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反魂のネクロ ~スケルトンになった少年、魔物の遺骨を取り込んで最弱から最強へと成り上がる~  作者: 手羽先すずめ


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炎天の氷室


 焔翼の羽ばたきが熱風を撒き散らし、陽炎を纏い飛翔する。


「アァァアアアァァァァアァアアアアアアッ」


 サンダーバードはそれを撃ち落とそうと次々に鉄塊の礫を投げる。

 身を翻して躱し、紅蓮刀で焼き切り、熱風で融かす。だが、それでも残弾が尽きることはない。無数に投げ付けられる鉄塊を前に、思うように進めない。


「あんな風に抜け出されちゃうなら、もう捕まえられないわね」


 紅蓮の一閃が鉄塊を両断して融かし崩す。

 そして、次なる礫に紅蓮刀を振るおうとして――気がついた。

 いつの間にか、宙に浮かぶ鉄塊がなくなっていたことを。


「光鎖で全部縛り付けたわ! 機械も壁も地面もね!」


 試験場に配置されていた機械類はすべて光鎖に縛り付けられている。

 壁や地面にも網目状に光鎖が這っていた。それが磁力に抗い、鉄塊を宙に浮かばせない。

 リーゼがサンダーバードの手を潰してくれた。


「助かるッ!」

「どういたしまして!」


 鉄塊の礫がなくなり、一直線に宙を駆ける。

 紅蓮刀が届く範囲にまで肉薄し、同時に背を向けるように反転。ちょうど目の前に、サンダーバードが現れた。


「馬鹿の一つ覚えだっ」


 ひねりのない動きに読み勝ち、紅蓮の剣閃を描く。

 袈裟斬りに振り下ろし、その胴を斜めに断つ。しかし、それだけに終わらない。すぐに刀身を翻して返し、二度、三度――何度も斬り付けた。

 焼き斬れたサンダーバードの肉塊が重力に引かれて落ちていく。

 しかし、それが地面に到達する前に紫色の光を帯びて紫電と化し、互いに互いを引き合って分かたれた身体を繋ぎ合わせる。

 そして何事もなかったかのように復活した。


「ダメか」


 ただ斬るだけではダメだ。

 どれだけ丁寧に細切れにしようと雷化して復活してしまう。


「なら――」


 斬るのは止めだ。


「リーゼ!」


 名を叫びながら地上に舞い降りる。

 光鎖に縛られた地面に足をつけ、リーゼの正面に立つ。


「ちょっと熱くなるぞ」


 紅蓮刀を魔力に戻して空手になる。


「え?」


 返事はしない。

 右手に火炎を、左手に旋風を。

 異なる二種の魔力を宿し、混ぜ合わせて解き放つ。


「劫火っ」


 複合させた特性が互いを高め合い、深紅の劫火が天に昇る。

 だがサンダーバードのことだ。このくらいの攻撃など容易に躱してしまうはず。

 だから左手に旋風を宿した。渦巻く劫火はその勢力を増大させ、試験場の上空すべてを覆い尽くした。


「あつっ――」


 背後でリーゼがしゃがみ込む。

 余波だけでもダメージを受けるほどの火力が劫火には秘められている。

 だからこそ、サンダーバードを焼却できるかも知れない。

 そのものを焼き尽くせば、雷化する肉体が残らなければ、復活はできないはずだ。


「もうすこし、耐えてくれっ」


 リーゼに語りかけながら、更に火力を上げる。

 劫火の空。

 夕日よりも紅く染まるその空で、サンダーバードが踊り狂う。


「アァアアァァアアァァアアァァアァァアアァアアアアアアァアァアアアアアアッ!」


 焼け、爛れ、炭化し、悲鳴を上げてのたうち回る。

 思惑通り、サンダーバードは焼却されている。

 両翼はついに燃え尽き、もはや空を飛ぶことすら叶わない。

 そこで劫火も途切れ、ぐしゃりと焼け爛れたサンダーバードが地に落ちる。


「これだけやって……まだ息があるとはな……」


 墜落したサンダーバードにはまだ息がある。

 焦げ付いた鉤爪で地面を抉り、弱々しい動きながら立ち上がった。

 流石は中位の――カーバンクルよりも上位の魔物だ。

 でも、もうその命も尽きる。


「今、とどめを刺してやる」


 紅蓮刀を再び構築し、サンダーバードへと近づく。

 だが、その歩みを拒絶するように――


「アァァァアアァアァァァァァアアアァアアアアアアアッ!」


 サンダーバードは吼えた。

 最後の抵抗として死力を尽くしているのだろう。

 そう思っていたが――直後に、別の意図があっと理解させられる。


「なっ――」


 天井に空いた大穴。

 劫火で融け、溶鉄が滴り落ちるその入り口から、何体もの遺物たちが降りてくる。

 機械兵。機械竜。機械鳥、機械獣はもちろんのこと。ほかに何種類もの遺物が落ちてきた。


「厄介だな。これを全部……」


 最後の抵抗にしては元気のいいことだ。


「……違うわ」

「リーゼ?」

「――トオルくん! 今すぐ遺物を破壊して!」


 焦りを帯びた声音にただならぬものを感じて、理由も問わずに焔翼を羽ばたいた。

 瞬く間に距離は埋まり、火炎を纏う紅蓮刀を薙ぎ払う。

 しかし、その一刀は弾かれてしまう。


「――チッ、黒銀がっ」


 遺物の中に黒銀が混ざっていた。

 その個体の他属性バリアに紅蓮刀が防がれてしまった。


「くそっ」


 即座に紅蓮刀から色を抜き、透明の刀身を再度振り直す。

 今度こそ刃は防がれることなく通り、群青に染まりながら黒銀を斬り伏せた。

 予想外に手間取ったことを悔いつつ、次の遺物に目を移す。


「――あ?」


 次の標的を定めようとして、定まらなかった。

 遺物たちが一体残らず地面に倒れ伏していたからだ。

 俺はなにもしていない。恐らく、リーゼもだ。

 なのに、遺物は動かない。まるで電池が切れたみたいに。

 電池。


「まさかっ!」


 答えに行き着いた時には、もう手遅れだった。


「アァァァァアァアアアアアアアァァァァアアアアアアッ!」


 大量の遺物から電気を――紫電を充電したサンダーバードは雷化することによって、元の姿を取り戻す。燃え尽きた羽毛も、焼け落ちた両翼も、焼けただれた肉も、すべてがなかったことのように再生する。

 サンダーバードはまんまと全回復した。


「くそがっ」


 もう魔力の残量もそう多くない。

 次の劫火で殺し切れなければ返り討ちにあう。

 それにまた同じ手が通用するとも限らない。今度はなんらかの方法で防御か回避される可能性だってある。出来れば同じ手を使いたくないが攻め手がほかにない。

 相手が雷を操る以上、シーサーペントの特性は使えない。紫電の熱でジャックフロストの特性も融かされる。

 火と風、サラマンダーとヒポグリフの特性でサンダーバードを追い詰めなければ。


「ねぇ……トオルくん」


 しゃがみ込んで熱の余波に耐えていたリーゼが立ち上がる。


「私に考えがあるんだけど」


 サンダーバードが飛翔する。もはや幾ばくの猶予もない。


「私を信じてくれるかしら?」

「……あぁ、もちろん」


 飛翔したサンダーバードは俺たちの頭上で紫電を撒き散らす。

 地を這い、空を貫いて迫る紫色の稲妻をリーゼは抗雷術式で遮断する。

 その間にリーゼの考えを聞いた。内容は危険だが試してみる価値はある。

 成功すれば確実にサンダーバードの息の根を止められるものだった。


「……わかった。その手で行こう」

「大丈夫? 私が言うのもなんだけど、とても危険よ」

「危険は承知の上だ。それにこれくらいは慣れっこだしな」


 これまでの戦いは決して楽なものではなかった。

 毎度のように死線を潜り、それでもどうにかここまで来られている。

 今更、命の危険ごときに戸惑うようなひ弱な神経はもっていない。

 ずいぶんと太く、図太く、なってしまったからな。


「じゃあ、頼んだぞ。リーゼ」

「えぇ、サンダーバードを討ちましょう。一緒に」


 互いに頷き合い、焔翼を広げて飛翔する。

 抗雷術式の効果範囲外に出て、紫電を放つサンダーバードの気を引くように飛行する。


「アアアアァァァァアァアアアァアアアアアッ!」


 全身を焼き、死の淵まで追い詰めた。そんな俺をサンダーバードは許さないはず。

 俺が目の前で飛び立てば、必ず標的にする。

 その証拠に四方八方に散っていた紫電が一筋に束なり、電磁砲となって放たれる。

 凄まじい閃光と熱。電磁砲に触れた機械や内壁が瞬く間に融けていく。

 掠りでもすれば蒸発してしまいそうな攻撃に、俺は逃げの一手で飛び回る。


「あなたにとって私なんて取るに足らない相手なんでしょうけれど」


 その隙にリーゼが地上で新たな術式を発動させる。


「私がこれまでどれだけあなたの討伐を夢見たことか。知らないでしょ」


 リーゼの足下に魔法陣めいた術式が描かれ、宙に淡い青色の光球がいくつも浮かぶ。


「だから、今から嫌と言うほど教えてあげるわ」


 舞い上がった光球がサンダーバードを包囲した。


「これが! ドワーフの底力よ!」


 瞬間、光球同士を繋ぐように青雷が走る。

 放たれたそれは無数の鋭い雷撃としてサンダーバードを次々に貫いた。


「アァアァアアアアアアァァァァァァアアアアッ!?」


 身体中を射抜かれ、サンダーバードは悲鳴をあげる。

 紫電ではない青雷。この青い雷は特別製だ。

 サンダーバードの紫電に強い拒絶反応を起こし、体内に入り込めば身体機能が著しく低下する。まるで致死性の毒であるかのように。

 リーゼはこの青雷の毒をもって、サンダーバードを仕留めるつもりだった。


「アァァアア……アァ……アアアァアァァァァァアアアアアッ!」


 けれど、それでも雷化の前には意味をなさない。

 体内に入り込んだ異物を雷化によって分離し、同時に拘束からも逃れようとする。

 紫電の塊となったサンダーバードは雷の速さで抜け出した。

 それが俺たちの狙いだとも知らずに。


「今よ!」


 リーゼの合図を受けて、抜け出したサンダーバードに――まだ雷化の最中にあるサンダーバードに狙いを定めて水翼を羽ばたいた。

 シーサーペント・スケイル。

 この形態から放つ水の大蛇が濁流となって雷化中のサンダーバードを呑む。

 それだけに留まらない。ありったけの魔力を用い、空間のすべてを水で満たした。


「リーゼは……」


 リーゼは水底で半球状の障壁術式に守られていた。

 心配する必要はない。むしろ心配すべきは自分の身だ。

 電気の塊を水中に沈めたのだ。当然、水を伝って紫電がくる。


「ぐぅっ!」


 サンダーバードを中心として紫電が撒き散らされる。

 それはシーサーペントの鱗などたやすく貫通し、本体である骨格まで感電させた。

 その痛みは今まで体験してきたどの痛みとも違う、おぞましい感覚だった。

 けれど、苦しんでいるのはサンダーバードも同じだ。


「アァ……アァアァアアアッ……アアアァアァァっ――っ!」


 この放電はサンダーバードの意図したことではない。

 空間が水で満たされたことで、自動的に、自然の摂理として、蓄えた紫電が水中に逃げていくからだ。

 放出したくなくても、意思にかかわらず水中に紫電が拡散する。拡散し続ける。

 慌てて雷化を解いても、もう遅い。

 その頃には、ほとんどの紫電を失ったあと。


「アアアァアァァアアァアアァアアアアッ」


 ほとんどの紫電を失ったサンダーバードは、それでも最後の力を振り絞る。

 水中にも関わらず咆哮を放ち、それに答えるように遺物たちが大穴から落ちてくる。

 けれど――


「自分で生み出した水なんだ。自分の冷気で凍てつかせるのも、速い」


 一瞬にして凍り付く。


「絶氷」


 空間を満たしていた水が、次の瞬間には凍結して氷となる。

 氷中に閉じ込められ、身動きを封じ込められたサンダーバードはなけなしの紫電を用いて絶氷を溶かそうと試みる。けれど、その程度の弱い雷撃では融かすことも、壊すことも叶わない。

 そしてこの氷中をジャックフロスト・ボディを有する俺だけが自在に移動できる。


「これで本当に終わりだ」

 白銀刀を構築し、サンダーバードの前で振り上げる。

 最後まで紫電はバチバチと迸っていた。

 身動きを封じる絶氷を溶かし、壊そうと必死に雷鳴が響き続ける。まるで悲鳴を上げるように、泣き叫ぶように。サンダーバードは最後まで生にしがみついていた。

 だから、それを断ち斬るように白銀刀を振り下ろす。

 袈裟斬りに落ちた一閃は一つの障害もなく振り抜ける。

 太刀筋は何よりも正確で速く、痛みすら感じさせることなく首を断つ。

 サンダーバードは凍結した氷の中で息絶えた。

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