戦士の試練
試練の森を出た俺たちは昇降機に乗って大樹へと登った。
「たしか次の試練で戦士になるんだったか」
昇降機から景色を眺めながら、ふと思う。
「どんな内容なんだ?」
また二日三日と時間がかかるものだろうか。
「さてな、その時々によって変わる」
「変わる?」
「試練の内容を決めるのは戦士長殿だからな」
「そういうことか」
シェフの気まぐれランチみたいな。
そんな気軽に試練内容を決められたくはないけれど。
「シンシアも戦士の試練を受けたのか?」
「あぁ。私のときは大樹様に寄生した虫どもの討伐だったな。あの時のことは忘れもしない」
シンシアはどこか遠い目をしていた。
「そいつはまた……」
きっと色々とあったのだろうな。
深くは聞かないでおこう。
「戦士になったら、次はなんだ?」
「上位戦士になるための試練を受けてもらう。そして、その次が」
「カーバンクル」
「その通りだ」
あとすこし。
もうすこしでカーバンクルに挑むことができる。
そう認められる。
「ついたか」
丁度よく昇降機が止まり、木造通路に足を降ろす。
三日ぶりに立つ大樹の枝の上。
こうして改めて周囲を眺めて見ると所見とは違った思いが浮かんでくる。
と、言っても最初は剣を突きつけられての連行だった。
景色を眺めている余裕なんてなかったんだが。
「まるで小人になった気分だな」
見渡す限りに非現実的な大きさの枝葉が見える。
自分が小さくなってしまったのではと錯覚してしまう。
「どうした?」
すこし先でシンシアが振り返る。
足を止めていた俺に気がついたみたいだ。
「なんでも」
そう軽く返事をして止めていた足を動かした。
「――わっ、またホネだっ!」
「今度は捕まってないホネだ!」
「ホネェェェエエ!」
戦士長の元を目指して通路を歩いていると騒がしい声がした。
俺たちは通路の途中で小さなエルフの子供たちと遭遇する。
よほど俺の姿が不思議なようで子供たちは異様に興奮していた。
「ねぇねぇ、どうしてホネなの?」
「ねぇ、どうやって動いてるの?」
「あー、えーっとだな」
非常に扱い方に困る。
子供は嫌いじゃないし、むしろ好きなほうだけど。
彼らの疑問に対する答えを噛み砕いて説明できる自信がない。
俺は子供たちに囲まれながら助けを求めるようにシンシアをみた。
すると、シンシアはやれやれと言った風に息を吐く。
「私たちにはまだ用がある。すまないが、いまは遊んでやれないんだ」
「えー」
子供たちからブーイングが起こる。
「ほら、特別に菓子をやろう。秘密だぞ」
「やったー!」
ブーイングが歓喜に変わった。
「買収……」
「人聞きの悪いことを言うな」
口が滑ったようだ。
「ばいばーい」
子供たちは手を振って去って行った。
それに手を振り返し、嵐が過ぎていったことに安堵する。
「そなたも子供には敵わぬか」
「まったくだ」
無邪気で、無垢で、遠慮がなくて、常に全力だ。
その元気は見習いたいものがある。
決して子供のように振る舞いたい訳ではないが。
「さぁ、次の嵐がくる前に先を急ごう」
「あぁ、そうだな。こっちだ」
シンシアの案内に従って通路を歩く。
相変わらず、道行くエルフに驚かれるが慣れたものだ。
中には詳しい事情を聞いてくる者もいたが、シンシアが軽くあしらっていた。
そうして俺たちは目的地に到着する。
「ここは?」
枝の上に設けられた足場の広い空間。
そこで何人ものエルフが武装し、訓練を行っている。
あれらのすべてがエルフの戦士に見えた。
「訓練場だ。ここに戦士長殿がいる」
そう言いつつ、シンシアは視線をそちらへと送る。
それに俺も習うと視界の中心にそれらしい人物を捉えた。
一際目立つ装飾をした鎧を身に纏う、背が高くて屈強な体つきをした男のエルフ。
十中八九、彼が戦士長の立場にあるエルフだろう。
貫禄が違う。
「戦士長殿」
そちらへと向かい、シンシアが声を掛ける。
「ぬ? おぉ、シンシアか。それと、そこにいるのが……」
戦士長の視線がこちらを射抜く。
「件のスケルトンか」
「はい。今し方、試練を乗り越え、立派なエルフとなりました」
「左様か」
どうやら俺のことは伝わっているらしい。
試練の三日間で情報の共有が行われていたようだ。
「カーバンクルの討伐が目標であったな。であれば、ここへ来たのは」
「はい。この者に戦士の試練をと」
「ふむ……」
思案するように戦士長は目を伏せる。
それは俺という存在を受け入れるためのものか。
試練内容を考えているのか。
ともかくそれは数秒で終わる。
「よかろう。我が同胞となった者には等しく試練を受ける権利がある。ただ何分、急な話だ。思いつく試練の内容と言えば……」
ちらりと戦士長はこの空間で訓練に励んでいるエルフたちに視線を向けた。
「皆の者、聞けい!」
大声が響き渡り、戦士たちの手が止まる。
それぞれがすぐに姿勢を正し、視線をこちらへと向けた。
「ここにいる者が以前に話をしたスケルトンだ。試練を乗り越え、エルフとなった。ゆえに、これよりこの者に戦士の試練を受けさせる」
戦士長の言葉を聞いて、エルフたちに動揺が走る。
普通とは少し違うだけのスケルトンが自分たちの同胞となった。
そして戦士の試練を受けようとしている。
それがどれだけ異様で異質な出来事なのか、想像に難くない。
しかし。
「これは長老様のご意志でもある」
その一言によって動揺は掻き消えた。
この光景を見て実感する。
彼らエルフにとって長老が、どれだけ大きな存在なのかを。
「試練には皆の者にも協力してもらう。その内容は」
内容は。
「五十人組手である!」
そう戦士長は告げた。
五十人組手。
五十対一の連続組手。
それがこのたびの戦士の試練になる。
「正確には五十二人ではあるがな。わっはっはっ」
戦士長は一人で笑っていた。
「なにか異論はあるか?」
「いえ、ありません」
五十人を相手にするのは骨が折れるが許容範囲内だ。
虫の群れを退治するよりはるかにマシである。
それに今回はそれほど時間が掛からない。
時間を掛けずに戦士になれるなら、それに越したことはない。
「では、早速はじめるとしよう。皆の者、位置に付け」
その指示に従い、エルフたちは配置につく。
俺を訓練場の中心に据え、その周りを取り囲むようにエルフたちが並ぶ。
彼らのすべてが戦士とだけあって、その身体つきは屈強だ。
その包囲には独特の威圧感がある。
「これよりそなたには五十二人の相手を一人で行ってもらう。相手に一撃でも与えればその者は離脱する。投入の間隔は五秒ごと。魔法の使用も許可しよう」
手早く倒していかないと、どんどん戦況が不利になっていくってことか。
「断っておくが、我々エルフは同胞殺しをもっとも忌み嫌う。もし一人でも手に掛ければ、その時は」
「わかってます」
そんな気は最初からない。
「よかろう。だが、こうも言っておく。この俺が育てた戦士たちだ。それほど柔ではない、とな」
必要以上に縮こまるな。
戦士長はそう言っていると、俺は受け取った。
「では、これより戦士の試練を開始する!」
その宣言のもと、正面のエルフが駆けだした。
得物は剣と盾。
それに対して、こちらは白銀刀を握る。
刃を潰して切れ味をなくしたものだ。
そうして武装し、こちらからも接近する。
互いに間合いに踏み込み合い、刃を交えた。
「――」
数度ほど、その場で打ち合う。
戦士長が言っていた通り、戦士の練度が高い。
かつて戦った探求者の朽金に勝るとも劣らない。
「五秒経過!」
戦士の強さを確かめていると、あっという間に五秒が過ぎる。
様子見はこのくらいで止めておこう。
右手に力を込めて白銀刀を振るい、彼の剣を弾き上げる。
同時にその無防備な胴へと蹴りを放った。
蹴飛ばされた彼はそのまま組手から離脱する。
さぁ、次だ。
「――これで五十」
飛来する魔法弾を躱し、迫りくるエルフの戦士と剣を交える。
無駄に打ち合っている暇はない。
こうしている間にも、別角度にいる最後のエルフから魔法を撃たれる。
「これで」
直ぐさま浅葱刀に魔力を流し、吹き荒れる暴風を起こす。
風に煽られた戦士が体勢を崩したところへ、握り締めた拳で殴りつけた。
「五十一っ」
同時に、暴風を纏う刀身を最後の一人へと向ける。
対抗するように彼は魔法弾を放ったがもう遅い。
暴風は竜巻と化し、魔法弾を絡め取るとそのままエルフを飲み込んだ。
巻き上げて放り出し、最後の戦士は訓練場に叩き付けられる。
「五十二!」
これで五十人組手が終了した。
「見事! 状況判断、対応力、腕っ節の強さ。どれをとっても申し分なし!」
浅葱刀を魔力に戻して、戦士長へと向き直る。
「そなたをエルフの戦士として認めよう!」
「よっし!」
また一つ、試練を乗り越えた。
これで俺はエルフの戦士となる。
カーバンクルに挑めるようになるまで、あとすこしだ。




