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反魂のネクロ ~スケルトンになった少年、魔物の遺骨を取り込んで最弱から最強へと成り上がる~  作者: 手羽先すずめ


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子供の大人


「あのね、あのね。メイね――」


 道中、メイと名乗る少女はいろんな話をしてくれた。

 他愛のない話からはじまり、日々の中で見つけた小さな発見だとか、街の様子。耳を傾けて時折に相づちを打ち、この夜の街のことを大雑把に知ることができた。

 流行病――オチューの毒に侵されるとまず初期症状として咳が出るらしい。

 そう言えばこの夜の街を歩いていて、何人か――それなりの頻度で咳をしている者がいた。そのほとんどが風邪かなにかのように、深くは考えていないようだったけれど。

 不死身に近い存在であるからこそ、身体の変化や病に鈍感なのかも知れない。命の危険というものに疎いからこそ、無防備であり原因の究明を急がない。

 不死身というのも考え物だ。


「――ついたー!」


 手を引かれて歩くことしばらく、街外れの人気のない場所に到着する。

 メイの言う通り、そこには入り口があった。どことなく臭い、そしてしめった空気を吐き出す洞穴。内部には夜光石の鉱脈もなく完全に暗闇で満たされている。

 かつて浸水した仄暗い通路を通ったことがあったけれど、精神的な抵抗はあの時以上に感じてしまう。暗いところばかりで嫌になる。真っ白よりかは、よほどいいけれど。


「この先をずーっと行った先に悪い魔物がいるの! ほんとだよ! ときどき、変な声が聞こえてくるもん!」

「変な声、か」


 オチューの鳴き声が聞こえてくるのだとしたら、そう遠くない位置にいるのかも。

 ほかの魔物の声という可能性も十分にあれど、万が一を考えればここもすでに危険地帯だな。


「わかった。俺が行ってたしかめてくる。本当に悪い魔物がいたらやっつけるよ」

「ほんと!」

「あぁ、ホントだ。だから、メイはお家に帰って大人しくしているんだ」

「えー!」

「えー、じゃない」


 子供ゆえの恐れ知らずな好奇心。それ自体は尊いものだけれど、それを丁度いいところで抑止するのも大人の役目だ。

 まぁ、俺が大人かと言われれば違うと言わざるを得ないが、実年齢は六十台から七十台くらいなんだ、すこしくらい大人ぶっても罰はあたらないだろう。


「この先は危険なんだ。子供がついてきたら危ない」

「むぅー」


 とてもご不満な様子で、メイは頬を膨らませる。


「……わかった」


 そう呟いて、メイは大人しく帰路につく。

 わかってくれたのかとほっと安堵した、その直後。ぴたりと、メイの足が止まる。

 そして、こちらに振り返った。


「メイが大人になればいいんだ!」


 その言葉とともに、メイの周囲に魔力が渦巻く。

 吸血鬼特有のものか、赤黒い血のような魔力がメイの小さな身体を覆い隠した。


「な、なんだ?」


 魔力の渦は勢いを増し、そして弾け飛ぶ。

 散った魔力の中から現れるのは、一人の女性。

 すらりと伸びた手足、高い身長に肉付きのいい身体。彼女の容姿や身に纏う雰囲気にはメイの面影がたしかに残っている。消えた少女と現れた女性。その関係性は言うまでもなく――


「これでついて行ってもいーい?」


 大人になったメイは子供っぽい笑みを浮かべて、そう尋ねた。


「……吸血鬼ってこんなこともできるのか?」


 メイに聞こえないくらいの小さな声で精霊に問いかける。


「――吸血鬼による身体操作を駆使すれば、魔力の手伝いもあって一時的に成長することが可能です。逆に退化し、大人が子供になることも理論上は可能です」

「種族の神秘だな……」


 子供が大人になるほどの急成長。また大人が子供になるほどの退化。

 吸血鬼とは、やはり人の常識では計れない種族みたいだ。


「ね? ね?」


 腰のあたりにまで伸びた真っ黒な髪を揺らして、メイは駆け寄ってくる。


「いーでしょー! メイ、もう大人だよ?」


 大人は大人を自称したりしないものだけれど――あぁ、すこしまえの自分に突き刺さる言葉だな、これ。

 それに身体が大人になったからと言って、心までが成長したわけじゃない。精神年齢は少女のままで、仕草も言葉遣いも振る舞いも子供のそれだ。


「でも、危険なことには変わりない。魔物に襲われたらどうするんだ?」

「魔物なんて平気だもん。あっ!」


 メイは身体を大きく傾けて、背後の洞窟に目を向ける。

 俺もそれに釣られて振り返ると、ぽっかりと口を開けた暗闇から一体の魔物が出でる。四足歩行の獣型。名称はぱっと思いつかない。奴は相当、飢えているのか、口から唾液をだらだらと流している。


「メイが戦えるってところを見せたげる!」

「え? あ、おい――」


 静止の言葉を投げるよりも先に、メイは行動に出た。

 渦を巻く赤黒い魔力を身に纏い、地面を蹴ったその刹那――飢えた魔物の肉体には拳がめり込んでいた。メキメキと鈍い音が響き、悲鳴とも言えない濁った声を吐いて、魔物は暗闇の中へと追い返された。

 振り抜かれた拳がぱっと開いて、えへへーとメイが笑う。


「ね? ついて行っていーでしょ? 騎士様!」


 たしかに並大抵の魔物が相手なら、メイに負ける道理はなさそうに見えた。

 それでもダメだと、言うべきなんだろうけれど。そう言ってしまうと今度は癇癪を起こしてしまうかも知れない。あの怪力と速度で暴れられたら堪らない。しようがないと割り切るしかないか。


「……わかった。でも、約束してくれ」

「約束?」

「洞窟の中では俺の言うことを聞くこと。逃げろって言ったら、迷わず逃げること。いいな?」

「わかった! はやく行こ!」


 ホントかよ。即答だったけど。


「悪い魔物をやっつけてお母さんの病気を治すんだ!」


 メイはそう言って、拳を突き上げる。

 それは決意を露わにするためのものであり、けれどほんのすこしだけ震えていた。

 怖いはずなんだ。年端もいかない少女が魔物と戦うなんて、恐ろしくて堪らないはず。それでも行くと言って聞かないのは、病床に伏した母親を助けたいがため。

 病の原因を知りながら、なにもできない日々はどれほど辛いものだっただろう。

 本当のことを話しても誰も話を聞いてくれない。物乞いだと思われ、慈悲まで与えられる。それがどれだけ屈辱的なことだっただろう。

 メイの行動原理は単純明快で、それは恐らくいずれは一人でもオチューを倒しにいっていただろう。

 このタイミングで俺がこの夜の街に紛れ込めたのは、幸運だったのかも知れない。


「あぁ、行こうか」


 いざとなったら、メイの安全を優先しよう。

 場合によっては強制的に送り返すことも考えておかないと。

 そんなことをつらつらと考えながら、俺たちは真っ暗な洞窟へと足を踏み入れた。

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