高速の再生
「キィィィィッ」
四つの得物を自在に振るい、独立個体は地面を蹴る。
繰り出されるのは連なる四閃、四連撃。それらを白銀刀で捌きつつ、相手の様子を窺った。
剣撃は苛烈だが技術がない。ただ力尽くで振るっているだけだ。手数は多いが太刀筋は読める。
「――」
剣撃に合わせて白銀刀を振るい、四本の中の一本を弾く。
剣先が上を向き、体勢もそちらに引っ張られ、独立個体の体勢が崩れる。
その隙に乗じて、まずは一太刀見舞おうと踏み込む。
そこへ残りの三閃が迫るが、所詮は腰の入っていない軽い剣。軽く弾いて脅威を排除し、眼前の胴体へと白銀刀を振るう。
しかし――
「キィイィィイヤァアアアアッ」
狙いを定めていた胴体が割れ、剥き出しの牙が並ぶとともに伸びる。胴体から、腹から、大口を開いた触手が生えてきた。
「――なっ」
想定外の攻撃に対応が追いつかず、右腕に食いつかれてしまう。
触手の牙は鋭く咬合力もあり、結晶の鎧に亀裂が走る。
「離――れろ!」
右腕を噛み砕かれる前に対策を打つ。
全身をもう一度、サラマンダー・シェルに変換し、全身から紅蓮の炎を燃え上がらせる。
結晶鎧の隙間から猛る火炎が食らいついた触手を襲い、その牙と口内を焼いた。
「ギィィィイイッ!?」
堪らず牙を離したところへ、紅蓮に染め直した一刀を走らせる。
紅蓮を引いた一閃は触手を半ばから断ち斬り、傷口を焼けただれさせた。
「ギィィ……」
宙を舞った触手の先端が断末魔の叫びを上げて息絶え、炭になる。
一方で触手は大本である胴体に帰り、手ひどい火傷だけを残して消えた。
「妙な感じだ」
この独立個体には意思のようなものがあり、それから伸びた触手にも意思があるように見える。でなければ斬り落とした触手が断末魔の叫びを上げたりしないだろう。
例えるならプラナリアのようなものか。脳だらけ細胞をもち、肉体の切れ端からでも、頭部が再生される生物。それに近しい魔物が、オチューという存在なのかも知れない。
「き、騎士様っ! 燃えてるよ!」
メイの焦ったような声が響く。
結晶鎧の隙間から――兜のスリットからも、火炎が立ちのぼっている。
その様がメイには異常に映っていた。
「大丈夫だ、そういう魔法だから」
「そ、そうなの?」
「そうなの」
振り返ることはせず、常に独立個体を見据えながら返事をする。
炎を身に纏えば、予想外の不意打ちをある程度牽制できるはず。炎に触れたくないなら、剣で攻撃するしかなくなる。そして、こちらは律儀に接近戦をしてやる必要はない。
「キィィイィィイイイヤァアアァアァアアアアアッ!」
胴体の火傷を再生させ、独立個体が叫ぶ。
四本の得物を振り回し、こちらに駆けてくるが、それには付き合わない。
左手に火炎を集中させ、投げ付けるように解き放つ。それは洞窟のすべてを埋め尽くす程の火の息吹となって、独立個体を呑み込んだ。
「アギィィイイイィイイイッ」
灼熱に身を焦がし、独立個体は悲鳴を上げる。牙も、喉も、肺も、体内すら焼け付く火炎の中で、苦しみ悶えてがむしゃらに得物を振り回す。このまま火炎を放っていれば、直に燃え尽きるだろう。
そう、思っていたけれど。
「――こいつ」
「アギィ……」
独立個体の火傷が癒えていく。
いや、癒えた端から焼けていくのだけれど。火傷を負うより、再生速度のほうが速い。高速で再生を繰り返し、地獄のような温度の最中を、独立個体は突き進む。
「なら」
更に火力を上げ、押し戻そうと試みる。
だが、やはりと言うべきか、再生速度のほうが速い。
「アギィィイイィィイイイイイッ!」
ついに火炎放射を突破し、四つ腕から四閃が走る。
それを受けて即座に火炎を打ち切り、紅蓮刀で迎え打つ。
そうして振るわれた剣撃を受け止めたとき――その感触はひどく軽いものだった。
「……ようやく、死んだのか」
その生命は得物を振るった段階で尽きていた。
独立個体は己の使命を最期まで果たそうとし、燃え尽きた。きっと高速再生の反動、代償があまりにも大きかったのだろう。その焼けただれた肉体は、ぐしゃりと崩れ落ちた。
「こいつは……効率が悪いな」
死体から魔力を回収するも、火炎に費やした量とは釣り合いが取れない。赤字だ。
変異をする兆しも見えない。
「やっつけたの?」
恐る恐ると言った風に、メイが問う。
「あぁ、なんとかな」
振り返ってそう伝えると、メイはほっと安堵した。
「……なぁ、メイ」
「なぁに?」
「悪いけど、メイはここまでだ」
「え?」
困惑した表情をするメイに、言い聞かせるように言葉をつづける。
「さっきのを見ただろ? この先は本当に危険だ。守ってやれるかどうかわからない。出口まで送っていくから、あとのことは俺に任せてくれ」
「で、でも、お母さんが……」
「大丈夫だ。悪い魔物は俺が絶対に倒すから。な?」
母親を思う子の気持ちはわかるつもりだ。
立場は逆だったけれど、それでもわかる。
家族を思わない子はいない。どんな無茶でも、しようとしてしまうほど、思いは強い。
でも、だからこそ、メイはここで帰さなければならない。
本来なら、こんなところまで連れ来ることが間違いだったんだ。
「……」
すこしの間、沈黙がつづく。
そして――
「やだ! メイが、お母さんを助けるんだもん!」
幼い子供ほど、こうと決めたら譲らない。
メイは俺を躱すようにして、洞窟の奥へと駆ける。
「メイ!」
呼びかけても止まる素振りを見せない。
赤く熱せられた箇所を軽やかに跳び越えて、その先へと向かってしまう。
「あぁ、もう!」
俺の責任だ。やはり、暴れられても洞窟の前で帰しておくべきだった。
俺はいったい、何を考えていたんだ。
後悔先に立たず、過去のことを悔いながら、メイのあとを追い掛けた。
「メイ!」
精霊にメイの位置を尋ねながら追い掛け、そしてその背中を見つける。
暗闇の中、メイは立ち尽くし、なにかを見上げていた。
駆け寄り、その肩に手を置いた。
「騎士様……あれ」
「あれ?」
メイが指差す先。そちらに眼を向けた瞬間、夥しい量の目玉が闇に浮かぶ。
「まさか」
光源の光量を更にあげて、可視範囲を大きく広げる。
そうして照らし出されたのは、いくつもの触手と眼を有した巨大な肉塊だった。




