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反魂のネクロ ~スケルトンになった少年、魔物の遺骨を取り込んで最弱から最強へと成り上がる~  作者: 手羽先すずめ


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紅葉の森林

 戦士の試練を乗り越え、エルフの戦士と認められた。

 そのことを喜んでいると、ふと視界の端に伸びたエルフが映る。

 この試練で最後に相手をしたエルフだ。


「大丈夫か?」


 近づいて手を伸ばす。


「あ、あぁ。ありがとう」


 彼は俺の手をとって立ち上がった。

 目立った怪我はないようで意識もはっきりしている。

 同胞殺しにならずに済んだようだ。


「スケルトンよ」


 戦士長に呼ばれる。


「そなたはこれでエルフの戦士。同時に、上位戦士への挑戦権を得た」

「はい」


 それを乗り越えれば次はいよいよカーバンクルへの挑戦だ。


「しかし、そなたは五十人組手を終えたばかり。このまま続けて試練を受けるか否かを決めるがよい」


 休息を挟むか否か。

 生身の肉体なら一息入れることも大事だ。

 だが、この骨の身体は疲れを知らない。

 五十人組手で減った魔力も許容の範囲内。

 せいぜい、試練の森で変換した食料の魔力分程度だ。

 三日ほど戦闘から離れていたお陰か、気力もまだまだ残っている。


「このまま受けます」

「うむ、その意気や良し。では、シンシア」

「はい。案内します」


 そう言ってシンシアは戦士長に会釈をし、訓練場をあとにする。

 俺も戦士長に同じようにし、シンシアのあとを追った。


「おめでとう、と言っておこう」


 追いつくと、そんな祝いの言葉がもらえた。


「ありがとう」


 素直に嬉しい。


「次の試練のことだが」

「あぁ、どんな内容なんだ? それとも決まってない?」

「いや、決まっているさ」


 シンシアの足が止まる。

 通路の手すりに手を置き、遠い地上を指さした。


「あそこだけ色が違うのが見えるか?」

「んー……あぁ、ホントだ。赤いな」


 真っ赤という訳ではないが、鮮やかな色をしている。

 まるで紅葉のような赤に森の一部が染まっていた。


「あの赤の森が舞台だ」

「……なにが棲んでるんだ?」


 試練の舞台だと聞かされると、途端に不気味に思えてくる。


「トロール」

「……聞いたことがある名前だな」


 たしか外見的にはオーガに似ていたはず。


「トロールは醜悪な見た目をした魔物だ。屈強な巨躯を有しているが知能は低い。動くものならなんでも口にするほどだ。魔物でも、エルフでもな」


 そう言いながら、シンシアは止めていた足を動かした。

 俺もそれに付いていく。


「そして戦闘能力が高い。その剛力は勿論、優れた再生能力を有している」

「怪我の治りが早いのか」


 取り逃がしたら厄介そうな相手だな。


「そんなものではない。トロールの再生能力は切断された腕さえ繋ぎ合わせる」

「……そいつは厄介だな」


 そこまで再生能力が高いなら生半可な攻撃はまず通用しない。

 色々と戦い方を考えておかないとな。

 ダメージにはならないが、トロールの行動阻害にはなるはずだ。


「ゆえにトロールを討伐できた者は上位戦士として認められる」

「シンシアも倒したのか?」

「あぁ、まだ未熟だったとはいえ当時は苦戦を強いられた。まぁ、虫退治より苦ではなかったがな」

「はっはー。だろうな」


 寄生虫の群れよりトロールを一体相手にするほうが気分的に楽ではある。

 戦士として強敵に挑むことに慣れていても、生理的嫌悪はどうにもならない。

 数多の虫に這い上がられたらと思うとぞっとする。

 本当に、心に鳥肌が立つようだ。


「ここを降りれば森はすぐだ」


 俺たちは昇降機に乗り込み、また地上へと降りる。

 降りた先には厳重な警備が敷かれていた。

 赤の森を取り囲むように頑強な防護柵が組み上げられている。

 それはトロールたちを閉じ込めるための檻のようにも見えた。


「――という訳だ。今からこの者が赤の森に入る」

「承知しました」


 警備の者にシンシアが話を通し、赤の森への道が開かれた。


「ここから先はそなた一人だ。討伐した証としてトロールの首を落としてきてもらう」

「生首か。わかった」


 それを持ち帰ることができれば、晴れて上位戦士だ。


「あぁ、あともう一つ」

「ん?」

「この試練はエルフになるためのものでも、エルフが戦士になるためのものでもない。戦士が更に高みを目指すものだ」

「……つまり?」

「これからはエルフとしてではなく戦士として戦えということだ」

「あぁ、そういうことか」


 俺は最初の試練を受けてから、ここではエルフの振る舞いを心掛けていた。

 大樹に登るのに昇降機を使い、目的地に向かうのに足を使い、五十人組手でも翼を使わなかった。

 けれど、そのことを考えなくてもいいとシンシアは言ってくれたのだ。

 俺が俺らしく戦えるように。


「ありがとう。行ってくる」


 防護柵に設けられた出入り口から赤の森に足を踏み入れる。

 そうするとすぐに出入り口が閉ざされた。

 これが再び開くとき俺は上位戦士になっているはずだ。


「よし」


 振り向くこともなく、真っ直ぐ前を向いて森の奥地へと足を踏み入れた。


「こうしてみると綺麗なところだな」


 森の中から見た景色は思いの外、悪くない。

 紅葉狩りをしているようで鮮やかな赤に目を引かれる。

 ここがダンジョンでもなければゆっくり景色を眺められていたけれど。

 観光気分に浸れたのは、ほんの僅かな間だけだった。


「グウゥゥウウウウウウッ」


 不気味な叫び声が轟いて、大地に振動が走る。

 視線は紅葉から声がしたほうへと向かい、そして見つける。

 討伐対象であるトロールを。


「まるっきり巨人だな」


 岩のような肌に五メートル以上ある身長。

 体つきは屈強そのものであり、片手には丸太のような棍棒が握られている。

 どうやら丸太を武器として用いる程度の知能はあるらしい。


「グウゥゥゥウウウウウゥゥウウウウウッ」


 トロールは動くものならなんでも喰う。

 それはスケルトンも例外ではないようだ。

 俺を目視したトロールはその巨体を揺らしてこちらに向かってきている。


「骨の髄までってか」


 まぁ、本命は俺の潜在魔力のほうだろうが。


「ウゥゥウウゥウウウウッ!」


 力の限りに棍棒が振り下ろされる。

 それに対して回避行動を取り、真後ろへと後退する。

 落ちた棍棒はそのまま地面を叩き、柔らかい地面が壊れて舞い上がる。

 まともに受ければぺしゃんこになりそうだ。


「今度はこっちの番」


 浅葱刀に魔力を込め、虚空を引き裂いて風刃を放つ。

 それはいくつにも拡散してトロールを襲い、その体表を斬り裂いていく。

 だが、そのどれもが浅い掠り傷のようなもので終わった。

 岩のような肌は、本当に岩のように硬いらしい。

 そして、その掠り傷は瞬く間に再生して傷跡一つ残らない。


「面倒臭い奴っ」


 悪態をつくと、それを聞いて怒ったのか。

 トロールは棍棒の先を地面に付け、大きく振るう。

 それは地面を削り、石や土などと言ったものが散弾のごとく飛び散った。


「野郎っ」


 その場で羽ばたいて緊急回避。

 上空へと逃れ、攻撃の範囲外へと離脱する。


「グウゥウウゥウウウウウウッ!」


 空に逃げた俺を撃ち落とそうとトロールは岩やら何やらを投げてくる。

 俺はそれをすべて回避しながら、トロールへの有効打を模索した。

 厄介なのは外皮の硬さと再生能力の高さだ。

 あの巨体に剛力だ、恐らく魔氷も効果が薄いだろう。

 絶氷で勝負を決めにいくか?

 だが、あれは制御があまり出来ない。

 下手をすればこの周辺の木々を枯らしてしまう恐れがある。

 いつもならあまり気にしないが、ここはエルフの土地だ。

 無闇に自然を破壊するのは憚られる。

 そうなれば。


「よし、決めた」


 投擲される岩を躱して地上に降りた。

 地に足をつけ、同時に浅葱刀を構える。

 矢のように刀身を引き絞り、鋒をトロールへと向けた。


「グウゥゥウウゥウウウウウウッ!」


 そんな俺へとトロールは馬鹿正直に突っ込んできた。

 棍棒を振り上げ、叩き潰さんと肉薄する。

 しかし、それでも慌てない。

 心の平静を保ち、集中し、魔力を刀身に込める。

 そして、地面を蹴った。

 加速。

 空気の壁すら打ち破り、真っ直ぐに駆ける。

 瞬きのような一瞬を経て間合いは埋まった。

 ここはすでに懐の中。

 間合いの奥深く。

 トロールの意識の網をすり抜けて、いまこの位置に立つ。


「一点突破だ」


 突き放つ一刀は風を纏い、鋭い鋒が岩の肌を貫いた。

 刀身のすべてが埋まり、解放するのは風の刃。

 トロールの体内から炸裂する風刃が触れる物すべてを引き裂いて散る。


「グゥ……ウゥゥアアアアァアアッ!」


 内部から斬り崩されたトロールは肉体ごと命を散らした。

 いくつかの肉塊と化し、高い位置にあった頭部がごとりと落ちる。


「骨はもらって行くからな」


 地面に転がった生首にそう言って骨を吸収していく。

 すべて混淆しても変異はしなかったが、消費した以上の魔力を補充できた。


「さて、帰るか」


 生首の頭髪を掴んで持ち上げ、そのまま帰路につく。

 すこしばかり歩いてから、ふと後ろが気になって振り返る。

 すると死体に何体かのトロールが群がっているのが見えた。

 奴らは明らかに肉塊になったトロールを喰っている。


「……共食いもするのか」


 この生首も標的になるかも知れない。

 すでに試練を終えたのに、またトロールと戦うことになるのは勘弁だ。

 ここは追いつかれないよう空路を行くことにしよう。


「よっと」


 背負った両翼で羽ばたいて舞い上がる。

 枝葉の天井を突き抜けて飛翔し、防護壁すら飛び越える。

 出入り口を用いることなく、俺は赤の森から脱出した。

 そうしてシンシアたちの前へと降り立つ。


「魔物の能力を得ているとは聞いていたが……これほど早いとはな」


 シンシアは目を丸くしていた。


「まぁな。ほら、これが証拠だ」


 トロールの生首を突き出す。


「あぁ、たしかにトロールのものだ。しかと受け取った」


 シンシアは生首を受け取り、そのまま近くのエルフに渡した。


「そなたは今から上位戦士だ。このシンシアが証人となろう」

「じゃあ、これで」

「あぁ。そなたはカーバンクルに挑む資格を得た」


 ようやく、これでカーバンクルに挑める。


「なら、早速行こう!」

「落ち着け。カーバンクルの元に向かうには準備がいる。そう焦るな」

「そ、そうなのか? なら、しようがないな」


 これからすぐにという訳にはいかないらしい。


「まずは市場に行って準備を整える。行くぞ」

「あ、あぁ。って市場? 市場があるのか」

「当たり前だ」


 たしかに市場くらいあるか。

 集落だもんな、ここ。

 大樹の上にあるというだけで。

 そう納得して、俺たちはまた昇降機に乗った。

 そうしてシンシアの案内で通路を渡り、市場へと向かう。


「ここが市場だ」


 そこは様々なエルフたちが行き交う活気ある場所だった。

 魔物の解体を見世物にしてそのまま肉を売る店や、木の実や果実を取り扱う店。

 美しい装飾品や衣服で客引きをする店もある。

 連なる露店から見られる商品の数々は、どれも興味深いものばかりだった。


「すごいな」


 色んな物に目を引かれてしまう。


「――ほう、あなた様が長老様の言っていた」

「すっごーい、ホントにスケルトンだ!」

「魔物なのに意思疎通ができて試練を乗り越えたってさ」

「そんなことがありえるのか!? そりゃすごい」


 市場に入ると周囲のエルフたちに噂された。

 けれど、それはどれも穏便なもので不快感はない。

 これも長老のお陰、ということなのだろうか。

 どことなく、気を遣われているように思える。

 このくらいなら市場を普通に楽しめそうだ。


「――お、お前はっ!?」

「まさか、こんなところにっ!」


 そう思ったのも束の間、辺りを静まり返らせるような大声が響く。

 そちらに目を向けてみれば、エルフではない人物がいた。

 その装備はエルフのものではなく、人間のもの。

 彼らは探求者。

 いま現在、俺と敵対関係にある人物たちだった。

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