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反魂のネクロ ~スケルトンになった少年、魔物の遺骨を取り込んで最弱から最強へと成り上がる~  作者: 手羽先すずめ


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混迷の時期


「音無さん。今から会えますか?」


 エルフの里をあとにしてすぐに美鈴から連絡がきた。

 事前に予感めいたものを感じ、そのすぐあとに美鈴の声が響く。

 だから、特に慌てることもなく対応できた。

 それがすこし前のこと。


「これで最後っと」


 放った結晶片が魔物を撃ち抜く。


「ふー」


 これにて魔物狩りを兼ねた小規模空間の制圧が完了する。

 魔物たちの死体から魔力が溢れ、俺はそれを丸呑みにした。

 うん、やっぱり味のない寒天だ。


「ま、これで安全確保はできただろ」


 良好な視界に生きた魔物の姿はない。

 岩肌の地面と外壁だけが広がる小規模空間は話をするのに向いている。


「こうして見てみると、蟻の巣みたいだな。ダンジョンって」


 狭い通路が張り巡らされ、至るところに空間がある。

 規模が桁違いではあるものの構造としては似ていると言っていい。

 そう考えるとここは小さな部屋で、エルフの里や人魚の水底は大きな部屋ってことになるのか。


「――ん?」


 そんなことを考えていると、ふと新たな魔力を感知する。

 この空間に踏み入ってから真っ直ぐにこちらに近づいて来ていた。

 けれど、視界にはなにも捕らえられないでいる。

 つまり。


「美鈴か?」


 そう問いかけると、魔力の移動がぴたりと止まる。


「驚きました」


 その位置で透明な輪郭が浮かび上がった。


「どうしてわかったのですか?」


 フードを脱ぎ、美鈴は完全に姿を現す。

 その表情はとても不思議そうだった。


「新しく得た魔物の特性だよ。魔力を感知できるんだ」

「なるほど……それでまた姿が変わっているのですね」


 得心がいったように美鈴は何度か頷いた。


「あなたは会うたびに変わっていきますね」

「そうか? あー、そうかもな」


 初めて会った時はコボルトだった。

 二度目に会った時はサラマンダー。

 三度目はヒポグリフ。

 そして、今回はカーバンクルだ。

 節目節目にちょうどよく美鈴と会っていることになる。


「美鈴に会うたびに人間に近づいているんだな」

「そういう考え方もできますね」


 縁起がいいことだ。


「じゃ、また魔法の手解きを頼む」

「はい、任せてください」


 美鈴と会える時間は限られている。

 他愛のない話はほどほどにして、俺たちは魔法の訓練に勤しんだ。

 以前に習得した二天城壁と見よう見まねで発動した四方結界。

 なにかと使い道が多いであろうこの二つを重点的に練度を上げていく。

 ほかにも数種類の魔法を憶えたがどれも初歩的なもの。

 混淆で得た特性には及ばないため今後の出番はあまりなさそうだった。


「自分の意思を魔力に乗せて……大気中の魔力に干渉……」


 手の平に魔力を込める。


「意思を伝播させて……現実に投影するっ」


 ぱっと燃え上がる炎。

 手の平の上で揺れるそれは無詠唱の魔法で灯したものだ。


「無詠唱の魔法も習得ですね。普通は魔法の安定化にもうすこし苦戦するものなのですが。すごい上達速度です」

「ま、魔力の扱いには慣れているからな。俺も」


 魔力操作にはある程度の自信がある。

 度重なる死闘を経験し、それを乗り越えてきた成果だ。

 それに魔法の習得は必須事項であり、急務である。

 必死にもなる。

 潜在魔力が目標まで底上げ出来ても、ネクロマンシーが使えませんでは話にならない。

 だからこそ必死になるし、執念のように没頭できる。

 それが上達に繋がっているのだと思う。


「ところで、音無さん」

「ん?」


 無詠唱での魔法を繰り返し行おうと手の平に魔力を込める。

 その作業をしつつ美鈴の声に耳を傾ける。


「私も魔法使いの端くれです。なにか出来ないかと思い、ネクロマンシーの勉強をしてきました」

「えっ、ホントか?」


 思わず中断。


「いや、でも禁忌なんだろ? ネクロマンシー」

「はい。ですが、魔導図書館に文献だけは残っていました。まぁ、閲覧制限が掛かっていて、仮免探求者である私は正規の手段で読むことが叶いませんでしたが」


 正規の手段でって。


「もしかして忍び込んだのか?」

「はい。ロストシリーズ様々です」


 襟元を掴んで美鈴は口元を隠した。

 その様子は悪戯っ子のようで愛らしいが、やっていることは少々過激だ。


「そいつはありがたいけど、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。あなたと接触している時点で私はかなり危ない橋を渡っています。今更、魔導図書館への不法侵入、不法閲覧くらい、どうということはありません」

「そ、そうか」


 美鈴は俺が思うよりもずっと覚悟が完了している様子だった。

 これは俺も気合いを入れて人間に戻らないとな。


「ですので、人間に戻った際にはどうかこの事はご内密に」


 口元に人差し指が立てられる。


「あぁ、もちろんだ」


 貝のように口を噤むとしよう。


「それで調べてきた内容ですが」

「あぁ」


 美鈴は現役の魔法使いだ。

 魔法使いとしてネクロマンシーをどう読み解くのか。

 自身とは異なる視点から話してもらえるのは、かなりありがたい。

 精霊から告げられる情報と同じくらい、それは価値あるものだ。


「ネクロマンシーとは混迷期、つまり地球と異世界が繋がりを持った時期に、人類の存亡を掛けて編み出された秘術の一つだそうです」

「混迷期……」


 その時期、俺はまだコールドスリープで眠っていた。

 電力供給を断たれ、内部バッテリーを食い潰しながらも、まだ生きていた頃だ。


「おっと。この話をするには、まず混迷期の話をしなければいけませんね」

「頼む」


 この五十年間の歴史を俺は知らない。

 いま地上がどうなっているのかも定かじゃない状況だ。

 その混迷期とやらの話は聞いておかなくてはならない。

 人間に戻ったあとのことを考えて。


「そのころの人類は未知の存在である魔物の脅威に晒され、制空権と制海権を喪失していました。島国である日本は輸入路と輸出路が断絶し、多くの犠牲者と資源不足による餓死者を出したようです」


 海と空を魔物に占領されて国ごと兵糧攻めにあったのか。


「魔法というものが解き明かされ、兵器利用されはじめたのもこの頃です。銃も弾薬も数が圧倒的に足りず、必然的に魔法に頼ることになったそうです」

「まぁ、そうなるよな。アメリカじゃあるまいし」


 日本は個人で拳銃を所持できるような国じゃない。

 数自体も少ないし、弾薬にいたってもそうだ。

 輸入路が消えている以上、いつかは尽きる。

 魔法が銃に取って変わるのも時間の問題だったのだろう。


「その魔法の開発段階で生み出されたのがネクロマンシーという魔法です」

「……ちょっと待ってくれ」


 自分でも嫌悪したくなるような考えが脳裏に過ぎる。


「まさか……」

「そのまさかです」


 美鈴は肯定した。


「戦場で命を落とした兵士、飢餓で亡くなった市民、討ち果たした魔物、それらの死体を死霊魔術によって再利用し、人類はなんとか必要最低限の生活圏を死守することに成功しました」

「……」


 死者を冒涜し、尊厳を奪い、傀儡に貶める。

 それが俺が求めていたネクロマンシーという魔法。

 どうやら俺は平和ボケしていたらしい。

 数々の死闘を演じても、心根ではどこか呆けていた。

 思い至るべきだったのだ。

 死霊魔術という存在が、どういった経緯で生み出されたのかを。


「混迷期を抜けて安定期に入ると、ネクロマンシーは禁忌とされました。再利用された方々は手厚く埋葬され、ネクロマンサーとして戦った人々は自らどこかへと姿を消しました。現在では一人も存在していません」

「……そうか」


 美鈴から聞かされたことは、正直に言って悪い意味で衝撃的だった。

 ネクロマンシーに手を出していいものか。

 そう一瞬、自らの目的を見失うほどに。


「……音無さんは五十年前の人間です」


 そんな俺の様子を見てか、美鈴は口を開く。


「五十年前の価値観を持ち、平和だった頃を知っています。ですから、この話は音無さんにとってとても受け入れがたい話でしょう」

「あぁ……まぁな」


 まだ動揺しているのが自分でもわかる。


「ですが、こうしていなければ人類は確実に滅んでいました」

「……」

「決して肯定している訳ではありませんが、必要な悪だったと思います」


 必要悪。

 だが、悪が悪であることを忘れてはならない。


「それに、です」


 美鈴は続ける。


「ネクロマンシーによって救われた命も多々あったそうです」

「救われた?」

「はい。ネクロマンシーによる肉体再現によって、致命傷を負った人々が何人も救われたと書かれていました」


 魔力によって肉体を再現して負傷を上書きする。

 そうすれば命ある限り、魔力が尽きるまで、傷を癒やすことが叶う。

 死を操れるのなら、死を遠ざけることもできる。


「ネクロマンシーは悪ですが、悪だけの魔法ではありません」


 悪だけじゃない。


「音無さん。あなたは過酷な運命の中で必死に理想を貫こうと抗い続けています。人を殺さず、人を救い、殺意を向けられてもそれを許した。望んだ未来を掴むために。そんなあなただからこそ」


 美鈴は真っ直ぐに俺を見た。


「救われたっていいはずです」


 心が僅かに軽くなる。

 沈んでいた気分が、すこしだけ上を向いた。

 美鈴がそう言ってくれたお陰で、救われた気分になれた。


「ありがとう、美鈴」

「いえ、すこしでも音無さんに恩返しが出来たなら私も嬉しいです」


 まだ折り合いを付けられた訳じゃない。

 この事実とは向き合っていかなくてはならない。

 いつか潜在魔力が目標に届くその日までに納得のいく答えを出そう。

 それがいまの俺に出来る精一杯だ。


「よし。続きをやるぞ」

「はい、やって行きましょう!」


 気持ちを新たに俺たちは魔法の訓練に励んだ。

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