飛翔の個体
「精霊。臓器の位置を教えてくれ」
「――承知しました」
精霊に位置特定を任せて飛翔する。浅葱色の大翼が舞い、風を巻き起こして飛行する。
浅葱刀に魔力を込めつつ空中からオチューの本体へと突撃した。
「キィイィイイイィイイヤァァアアァァァアアアッ」
だが、オチューもやられっぱなしではない。
空を飛ぶ俺に対して、数多の触手を伸ばして攻撃を開始する。しかし、ここまでは以前と同じだ。ここから違うのは、末端の捕食器官が更なる攻撃を仕掛けてきたこと。
「ギィイィイィイイイッ」
末端器官たちが次々に悲鳴を上げ始める。
「な、なんだ?」
こちらはなにもしていない。そう困惑していると、その理由が未知なる攻撃をして判明する。牙の生え揃った捕食器官たちから悲鳴とともに飛びだしてきたもの。それは粘性の濁った体液だ。四方八方から突然、浴びせかけられた。
「気持ち悪いな」
迫りくる体液に対して大翼を振るい、風を巻き起こして弾き返す。
しかし、なにせ数が多い。弾き返しきれず、どこからか飛んできた一塊が、俺の左腕に掛かってしまう。
その瞬間――身を欺くために装備していた結晶鎧の籠手が、瞬く間に消失する。
「――酸かッ!?」
気づいた時には遅く、消失は腕を這い上がっている。
凄まじい速度で溶かされていた。
「くそっ」
放って置くわけにもいかず、すぐに肩の辺りから結晶鎧を自切し、地面へと投げ捨てる。それは落ちる過程で、地面に落ちることすらなく完全に消失した。
「……イカレてやがる」
カーバンクルの結晶をこれほど簡単に溶かしてしまうほどの酸。捕食器官がこれを吐く際、悲鳴を上げていたことから、どうやらこれを繰り出す過程でダメージが生じるほど強いもの。
自分が傷つきながら、溶かされながら、それでもこの攻撃は為された。
並外れた再生能力がなければ出来ない芸当で、たとえすぐに治るとしても、生物の本能としてこのような攻撃の方法はまず選ばない。
このオチューという魔物はどこもかしこも気味が悪い。
「精霊、臓器の位置は」
左の籠手を再構築しつつ、胴体の至近距離にまで到達する。
「――真正面です」
それを聞いてすぐ、魔力を込めておいた浅葱刀を振るう。
斬撃は無数の細かな風刃となって放たれ、方向性を持ち、一条に束なってオチューの本体を貫いた。細切れになった肉片が中を舞い、胴体に風穴が開く。一瞬遅れて血が噴き出し、滝のように流れ落ちた。
「ギイィイィイヤァァアアアアァァアアアッ!?」
身体を貫かれて絶叫するオチュー。その周囲を飛び回りつつ、精霊に確認を取る。
「今ので潰せたか?」
「――いいえ、寸前のところで逃しました」
「くそっ、ダメか」
常に体内を動き回る臓器。
それだけでも常軌を逸しているというのに数は一つではない。
攻撃を仕掛けているのはこちら側なのに、事態がちっとも良くならない。
「とにかく、攻撃するしかないか」
精霊に臓器の位置を聞きつつ、攻撃を再開する。
触手の群れを潜り抜け、吐き出される酸を風で弾き、狙いを定めて風刃を放つ。けれど、やはりというべきか、臓器を打ち抜けない。それなりの攻撃範囲を維持しているはずだが、どうにも臓器の移動速度が速いみたいだ。
「これじゃ埒が空かない」
魔力もどんどん減っていく。斬り落とした末端部分の骨格を随時、吸収しているものの。消費と供給で釣り合いが取れていない。
このままじゃジリ貧だ。
でも、それでもどうにか臓器を狙おうと大翼を羽ばたいた。
けれど、ここで予想外の新たな敵が現れる。
「キィイイイイイヤァァアァアアアッ」
雄叫びを上げたオチューの本体から剥がれ落ちる幾つもの肉片が、空中で蠢いてその形を変貌させる。一対の翼を広げ、鉤爪を持ち、一振りの刀を持つ、独立個体。その容姿はまるで、ヒポグリフ・フェザーのようだった。
「こいつっ」
明らかに俺の姿を真似て独立個体を作り出している。
それも一つや二つではなく、十や二十――あるいはもっとかも知れない。
独立個体らは大翼を広げ、風を掻いて飛翔する。その刀には禍々しい黒の魔力を纏っていた。
「このっ……パクリ野郎が」
迫りくる独立個体たちの対処をせざるを得なくなり、振るわれる刀身を浅葱刀で受ける。
その衝撃と手応えで、経験則から力量を測る。剣撃はそれなりに重いが、鋭くはない。所詮は真似事で、積み重ねた経験がない。強さもやはり、最初の独立個体がそうだったように中位相当――いや、それをすこし下回るくらいと言ったところか。
一体一体はそれほど強くないことがわかったが、問題は強さの水準じゃない。数の多さだ。
中位の魔物が数十体いる。この状況はかなり不味い。
「キィイィィイイイィイヤアァアァアアァアアアッ」
幾重にも響く声音が空間に木霊し、数多の独立個体が剣撃を振るう。
これもまた俺の模倣。風刃を模した黒の刃が四方八方から飛来する。いま俺と鍔迫り合いをしている個体のことなどお構いなしだ。
「チッ」
受け止めていた刀身を弾き、独立個体のがら空きになった胴に蹴りを放つ。
そうして身の自由を確保し、迫りくる黒刃の対処に移ろうとした。
その時――
「騎士様っ!」
目の前が赤黒い血のような魔力に覆われる。
渦を巻いて周囲を遮断し、黒刃のすべてを弾いてみせた。
そして魔力の渦が途切れた時、背に蝙蝠のような魔力の羽根を生やしたメイの姿が目に飛び込んできた。
「やっぱりメイも戦う! じっとなんてしてらんない!」
先ほどまでのオチューに怯んでいたメイの姿はどこにもない。
立派な吸血鬼は羽根を広げ、独立個体の群れに突撃した。




