその軽微な損傷もガーゴイルにしてみれば取るに足らないもの。舞い上がった砂埃を損傷部分から取り込んで、あっという間に治してしまう。
「どいつもこいつも、再生能力ばっかり持ちやがって」
即座に傷を治せないと、高位の魔物にはなれないということか。
もしくは、そういう魔物しか生き残れないか。
どちらにせよ、こちらにとってはとても都合が悪い。
色んな属性をぶっぱすれば一つくらいダメージになると期待したけれど、それもなさそうだ。攻略法が見つからない以上、戦いながら探すか閃くしかない。
右手に漆黒刀を構築し、空中で構えを取る。
「苦戦するかも」
再び、ガーゴイルの咆哮が轟いた。




