御簾の長老
エルフたちに連行されることしばらく。
俺の視界に一本の木が見えてきた。
ほかの木々よりも背の高い樹木。
いや、よくよく見てみればはるか遠くに聳えているように見える。
対象が大きすぎて遠近感が狂っているんだ。
あれは天を貫くように聳え立つ、巨大な大樹だった。
「こいつはまた……」
あまりにも巨大すぎて全長の予想も付かない。
枝葉の末端ですら大木のように太く見えるほどだ。
いったい何千年、何万年ほど樹齢を重ねれば、このような大樹に育つのだろう。
重ねられた歳月にめまいがしそうになった。
これもダンジョンの生成時に巻き込まれたのか。
たったの五十年では樹木はここまで大きくなれないはずだ。
「よく見ると……家が……」
よくよく目をこらしてみると、その大樹にはいくつもの人工物があった。
まるでクリスマスツリーの絢爛な飾りだ。
木造の通路が迷路のように走り、その先々にログハウスが点在している。
エルフはあの大樹を住処としているようだった。
「でも、どうやって……」
地上からあの大樹に登るのだろうか。
まさか階段なんて言わないはずだ。
あれを人力で登るなんて正気の沙汰じゃない。
もしそうなったらエルフを何人か抱えて飛ぼう。
そうしよう。
「……ん? あれは」
連行されることしばく。
見上げた空が大樹から伸びる枝葉によって覆い尽くされた頃。
行く先に一軒のログハウスが現れる。
その隣には木製の檻のようなものも見えた。
天から伸びた蔦のようなものが檻全体に巻き付いている。
「あれって、もしかして昇降機か?」
「あぁ、そうだ。わかったら黙って歩け」
怒られてしまった。
けれど、そうか。
あれがエレベーターになるのか。
「お疲れ様です」
ログハウスの前で焚き火に当たっていたエルフが立ち上がる。
見張り役。門番と言ったところか。
番をしているのは門ではなく昇降機ではあるが。
門番の彼は俺へと視線を移し、怪訝そうな顔をした。
「……それは?」
「理由はあとで説明する。私たちを大樹様へ」
「承知しました。では、昇降機へ」
俺たち一同は昇降機へと乗り込む。
「妙な気は起こすなよ」
その中心に俺は立ち、エルフたちに四方から首元に剣を当てられる。
上へと昇る間に俺が暴れるのを危惧しているらしい。
そんな気は元からない。
それより昇降機の揺れで首が刎ねられないかのほうが心配だ。
まぁ、エルフも本気で攻撃してこない限りは、ピポグリフ・フェザーが刃を阻むだろうけれども。
「では、上へとお送りします」
そう言って門番のエルフが蔦に触れる。
そうして魔力を流し込んだ途端、蔦が伸縮して昇降機が持ち上がる。
昇る速度はそれなりであり、みるみるうちに地上が遠くなった。
周囲の景色に目を向けてみれば、すでに緑の絨毯が広がっている。
木々の全長を越えた高度にあっても、まだ大樹にはつかない。
この上昇が止まるのは、この数分ほどあとのことだった。
「ついたか」
昇降機の上昇が止まり、大樹に到着する。
大樹に降り立ってみると、その足場の頑強さに関心する。
地面を歩くのと変わらないほどの安定感だ。
風に揺れることもなく、歩くことで軋むこともない。
この様子なら葉っぱの上に乗っても大丈夫そうだ。
「おい。先に行って長老様に報告を」
「承知しました」
シンシアがエルフの一人にそう命じた。
伝令役となった彼は急ぎ足で大樹の幹のほうへと駆けていく。
「私たちも向かうぞ」
大樹の枝に乗っても連行は続く。
大量の木材で舗装された木造の通路を歩き、長老様とやらのもとに向かう。
その道中のこと。
「うわっ、なんだあれ」
「スケルトン、か? なんでまた」
「ねーねー、ホネが捕まってる-!」
「ホネホネ-!」
わかってはいたが奇異の目に晒された。
特に実害はないが、いい気分はしない。
はやく長老様のところへ行きたいものだ。
俺はすこしだけ歩幅を大きくした。
「――この先に長老様がいる」
通路を渡り終えた先、大樹の幹にて。
ここには大きな虚が空いているようだった。
その虚に扉を設置し、一つの部屋として利用しているらしい。
趣があって長老が住む場所としてはぴったりなように思えた。
「すこしでも不審な動きをすれば」
「わかってる。その時は串刺しにでもなんでもしてくれ」
「なら、いい」
そう言ってシンシアは目の前の扉を拳でかるく叩いた。
「警邏隊隊長シンシア。長老様にお目通りを」
「話は聞いています。どうぞ、お入りなさい」
「失礼します」
扉が開かれて、その先へと足を踏み入れる。
一番に目に入ったのは、民族的な装飾の数々だった。
何らかの魔物の獣皮で造られた絨毯。
大きな角で造られた角杯。
羽根をあしらった不気味な仮面。
精巧な造りをしている木彫りのオブジェ。
意外なことに魔物の一部を扱ったものが多い。
エルフという種族がもつ文化の一端に触れたような気がした。
「それで、あれが」
この空間の最奥には御簾が掛けられている。
恐らく、その向こう側にエルフの長老がいるのだろう。
「長老様」
シンシアがそう呼びかけて膝をつこうとする。
しかし。
「そのままで構いません」
それは長老の言葉で制された。
「承知しました」
折り曲げた膝を伸ばし、シンシアは姿勢を正した。
「あなたが件のスケルトンですね」
とても穏やかな声音がする。
聞いていて安心する声だった。
「自我を失わず、意思疎通が行え、精霊様のお声を聞くことができる。なるほど、たしかにあなたなら、それが叶うでしょう」
エルフの長老はあっさりとそう判断した。
「長老様っ!? それはいったい」
シンシアが驚く。
俺に剣を向けているエルフたちもだ。
「精霊様のお声は魂に響くもの。この世に生を受けている以上、世界の音に掻き消されて精霊様のお声を聞くことは叶いません。ですが、そこのあなたは違う」
俺はこの世からすでにいなくなった存在だから、か。
「あなたは静けさに満ちている。その無防備とも言える魂には、精霊様のお声がよく響くことでしょう」
「……では、長老様」
「えぇ。彼を解放して差し上げなさい」
シンシアがこちらに振り返る。
そうしてほかのエルフたちに目配せをした。
すると俺を縛っていた縄が解かれ、向けられた剣も降ろされる。
「いいん……ですか?」
あまりにもあっさりと解放されて戸惑う。
本当にこれでいいのかと、こちらが心配になるほどだ。
「私たちエルフは精霊様を崇拝しています。そのお声、お言葉の代弁者は精霊様に次ぐ重要な存在です。そんなあなたを縄にかけることなど、あってはならないこと。ゆえの解放です」
「そう……ですか」
それがたとえ魔物であっても、か。
その辺のところは文化や価値観の違いだな。
精霊を神とあがめ、その代弁者を重要視する。
その理屈はわかる。
けれど、それで素直に納得して俺を解放してしまう思考回路はよくわからない。
無宗教だった俺には特に。
「しかし、困りましたね」
長老は呟く。
「あなたの目的がカーバンクルの討伐だということは聞いています。ですが、エルフでない者がカーバンクルと戦うことは許されません」
「それは、どうしてですか?」
「カーバンクルはエルフが一人前の戦士となるために乗り越えるべき試練とされているからです。これは太古の昔から掟とされていて、破ることは何者であっても許されません」
「なるほど……」
エルフにもエルフの掟がある。
それを無視してカーバンクルと戦うのは困難だな。
この森林の地形に疎い俺がエルフを出し抜けるとは思えない。
「なんとかなりませんか?」
抜け道のような何かがあったりしないだろうか。
「……一つだけ方法があります」
あるのか。
「その方法とはいったい?」
「それは……」
長老は告げる。
「あなた自身がエルフになることです」
たやすくは理解が追いつかない言葉を。




