闇夜の偵察
リーゼの言っていた通り、二日目からの戦闘は有利に進められていた。
操雷による遺物の鹵獲が想像以上の成果を上げているからだ。
遺物に遺物をぶつけ、その脇をすり抜けるようにドワーフの戦士が操雷を突き放つ。
敵兵力を削ぎつつ味方を増やし、たとえ鹵獲した遺物が倒れても、操雷を回収すれば再利用が叶う。
もはや地上戦で押し負けるような事態には陥りようがないほどだった。
そして、それは空中戦とて同じこと。
雷の魔力を利用した宝石弓による低燃費で強力な雷撃。
一度に多くの敵を撃墜できるこの技のお陰で、掠り傷一つ負うこともなく制空権を得ることが出来ている。
懸念していた魔力補充もレーションによってほぼ解決している。
魔力の変換効率は食べ物の栄養価と比例するらしい。
しょっぱくて甘ったるいレーションを口にするだけで失った分の魔力補充が叶う。
陸、空と負ける要素がなくなった俺たちは、破竹の勢いで快進撃を繰り広げた。
そうして目的地であるイーエスへと俺たちはたどり着いた。
「ここを……こうしてっと……うん! でーきた!」
油で黒く汚れた軍手同士をたたき合わせ、リーゼは満足そうに頷いた。
彼女の前には、その背丈を超える機械鳥がある。
その姿は以前とはすこし違い、リーゼの手によって改造が施されていた。
突き立てられた操雷を固定するための金具が付け足され、レンズの両目が深い紫色のものに入れ替えられている。
操雷自体のメンテナンスも行われ、調整もすでに終わっている。
「さぁ、さっそく飛ばすわよ!」
魔導器を片手にリーゼは元気よく機械鳥を操作した。
指示はきちんと伝わり、その銀色の翼を羽ばたかせた機械鳥は飛翔する。
天高く舞い上がり、闇のような夜空に銀の星が煌めいた。
「うんうん! よく映ってる!」
リーゼは魔導器に目を落とし、楽しそうに確認する。
魔導器に貼り付けられたディスプレイ。
そこにはいま機械鳥の視点から送られてくる映像が映し出されていた。
丘陵の影に隠れるようにして待機している俺たちの姿がよく映っている。
鹵獲した遺物たちと、簡易テントの群れだ。
「なるほど、偵察機ってことか」
機械鳥を鹵獲するように言っていた理由が、ここでようやくわかった。
同じ遺物なら怪しまれることもなく、イーエスを偵察することができる。
遺物のどの種類がどのくらいいて、どう配置されているのか。
上空からの視点があれば、それらをある程度、把握することが叶う。
「調整にとっても苦労したのよ? 魔力の周波数を同じにしないと、すぐに敵にバレちゃうんだから。でも、流石は私よね。なんとかこの土壇場で間に合わせたわ!」
自慢気にリーゼは胸を張った。
「さーて、それじゃあ偵察よ!」
魔導器を操作し、機械鳥はイーエスに向けて羽ばたいた。
イーエス上空を旋回する機械鳥の群れへと近づいて混ざる。
古代の遺物とはいえ機械は機械だ。
明らかに不自然な近づき方をしても、それを怪しむ者はない。
魔力の周波数上の識別では敵だと認識されないからだ。
リーゼの目論見はうまくいき、俯瞰視点からの映像を確保することができた。
「……朽ち果てていて建物がほとんどないな」
サンダーバードの襲撃と数十年という歳月による風化。
それによりイーエスの姿は瓦礫の山と化していた。
その様子からは以前の姿をうかがい知ることは叶わない。
「でも、お陰で敵の配置がわかりやすいわ」
「そうだな」
障害物がすくない分、敵を発見しやすい。
映像からは銀色に蠢く何体もの遺物を発見できている。
「思ったよりも、数が多いわね」
これまで快進撃を続けてきた俺たちだったが、サンダーバードも黙ってはいない。
俺たちの狙いがイーエスであることは、すでに気づかれていると見ていい。
来たる襲撃に備えて万全を期しているのだろう。
前々から思っていたことだが、ほかの魔物と比べてサンダーバードは知能が高い。
一筋縄ではいかなそうだ。
「厄介な遺物も多いし、攻め落とすのに苦労しそうね」
大型、中型、小型と、遺物の種類を網羅するかのように各地に配置されている。
中でも目を引くのが中央広場に鎮座する大型の遺物だ。
鋼鉄の爪牙に銀色の屈強な四肢、波打つ毛皮のような装甲。
尾は鞭のようにしなり、その目は合計して八つある。
各所に砲門を有し、背にはいくつかのブレードを背負っていた。
まるで武装した獅子や虎と言った風格だ。
明らかにあの個体だけ装備が違う。
「作戦はどうするんだ? ラシルド」
「そうだな……」
ラシルドは簡易机の上に古びた地図を広げる。
イーエスが陥落する前のものらしく、欠けのない線が走っていた。
「まずトオルに空を制圧してもらうことに変わりはねぇ。これが達成されないことには話が始まらないからな」
「わかった」
きっちりと役目を果たそう。
「地上は俺たちがなんとかして正面突破だな。遺物は腹も減らねぇし、眠りもしない。疲れもしないし、逃げ出さない。おまけに焼き討ちも出来ねぇもんだから、既存の戦法はほぼ使えないと来たもんだ」
「加えて短期決戦が望ましいわね。戦いが長引くほどこちらが不利になるわ」
「そうなると……」
この場にいる者のすべてが、恐らく同じことを考えただろう。
それを初めに口にしたのは俺だった。
「あの獣の遺物を操雷で操れるか?」
イーエスの最大戦力を味方につけて暴れさせる。
早期の決着を望むなら、それが一番確実な方法だ。
「……どうかしらね。正直、自信はないわ」
珍しくリーゼは弱気だった。
「操雷は既存の遺物に対して最大効果を発揮できるように最適化してあるのよ。だから、未知の遺物に対しては効果を保証できないわ。情報もサンプルもないしね」
やはり、そううまくはいかないか。
「でも……」
「でも?」
深く考え込む様子でリーゼは言葉を続けた。
「操雷をいくつか……そうね、五つも突き立てられれば……」
「数を増やせばいいのか?」
「そんなに単純な話じゃないけど。それだけ突き立てれば動きを止めることくらいはできるはず。あとは私が直接、調整さえすればとりあえず私の支配下に置くことができるわ」
あの獣の遺物に操雷を五つ突き立て、戦場の最中でリーゼが調整を行う。
言うのは簡単だが、それを実行に移すには相応の危険が伴う。
失敗すればどうなるかは言うまでもない。
「なにか別の方法を――」
「いや、それで決まりだ」
別の方法を検討しようとした矢先、ラシルドが決定を言い渡した。
「……本気か? 失敗したらただじゃ済まないんだぞ」
自分の娘が戦場で死ぬかも知れない。
それでも。
「承知の上だ。リーゼもそれを承知でこの作戦に参加しているんだ。そうだろ?」
「えぇ、もちろんよ」
その言葉に、目に、迷いはない。
危険はもとより覚悟の上か。
「そう、か」
そうだ。
これは戦なんだ。
ドワーフの存亡を左右するほどの戦いだ。
いまこの場にいるすべての者たちが決死の覚悟でここにいる。
彼らは誇り高き戦士であり、リーゼも例外じゃない。
俺はまだまだ考えが甘いらしい。
「なら、あの獣の遺物の相手は俺に任せてくれ。きっちり五つ、操雷を突き立ててみせる」
「いいだろう! その間、俺たちがほかの遺物どもを抑えてやる」
「そのあとは私の出番! 出来うる限り最速で調整を終わらせるわ!」
話は纏まり、イーエス奪還作戦の本番が始まろうとしていた。
俺たちは最後の準備と詰めを行い、来たるべき時を待った。
そうしてドワーフの誰もが待ち望んだ未来に手を掛ける、大切な一日が幕を開ける。




