試練の森林
「えーっと、どういう意味……でしょうか? それは」
俺自身がエルフになること。
文面だけを見れば意味不明だ。
文面以外を見ても到底、理解できないけど。
「そうですね。この意味を理解してもらうには、まずエルフの風習を知ってもらわなくてはいけませんね」
エルフの風習か。
積み重ねてきた文化と歴史から生じた習わし。
当たり前だが、エルフにもそういうものがある。
「私たちエルフは生まれてから八つになるまでは精霊様の子として扱われているのです」
「精霊の子……」
たしか日本にもそれらしい風習があったような気がする。
人は七つになるまでは神の子である、というようなもの。
非常に酷似しているが、これは特に不自然なことじゃない。
日本の神話と他国の神話が示し合わせたように酷似している、なんてよくある話だ。
世界を越えても、そういうことはありえるだろう。
入院中に暇を持て余して何気なく調べていたことが意外なところで役に立ったな。
人生、なにが役に立つかわかったものじゃない。
まぁ、俺の人生は一度、終わってしまっているんだけれど。
「その子がエルフとして認められるには試練を受けなければなりません。それを乗り越えてこそ、立派なエルフだと認められるのです」
「……つまり、その試練を乗り越えれば俺もエルフと見做される、ということですか?」
「えぇ、そういうことになります。すこし無理矢理ではありますが、あなたが精霊様の代弁者である事実を考えれば、その程度の無理は通るでしょう」
無理矢理にでもエルフとして扱える、か。
まぁ、どう繕っても元人間のスケルトンだしな。
けれど、試練を乗り越えればカーバンクルと戦うことができるらしい。
名誉エルフと言ったところかな。
「わかりました。その試練、是非受けさせてください」
「いいでしょう。シンシア」
「はい」
「彼を導いて差し上げなさい」
「承知しました」
シンシアの態度は素直なものだった。
先ほどまであれほど疑っていたのに、だ。
それだけ長老の言葉には力があるということか。
「では、私たちはこれにて失礼します」
シンシアは深く頭を下げて、こちらに振り返る。
「試練の説明をする。ついて来てくれ」
その口調と態度は、すこしだけ軟化していた。
「あぁ」
そう返事をしつつ、視線を御簾へと向ける。
長老の姿は結局、拝めなかったな。
そんなことを思いつつ軽く会釈をしてからその場を後にした。
「そなたたちは警邏に戻れ。レクラ、そなたが指揮を執るように」
「承知しました。それでは」
あっと言う間にエルフたちはいなくなる。
本来の持ち場へと帰って行く。
残ったのは俺とシンシアだけだ。
「まずは先ほどの非礼を詫びよう。すまなかった」
シンシアは俺に向き直ると、そう頭を下げた。
「まぁ……それが仕事なんだ。別になんとも思ってない」
「そうか」
言葉を短く切り、頭が上がる。
その表情に申し訳なさはもうない。
切り替えがとても早かった。
「こっちだ」
先にすこし進んだシンシアは、こちらを振り向く。
「試練の森へ向かいながら試練の説明をする」
「あぁ、頼んだ」
俺も彼女のあとを追うように歩き出した。
「試練の内容は単純なものだ。詳細は後に説明するが、大まかに言えば試練の森に三日ほど滞在すればいい」
「森で三日間のサバイバル……たったそれだけ?」
「たったそれだけのことだが、八つの子には大きな壁になる」
「あぁ、なるほど」
俺が今から受ける試練は本当なら八つになる子供が受けるもの。
子供でも成功できる難易度に設定されている。
八つの子供が親元を離れて暗い森で一人ぼっち。
こう考えるとぞっとするし、むしろ難しく思えるな。
だからこその試練なんだろうけど。
「最初の一日は私も同行する。試練に挑む者の力量をはかるためだ。同行者が力不足と見做せば試練は二日目を待たずして中断となる」
「……無闇に子供を犠牲にしないためか」
一日目の様子を見て続行か中断かを決める。
残りの二日間、問題なく生き残れそうなら続行。
そうでなければ中断して次の機会を待たせる。
ある意味、一日目が試練の本番と言ってもいいな。
「まぁ、そなたには関係のない話だろうがな」
「無関係であることを祈るよ」
そうでなくては困る。
「この試練を越えればカーバンクルと戦えるのか?」
「いや、エルフになるだけではまだ不十分だ。そこから戦士になる必要がある」
「……その言い方だと戦士の先もありそうだな」
「察しがいいな、その通りだ」
「楽しそうだな。やることがたくさんあって」
先は長そうだ。
「まぁ、郷に入っては郷に従えだ。正式に認められるまで頑張るよ」
ぱぱっと終わらせて、ささっと進めて、カーバンクルに挑もう。
「そう言えば俺以外に試練を受けるエルフはいるのか?」
「いや。通常、この時期に試練が行われることはない。今は修練の時期なのでな。みな研鑽を積んでいる真っ最中だ」
「そっか」
試練は常に一人っきりになりそうだな。
いや、シンシアは側にいてくれるのか。
「そなたは」
「ん?」
「そなたはなぜカーバンクルを討伐しようと?」
やはりそこが気になるみたいだ。
試練を越えてエルフになり、そこから更にいくつかの試練を越える。
こんな回りくどいことをしてまでカーバンクルを討伐しようとする理由はなにか。
それを問いたくなるのはしようのないことだろう。
「カーバンクルを倒して、その能力をいただくため」
「能力を?」
「スケルトンにはそう言う特性があるんだ。新鮮な骨を吸収してほかの魔物の能力を得るっていうな」
「……そなたが通常のスケルトンと違う理由がそれか」
「そういうこと」
この姿だってそうだ。
これまで討伐してきたすべての魔物の結晶。
いずれも俺がここまで生き残るのに力を貸してくれている。
「ならば、そなたが直々に戦わなくともいい訳だな」
「え?」
「我々エルフがカーバンクルを狩り、その骨をそなたに渡せばいい」
そうシンシアに言われて、はっとした。
「……その発想はなかったな」
たしかにそれなら楽ができる。
労せずカーバンクルの特性が手に入る。
「そなたはスケルトンとはいえ精霊様の代弁者、重要人物だ。長老様のお墨付きもある。それならと戦士のうちの何人かは手を貸してくれることだろう」
「んー……」
思考を巡らせてみる。
そうして結論を出す。
「いい案だけど、遠慮しとくよ」
「なぜだ? 労せず目的を達せられるのだぞ」
「俺自身がカーバンクルを倒すことに意味があるんだよ」
俺の攻撃手段は、そのほとんどが糧となった魔物を真似たものだ。
魂に流れ込んだ情報と、彼らとの戦闘経験から特性の扱い方を習っている。
そうすることであらゆる特性を攻撃として昇華できているのだ。
俺にとって魔物と戦うことは学ぶことに等しい。
その過程を経ることなく遺骨を吸収しても、俺は恐らく特性を十全に扱えない。
それが後々に響いてくることもあるやも知れない。
楽をすることが、逆に遠回りになってしまう可能性は十分にありえる話だ。
だから、シンシアの提案は嬉しいが遠慮させてもらう。
「雛鳥みたく口を開けて待ってるだけじゃ強くなれない」
「ほう……」
先を歩いていたシンシアが立ち止まってこちらに振り返る。
「そういうことならば何も言うまい。試練を受けてもらおう」
「望むところだ」
そう返事をして先へと進む。
通路を歩いて行き着くのは、先ほどとはまた別の昇降機。
それで地上へと降り立てば試練の森はもう目と鼻の先にある。
「ここがそうか……」
森の入り口には物々しい装飾が点在していた。
不安を煽るようなデザインで趣味が悪い。
これも試練の一環なのか?
「先にも言ったが、一日目は私も同行する。この間に試練の詳細を説明しよう。と言っても、注意事項のようなものだがな」
「あぁ、わかった。じゃあ、早いところ始めようぜ」
まずは簡単な試練からこなして行こう。
いくつかの試練を越えてカーバンクルに挑む。
これはその初めの一歩だ。




