炎風の劫火
「ギュル、ギュルッ」
額の宝石が輝いて閃光が放たれる。
予備動作から放たれるまでのラグを利用し、回避行動に移る。
ヒポグリフの脚力で地面を蹴り、最高速で射程外へと離脱した。
しかし、閃光はそれをはるかに上回る速度で結晶盾を経由する。
ジグザクに反射を繰り返し、瞬く間に追い上げてきた。
「――くっ」
やはりある程度は反射を操っている。
本能からくる計算か。
経験に基づく直感か。
どちらにせよ、結晶盾の角度調整によって閃光は俺を追尾してくる。
光のような速さだと錯覚しそうな速度で。
だが、そんなはずはない。
あれは魔力の変換によって生じた疑似的な光だ。
目で追いきれるものではないが光速には程遠い。
「ならっ」
跳躍と同時に両翼を羽ばたかせる。
それは決して飛び立つためのものではない。
前方に向かって羽ばたき、脚力で得た勢いを殺すためだ。
トップスピードからの急停止。
同時に地に足を付けて切り返す。
足の爪先をカーバンクルへと向けた。
「ギュルッ」
結晶盾を操作しているのはカーバンクルだ。
そのカーバンクルの不意を突けば閃光を振り切れる。
「これなら――」
白銀刀を浅葱色に染め、全身をヒポグリフ・フェザーに変換。
その鋒をカーバンクルに向けて駆け抜ける。
カーバンクルにとって俺の行動は予想外だったはず。
奇襲は判断の遅れとなり、手元を狂わせる。
このまま最高速で駆け抜ければ、その喉元にまで攻め入れる。
そう確信して地面を踏みしめた。
「――」
しかし、俺は失念していた。
カーバンクルが放った閃光の行く先を操れることを。
それは閃光の速度を目や感覚で追えていて、精密な魔力の操作ができているということ。
奇襲とは言え、ヒポグリフの最高速とはいえ。
この程度の速度はカーバンクルの脅威たり得ない。
「ギュル、ギュル、ギュルッ」
反応する。対応する。
突き進む俺の視界は一瞬にして浅葱色に染め上げられた。
進路先を結晶壁で遮断された。
突き破れるか?
風刃ではダメだった。
だが風の魔力を込めたこの一突きなら。
判断の猶予は一瞬。
意を決し、風の魔力と共に浅葱刀を突き放つ。
「傷……一つ……」
一突きは暴風を伴い結晶壁とぶつかった。
風の魔力が炸裂し、零距離で猛威を振るう。
けれど、それでも結晶壁には傷一つ付かない。
トロールを斬り崩した一撃が、こうもたやすく防がれるなんて。
「くそッ!」
呆けている暇はない。
すぐさま地面を蹴って後退する。
閃光がすでに近くまで迫っているからだ。
「――ぐぅ」
しかし回避も空しく、結晶壁から反射した閃光が身を貫く。
ヒポグリフ・フェザーを貫いて本体である骨の身体を削り取る。
細い骨の身体はなかなか捕らえきれるものではない。
だから今のところ助かっている。
これが生身だったなら、すでに致命傷を二度も受けていた。
「ギュル、ギュルッ」
カーバンクルの額にある宝石が再び輝いて閃光を放つ。
息つく暇もなく回避に専念させられた。
逃げ回るばかりで反撃の機会を失うばかり。
戦況は悪いものへと転がっていく。
それをどうにか打開しようと思考は巡りに巡る。
「――そうか。角度を」
結晶盾の角度。
カーバンクルはそれによって反射を操っている。
つまり、近くに展開された結晶盾の角度を見て軌道を予測すれば。
「――躱せるっ!」
ない頭で必死に考えた予測は的中する。
閃光にはルートがあり、それを担う結晶盾が僅かに動く。
それを事前に知っていれば閃光はギリギリ躱すことができる。
「でも」
躱すだけではダメだ。
結局、攻撃が出来なければ意味がない。
「ギュル、ギュルッ」
カーバンクルは立て続けに閃光を放つ。
それは二つ、三つと増え、いくつもの閃光が結晶盾を乱反射する。
「野郎っ」
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、だ。
俺が閃光を躱すようになって手数を増やしてきた。
まるで雨霰のごとく、閃光が降り注いでくる。
周囲の逆巻く蔦を盾にして直撃を避けてはいるが、これも限界に近い。
「なにか、なにか方法は」
躱すことは出来そうにない。
防ぐ方法を考えなければ。
だが、魔氷でも閃光は防げなかった。
絶氷は発動までに多少の時間が掛かる。
それはこの最中では致命的な隙になってしまう。
残された手段は。
「――魔法」
ふと浮かび上がる、一つの解。
ほかに縋れるものもなく、考えている余裕もない。
閃光は今にもこの身を撃ち抜こうとしているのだから。
「包囲、構築、展開、始動」
現れるは四方を囲む、光の線。
見よう見まねの防御魔法。
「四方結界」
迫り上がるのは光の壁。
魔法は正しく顕現し、外界から俺を隔離する。
そうして張られた結界は、閃光のすべてをはね除けてみせた。
「ははっ、美鈴に感謝しないとな」
美鈴に魔法の基礎を教えてもらわなかったら、閃光を防ぐ術がなかった。
光の壁は閃光を完全に遮断できている。
「ギュルッ、ギュルッ」
カーバンクルは躍起になって閃光を放ち続ける。
けれど、いくら放ったところで結界は破れない。
この防御魔法の光という性質が、閃光に対する耐性を有しているからだ。
自然の光が、人工の光に勝てるはずがない。
これで万全の防御を敷ける。
問題は結晶を潜り抜けてどうカーバンクルを攻めるかだ。
「ギュルッ、ギュルッ、ギュルッ」
無駄だとわかっていながら、カーバンクルはそれでも閃光を放ち続ける。
数多の閃光が乱反射し、流れ星のように夜光石の空を埋め尽くす。
もはやそこに計算などなく、ただがむしゃらに閃光を放っているだけだ。
もともと繁殖期で気が荒いことも一つの要因なんだろう。
だからこそ。
「――ギュッ!?」
カーバンクルが放った閃光が己自身を穿つ。
「やっぱり、完全には制御できてないんだな」
闇雲に閃光を放ったツケが回ってきた。
反射の行く先を計算しきることが出来ず、自身に跳ね返っている。
それも一つや二つじゃない。
いくつもの閃光がカーバンクルへと跳ね返り、ついにはその片腕が千切れ飛ぶ。
「――あれをッ!」
四方結界を解除。
同時に閃光が身を貫いて骨を削り、激痛が走る。
けれど、それでも両翼を羽ばたいて飛翔した。
宙を舞うカーバンクルの片腕を掴むために。
「取った!」
即座に骨と混淆し、左腕が透明な魔力へと変異する。
カーバンクルの特性の一部を得た。
「これでッ!」
即座に周囲に魔力の結晶を生成。
周囲に展開し、迫りくる閃光を跳ね返す。
反射の計算は魂に流れ込んだ情報が教えてくれていた。
「これでもう、なにも怖くない」
迫りくる閃光はすべて結晶で反射できる。
角度を制御すれば直接、カーバンクルへと跳ね返せる。
「さぁ、撃ち合いだ」
数多の閃光が俺たちの間を行き交った。
反射に次ぐ反射が夥しい回数を重ねて互いに牙を剥く。
だが、傷付くのはカーバンクルだけだ。
こちらには防御魔法がある。
反射の応酬であれば、こちらに負ける要素はない。
「ギュルッ、ギュル、ギュウゥゥゥゥウウウウゥゥウウルッ!」
そんな状況下で、カーバンクルが閃光を放ち続ける訳もなく。
カーバンクルは次なる一手を打った。
魔力の結晶化。
それを展開するのではなく、身に纏う形で顕現させる。
幾つもの色で組み上げられた、極彩色の宝石。
全属性への耐性を有する宝石鎧を身に纏い、カーバンクルは駆ける。
「往生際の悪い奴めっ!」
跳び上がったカーバンクルは四方結界を引き裂いた。
閃光に対しての耐性はあっても、結晶化した鋭爪には耐えられない。
俺は直ぐさま四方結界を解除し、両翼で虚空を掻いて地上へと逃れる。
地に足を付け、同時に降り立ったカーバンクルと対峙した。
「……頃合いだな」
睨み合いの最中に、そう決心する。
カーバンクルは恐らく、もう閃光を打ってはこない。
無意味に魔力を消耗するだけだと学習しているはずだからだ。
なら、次に取る行動は結晶化した鋭爪での肉弾戦。
俺はここに最後の一手をぶつける。
「ギュウゥゥゥウウウゥゥウウウウウルッ」
咆吼を放ち、カーバンクルは駆ける。
迫りくる宝石の魔獣に対して、こちらは二種の魔力を刀に流す。
刃の表裏に水と氷を。
刀身に渦巻く二種の魔力は混淆し、混ざり合って放たれる。
「絶氷」
氷を纏う海の大蛇。
氷蛇は地表を凍てつかせながら蛇行をして牙を剥く。
宝石鎧を纏うカーバンクルと真正面から激突した。
「ギュウウゥゥゥウウゥウウッ!」
カーバンクルの鎧が二種の魔力によって砕け散る。
次々に色を失い、あらゆる耐性を失っていく。
だが青と白の結晶だけは剥がれない。
水と氷に対する耐性が氷蛇の牙を阻んでいる。
「まだ……足りないかっ」
氷蛇に魔力を送り続けても突破できる気がしない。
カーバンクルの属性に対する耐性が高すぎる。
まだ足りない。
あとすこし至らない。
なら。
「あとっ、二つっ!」
左腕をサラマンダー・シェルに変換。
炎の魔力で二振り目の刀を構築する。
その鋒をカーバンクルへと向け、その表裏に炎と風を映す。
刀身に渦巻く二種の魔力は互いを高め合って猛り狂う。
「――複合特性、劫火を会得しました」
放たれた劫火は混淆した生前を象って馳せる。
蜥蜴の骨格に鷲の二翼。
空を翔けて虚空を焦がすその様はあたかも火龍。
その炎の牙はカーバンクルを背後から襲い、食らい付く。
「ギュッルッ!」
氷蛇と火龍。
一つの標的を襲う二つは二重螺旋を描いて天へと昇る。
劫火が身を焼き、絶氷が生命を凍てつかせる。
四種の魔力を同時に喰らい、宝石鎧のすべては砕け散る。
そうして天の果て、夜光石の鉱脈に行き着いた二つはその役目をまっとうした。
炎と氷が消え去り、解放されたカーバンクルが地に落ちる。
その時、すでにカーバンクルの命は停止して灰と化していた。
目の前に横たわっているのは身体だけだ。
「これで……ようやく……」
魔力を大量に消耗したことで身体が酷く重い。
骨の身体じゃないみたいだ。
それでもカーバンクルの死体に近づき、失った片腕の患部から骨に触れる。
そうして俺はカーバンクルの骨格のすべてと混淆した。
「う、ぐぅ……」
兆候が現れ、変異に伴う苦痛が生じた。
骨格が変貌し、翼や尾もより屈強なものとなる。
煌めくような宝石の魔力が全身を駆け巡り変異は完了した。
「――カーバンクル・スケルトンに変異しました」
俺は新たな力を手に入れた。




