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反魂のネクロ ~スケルトンになった少年、魔物の遺骨を取り込んで最弱から最強へと成り上がる~  作者: 手羽先すずめ


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森人の狩猟


 不気味な装飾をくぐり抜けて、俺たちは試練の森に足を踏み入れた。

 ほかよりも鬱蒼とした草木が俺たちの侵入を拒絶しているように映る。

 去れと言われている気分がした。


「この試練の本質は、一人のエルフとして立派に生きていけることの証明にある」


 シンシアはそう言いながら立ち止まって振り返る。


「ゆえに、この一日は私の指示に従って行動してもらう。エルフとしての振る舞いをそなたに教え、残りの二日間をエルフとして自力で過ごすのだ。異論はあるか?」

「いいや。それで試練を乗り越えられるなら喜んで」

「よし。なら、はじめに狩りを行う」


 そう言ってシンシアの視線が明後日のほうを向く。

 つられてそちらを見やると、遠くに雄々しい二本の角を生やした魔物を発見する。

 それは鹿のような姿をしていて、狩りをするなら打って付けの相手だった。


「ちょうどいい。あれをそなたに狩ってもらおう」

「あぁ、わかった。でも、ただ狩ればいいって訳じゃないんだろ?」


 ヒポグリフ・フェザーの脚力を持ってすれば狩るのはたやすい。

 だが、それではダメだということを俺はすでに知っている。


「もちろんだ。そなたから感じる魔力は強大だ。いくらでもやりようがあるだろう。だが、これはあくまでも試練。エルフとして獲物を狩らねばならない」


 シンシアは次に視線を上へと向ける。


「ついて来てくれ。静かにな」


 音もなくしなやかにシンシアは木の上に跳び乗った。

 俺もそれを真似るように木の幹を駆け上り、枝の上に立つ。

 そこから更に枝から枝へと飛び移る。

 獲物に気取られないようにすこしずつ近づいた。


「この辺りが限界だな」


 獲物から遠からず近からずの距離にある木の枝の上。

 シンシアが言うにはこの位置が、あの魔物の索敵範囲外ギリギリだという。


「なるべく静かに、そして速やかに獲物を仕留めることが肝要だ。できるか?」

「やってみよう」


 静かで速やかなら、やはり弓矢が一番だろう。

 セリアの魔力を元に弓を造り、矢をつがえる。

 狙いを獲物である魔物につけて解き放つ。

 放たれた矢は風を切って馳せ、一直線に目標へと向かう。

 その照準に狂いは生じず、一撃で急所を撃ち抜いた。

 魔物は断末魔の叫びを上げて力なく崩れ落ちた。


「見事だ」


 その一連の動作を見て、シンシアは確認するように言う。

 この試練における第一歩を無事に踏み出せたようだ。


「まぁ、このくらいはな」


 幸いなことに骨の身体からは音がしない。

 息を潜めて好機を窺う狩りには向いているほうだ。


「さて、こいつだが」


 木の上から降りて、仕留めた魔物を掴み上げる。

 首を射抜いたので患部からかなり血が出ていた。

 むせ返るような濃い血の臭いがする。


「近くに川がある。そこでその魔物を解体する」

「解体……解体か」


 そんな経験はしたことがないな。

 考えてもみなかった。


「どうかしたか?」

「いや、なんでもない」


 出血がある程度、治まるまで待ってから川へと向かう。

 それからシンシアの指示に従い、魔物をぶら下げることになった。

 魔物の後ろ脚を蔦でくくり、川の近くに生えた木々にぶら下げる。

 このとき首からの出血はほぼ無くなっていた。


「まず下腹部から刃を浅く入れて縦に裂く。このとき内臓を傷つけないようにな」

「傷つけたらどうなる?」


 ゴブリンの特性、魔力の武器化。

 それで手頃なナイフを造る。


「その周辺の肉が食えたものじゃなくなる」

「そりゃ大変だ」


 シンシアの指示に従い、腹を開いて内臓を取り出す作業に入る。

 この空間は終始、満月の夜のようなものなので近くに火を浮遊させておく。


「……」


 腸や膀胱といった慎重を要する部分を丁寧に切断し、残りを掻き出すようにする。

 そうすれば腹部に詰まっていたものがごっそりと無くなり、続いて肺と心臓を取り除いていく。

 魔物狩りでグロテスクな光景は見慣れているつもりだが。

 こうしてマジマジと腹の中を見るのは精神的にキツいものがあった。

 けれど、この感情は人間として当然の反応で、自身がまだ人間性を失っていない証拠でもある。

 嬉しいやら苦しいやら、いろんな感情が胸中で錯綜していた。


「……ふー、こうしてみると内臓の割合って多いんだな」


 内臓がごっそりとなくなった魔物の身体は、それ以前よりもかなり細く見える。

 体重の三分の一くらいは占めていそうだ。


「次は皮を剥ぐ。後ろ足からだ。後でなめしやすいよう、丁寧にな」

「皮を……丁寧に……」


 ナイフを入れてわかるのは、肉と皮の間に膜があることだ。

 皮と膜の間にナイフを入れて剥いでいく。

 この時、ナイフを氷の魔力で造ると剥ぎやすいことに気がついた。

 脂肪や体液が冷気で固まり、刃が入れやすくなる。


「これでどうだ?」


 皮を剥ぎ終えてから、それを広げてみる。

 後の足首から頭の鼻先まで綺麗に剥ぐことができた。

 衣服にでも、絨毯にでも、布団にも出来そうだ。


「上出来だ。皮をはぎ終えたら次に肉を切り出す。部位ごとにな」

「部位ってこの辺とか?」

「あぁ、そうだ。そこから刃を入れて筋に沿って切ればいい」


 シンシアの的確な指示により、解体作業はスムーズに終わる。

 解体した肉はかなりの量があった。

 肩ごと切り離した前脚なんかは、さながら一振りの斧のようですらある。


「ふー、すごいな」


 敷物のように大きな葉っぱの上に解体した肉が並ぶ。

 その光景たるや壮観の一言だ。


「こんなことを八つの子供が?」

「本来ならもっと小物を狙う。そなたは特別だ」

「なるほど」


 狙う獲物が大きすぎたのか。

 たしかに考えてみればそうだな。


「内臓は穴を深く掘って埋めておく。浅いと魔物が掘り返すからな」

「わかった」


 言われた通りに深い穴を掘って内臓を埋めた。

 これで解体は完全に終了する。


「次は肉を焼くが……喰えるのか?」

「まぁ、喰うだけなら」


 口の中に入れた途端に魔力に変換されるが味はする。

 食事はまだ楽しめる。


「そうか。なら次に火を起こす。そのためには薪と、火口になる枯れ草が必要だ」

「薪と枯れた草ね」


 川辺をなぞるように歩いて薪と草を探す。

 薪は意外とすぐに見つかり、枯れ草も近くに生えていた。


「手頃な石を並べて簡単な竈を造る。形は好きにしていい」

「じゃあ、ちょっと大きめに造ろうかな」


 川辺の土が剥き出しになっているところで竈を造る。

 一つ一つ石を並べて重ね、その中心に枯れ草と薪を設置した。


「点火」


 浮遊させておいた火を一つ使い、竈に火を灯す。

 明るい自然の炎は辺りを照らすように燃え盛った。


「ふいー、やっと一息だな」


 地べたにあぐらを掻いて、先を尖らせた木の枝に肉を突き刺す。

 これを焼けば串焼きの完成だ。

 そう言えば串焼きなんてワイルドなものは食べたことがなかったな。

 記憶にあるのは病院食ばかりだ。


「これをそなたに渡しておこう」

「ん? おっと」


 投げ渡されたのは小さな袋だ。

 開けてみると更々とした白い粉が入っている。

 いや、粉というよりこれは。


「塩?」

「岩塩から造ったものだ」

「それはありがたい」


 早速、肉に振りかけて味付けをする。

 それの串を地面に突き刺し、炎へと傾けた。

 これで食事の準備も完了だ。


「これだけでいったい何時間かかった?」

「五時間から六時間と言ったところだな」

「生身ならバテてたな」


 言葉を話す気力もないだろう。

 というか、とてもここまでたどり着けない。

 途中で意識を失っていた。


「大変だな。エルフになるのって」


 初めての経験ばかりだ。


「というか、エルフって肉を食うのか?」


 すこし前から疑問に思っていたことを聞く。


「なにを言っている? 当たり前だろう」


 当たり前なのか。


「肉を食わねば力は付かん。立派な戦士にもなれない」

「んー、まぁそうなんだけど」

「なんだ? はっきり言えばいい」

「……正直に言えばイメージが違う、かな」

「イメージ?」


 シンシアが不思議そうな顔をした。


「これは人間の勝手な想像だけどさ。エルフって言うのは菜食主義者で自然を愛し、殺生を嫌って血や肉に抵抗を示すものだって認識が主流なんだよ」

「ふむ……」


 それを聞いたシンシアが思考を巡らせるように目を伏せる。

 そして、その目が今度は俺のほうへと向く。


「我々エルフは歩く木々だ」


 歩く木々。


「自然に産まれ、自然に生かされ、自然に帰る。当然、自然を愛している。だが、狩りや肉食に対しての嫌悪や抵抗はない。それが当たり前のことだからだ」

「当たり前……」

「木々とて肉を食う。この森にも食獣植物が存在しているし、死亡した魔物が土に帰ればその栄養を根が吸い上げる。歩く木々であるエルフが狩りをして肉を喰らうことは当然のことだ」

「なるほど」


 そういう考え方もあるのか。

 これで長老の部屋に置かれていた装飾品の理由がわかった。

 エルフは昔から狩猟民族で、だからこそ魔物に関係したものが多かったんだ。

 実際に会ってみると抱いていたイメージとはかけ離れているものなんだな。

 決してこれは悪い意味じゃあないが。


「おっと、もういい感じだな」


 話し込んでいる間に肉が焼けた。

 串を地面から二つ引き抜いて片方をシンシアへと差し出す。


「ほら」

「あぁ、ありがとう」


 串焼きを渡し、俺たちは食事にありつく。

 豪快に肉を頬張り、口の中で肉の味が弾ける。

 味付けは塩だけなのに、とても美味しい。

 味だけでも感じられることに感謝するほどだ。


「これを食べ終えたら次に移る」

「あぁ、引き続きよろしく頼む」


 俺たちは束の間の休息を楽しんだ。

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