機械の襲撃
駐屯所にて。
「――まぁ、事情はわかりましたよ。わかりましたけどね?」
「だからって勝手に街の中に入れちゃイカンでしょ、ラシルドさん」
至極もっともなお説教をラシルドが喰らっていた。
「いやー、行けると思ったんだけどなー」
「思ったって、あんたねぇ」
「そんなので仕事増やされちゃ堪んないですよ、まったくもう」
「がっはっはー!」
本当に反省しているのだろうか? この人は。
「まぁ、一応、ラシルドさんの言っていることに間違いはなさそうですけど」
警備兵の一人がまた俺のほうを見る。
「とにかく、彼のことは上に報告しますからね」
「正直、我々の手に負えないんで」
「あぁ、そうしてくれ。もともと、そうするつもりだったしな」
とりあえず、話に一段落がつく。
警備兵の一人が駐屯所の奥へと消えた。
上層部に俺のことを報告するためだろう。
厄介なことにならないといいが。
そう思ったのも束の間。
「――大変だ!」
奥に消えた警備兵が戻ってくる。
ひどく焦っている様子だった。
「また家畜が襲われてる! 今度はテズラトのとこだ!」
機械兵の脅威はすでに家畜にまで及んでいる。
無視できない被害が出ているとラシルドは言っていた。
どうやら思っていたよりも事態は深刻のようだ。
「ラシルドさん、今すぐ向かってください!」
「よし! お前らいくぞ!」
「はいよ!」
話を聞いたラシルドは立ち上がってすぐ、部下とともに駐屯所を出る。
「トオル! お前さんもだ!」
「あ、あぁ、でも」
警備兵を見る。
「構わない、行ってくれ。人手は多い方がいい」
「テズラトのところは家畜が多い。はやく行かないと肉が食えなくなっちまう!」
行っていいみたいだ。
「わかった」
返事をして駐屯所を出る。
そしてそのまま両翼で羽ばたいて飛翔した。
「方角は?」
「あっちだ!」
地上でラシルドが指を差す。
そちらへと視線を向けると緑化された牧場が目に入る。
そこを襲うようにして銀色の塊が蠢いているのが見えた。
あれが機械兵の群れか。
城壁の内側だというのに夥しい数だ。
いったいどこから。
「――先にいく!」
返事を待つこともなく、牧場へと急ぐ。
「――あ、あぁ……どんどん喰われてく」
「危ないから下がってて!」
空路を使って最短距離を通り、現場へと駆けつけた。
銀色の塊も一体一体に区別が付くほど、輪郭がはっきりしている
牧場を襲っている遺物の大半は機械兵だ。
それを抑えるように警備兵たちが大きな得物を振り回して戦っている。
「あれは……」
その中に一際大きな個体を見つけた。
まるで肉食恐竜を象ったかのような姿をした機械の遺物。
それは家畜を咥えるとそのまま丸呑みにしてしまう。
「乱暴な運搬方法だな」
自身の中に家畜を格納することで運搬する。
そうしてサンダーバードのもとまで食料を届ける算段だ。
今までもそうして魔物を狩り続けていたんだろう。
「警備の数は……結構多いな」
機械兵と戦っている警備兵の数は多い。
少数だが現場に駆けつけてきた者もいる。
あれだけの人数がいれば機械兵を抑えられるはずだ。
「なら、俺の相手はあいつだな」
機械兵の相手を警備兵に任せて標的を見定める。
俺の相手は好き勝手に暴れて家畜を食い荒らしている機械の竜。
奴だけは警備兵も手が付けられていない。
「出し惜しみはなしだ」
早期に決着を付けるべく、右手に紅蓮刀を構築して両翼で虚空を掻く。
上空からの急下降。
赤い刀身に重力と推進力を乗せて落ちる。
そこから放つのは絶大な破壊力を秘めた一点突き。
瞬く間に機械竜まで肉薄し、赤い一閃を突き放った。
「――ッ」
しかし、通らない。
その鋒が機械竜を貫こうとした瞬間、結界のようなものが装甲を覆ったからだ。
突きは結界に阻まれて届かない。
「野郎っ!」
だが、貫けなくとも牧場から退けることはできる。
柄を両手で握り締め、両翼で羽ばたいて更に推進力を増す。
天から降る一条。
隕石のごとく、俺は機械竜を押し出した。
「な、なんだ――いまの」
「知るか! なんだっていい! デカいのがいなくなった!」
「そうだ! いまは目の前の機械兵に集中しろ!」
一撃で仕留めるつもりだったが上手く行かないものだ。
けれど、牧場のど真ん中から木柵の外側まで退けることは叶った。
これで家畜の被害を考えることなく戦うことができる。
あとは、あれをどうやって倒すかが問題だ。
紅蓮刀では奴の装甲まで届かない。
「――ジュラララララ」
突きの威力に力負けし、緑化した地面に電車道を刻んだ機械竜。
奴はこちらを見据えて、低く低く警戒するように唸る。
「……一つ、試してみるか」
ゴブリンの特性である魔力の武器化。
この特性では戦えなくなって来ている。
俺自身、そう感じ始めていた。
だから、ここで新たな試みを試してみようと思う。
「宝石の魔力を……」
カーバンクルの特性である魔力の結晶化。
この特性を用いて一振りの刀を造り上げる。
透き通るような透明の刀身と色のない刃。
宝石で造る美しい一振り。
「ジュラァァアアアアアアッ!」
まるで生き物であるかのように咆吼を放つ。
そうして機械竜は屈強な二本の脚で地面を蹴った。
それに合わせてこちらも駆ける。
一瞬にして距離は埋まり、機械竜は突き上げるように頭突きを放つ。
迫りくるそれをヒポグリフの脚力で躱して反撃に移る。
透明な一振りを携え、狙うのは左脚。
研ぎ澄まされた一閃が機械竜を斬りつける。
その巨躯を覆う結界に触れ、同時にその魔力を得て刀身が紫紺に染め上がる。
耐性を得た紫色の一閃は、その結界をたやすく斬り裂いて左脚を断った。
「ジュララララ……」
片脚を失い、機械竜は滑るように地に伏す。
片脚だけではもう立ち上がれもしないはずだ。
「上手く行ったな」
相手の魔力を利用した紫紺刀。
透明の入れ物を用意してやれば、まだ得ていない属性を用いることができる。
「ジュララ……」
地に伏した機械竜は、しかしまだ動く。
背から無骨な銃器が生え、数多の銃口がこちらを向く。
それらは各々が異なる色の光で輝き始める。
「――」
他属性の魔力による一斉掃射。
脳裏に過ぎる可能性に悪寒し、無詠唱にて魔法を放つ。
それは多色の閃光が放たれたのと同時だった。
「間一髪って……ところか」
無詠唱で放った二天城壁が閃光を阻む。
しかし、強度が半減したそれでは長くは持たない。
光の壁の裏側で、俺は更なる一手を打つ。
「包囲、構築、展開、始動」
詠唱し、顕現する。
「四方結界」
空中に走る光の線。
それは光の壁となって対象を取り囲む。
隔離するのは俺じゃない。
閃光を放つ銃器のほうだ。
完全詠唱の四方結界は光に対する高い耐性を持つ。
それに囲まれた以上、何色の閃光を放っても光の壁を越えられない。。
「仕上げだ」
紫紺刀を振り上げて、内包した雷の魔力を惜しみなく放出する。
虚空を引き裂いて放つのは紫電の刃。
雷刃は激しい音を鳴らして機械竜へと飛ぶ。
結界などもはや紙切れ同然。
紫電の刃は銀色の装甲を容赦なく斬り裂く。
その胴体を真っ二つに断ち切った。
「ジュラ……ララ……」
断末魔の叫びらしきものを上げ、機械竜の双眸から光が失せる。
どうやらこれで活動を停止したみたいだ。
「ふー」
なんとか倒せた。
倒せたが、決して少なくない量の魔力を消費した。
なのに倒した相手からすこしも魔力を回収できないのは痛手だな。
「おっと、向こうに加勢しないと」
機械竜は倒せたが、まだ機械兵がうじゃうじゃいる。
警備兵たちに加勢して残りを相当しないと。
そう思い、両翼を広げて飛び立とうとした。
その時だった。
「ジュ――ラララ――」
活動を停止したと思っていた機械竜が再起動した。




