魔法の基礎
ネクロマンシー。
死霊魔術によって人間として復活する。
それを話したのはセリアを含む人魚たちだけ。
なのに、美鈴は言い当てた。
「……どうしてそれを?」
「――やはり、そうなのですね」
美鈴は驚きつつも納得している様子だった。
「私の師匠がそう言っていたのです。スケルトンが人として暮らすには、ほかに方法はないと」
「……そうか」
人として暮らすことが望む未来だ。
朽金に言ったその言葉が美鈴かその師匠に伝わっていた。
そこからネクロマンシーという答えにまでたどり着いたらしい。
探求者には明るくないが師匠と呼ばれるだけはあって凄い人のようだ。
「あなたはネクロマンサーに会おうとしているのですか? それとも自身がネクロマンサーになろうと?」
「後者のほうだ。ネクロマンサーになろうとしてる」
それにしてもネクロマンサーに会うか。
そっちの選択肢は思いつかなかったな。
というか、ダンジョンを出れば意外とあっさり会えるのでは?
「なぁ、ネクロマンサーの知り合いっていたりするのか?」
「いえ、残念ながら。それにネクロマンシーは禁忌とされていて、ネクロマンサー自体が街に一人もいません」
「そうか。まぁ、そうだよな」
ネクロマンシーは禁忌とされてる。
たしかに死霊魔術の性質上、死者を冒涜していると取られてもしようがない。
誰だって死後になってまで呼び起こされたくはないだろう。
人に戻れたらネクロマンサーだってことは隠さないとな。
「でも、どうやってネクロマンサーになろうと?」
「あぁ、そいつは話すと長くなるんだけど」
俺は美鈴にこれまでの経緯を話した。
五十年の眠りから覚めたこと。
真実を司る精霊のこと。
ネクロマンシーを扱うには潜在魔力が足りないこと。
ほかの魔物の骨と混淆することで潜在魔力の上限値を底上げしていること。
話は案の定、長くなったので途中からは倒木に腰掛けながらになる。
その際、オーガから溢れ出た魔力の塊を捕食して実演して見せたりもした。
「なるほど……五十年、ですか」
話を聞き終わった美鈴は視線を伏して思考を巡らせていた。
「まさか私よりはるかに年上の方だとは」
「実年齢だけな。心も体もまだ十代のそれだよ。骨密度だって高いんだ」
七十近くのお爺ちゃんじゃない。
「でも、たしかに……骨格を除いたほぼすべての肉体の再現となると、かなりの魔力を必要としますね。そしてすでに何度か変異を繰り返した現状のあなたでもまだ足りていない」
「みたいだな」
今日ちょうど美鈴と会うまえに精霊へと尋ねたところだ。
これで潜在魔力は足りたのか? と。
答えは否だった。
まぁ死者蘇生がそんなに簡単に行えるとも思ってはいなかったけれど。
「心臓とか、脳みそとか、内臓とか、とくに魔力を使いそうな部分がごっそりなくなってるからな。まぁ、これは素人の憶測だけど」
「私にネクロマンシーの心得はありませんが、恐らくはそれは正解です。通常の魔法でも複雑なものはより多くの魔力を消費しますから」
「やっぱりそういうものなのか」
複雑なものは造るのが難しい。
そんな当たり前のことが、魔法というあり得ない力にも当てはまるみたいだ。
まぁ、こんな姿をした俺があり得ないなんて言えた立場ではないが。
「……と、言うことは」
「ん?」
「もしかして魔法の知識は……」
「……ゼロ、だな」
ネクロマンサー以前の問題だった。
「いや、そのうち精霊から教えてもらおうとは思ってたんだけどな」
なにぶん、目まぐるしい生活を送っていたもので。
「精霊……ですか」
ふと美鈴は周囲を見渡した。
精霊を探すように。
「本当にいるのですか?」
「あぁ、姿は見えないけど声は聞こえるんだ」
「ふむ」
美鈴は訝しげに小首を傾げた。
「じゃあ、試してみよう。精霊、一足す一は?」
「――二です」
精霊はそう答える。
「聞こえた?」
「……いえ。あなたの声以外はなにも」
「俺にしか聞こえないのか……」
過去を振り返ってみても精霊の声に反応した者はいなかったな。
人魚たちも、朽金たちも、無反応だった。
どうして俺にだけ声が聞こえるのだろうか。
「とにかく、そういうことなら私に任せてください」
「なにを?」
「魔法の習得です。ネクロマンシーは無理でも、魔法の基礎くらいなら教えられます。声だけの解説よりも、実演を交えたほうが理解がしやすいかと」
「そいつは……願ってもない話だけど」
実際、そのほうが助かる。
精霊を教科書とするなら美鈴は先生だ。
魔法を実演して見せてくれるというのなら、こんなにありがたい話はない。
けれど。
「探求者として、それは許されることなのか?」
魔物を倒すことが探求者の仕事だ。
それだけではないにしろ、役目の一つではある。
今までは事実確認という形で探求者の役目とも言えなくはなかった。
けれど、魔法の習得を手伝うとなると探求者の枠組みから大きく外れることになる。
美鈴は、それでいいのか?
「許されるか許されないかは今後次第と言ったところでしょうか」
「今後?」
「探求者の第一使命は人々を守ることです。魔物を倒すのも危険を排除するためで、無害な魔物を理由なく手に掛けることもありません」
人を守ること。
「あなたが人間に戻れるなら、その手助けは危険の排除に繋がります。けれど、もし人間に戻れず自我を消失したならば、私の行いは許されるものではなくなるでしょう」
「そういうことか……」
一刻も早い危険の排除。
その方法として朽金たちは討伐を選んだ。
美鈴はその逆で俺を人間に戻すことを選んだ。
この判断を探求者組合がどう評価するかは、さておくとして。
どちらも探求者として為すべきことを為そうとしている。
美鈴の中ではもう折り合いが付いているのだろう。
「なら、頼む」
「はい、任せてください」
美鈴の判断を正しいものにするためにも頑張ろう。
まず魔法の基礎を習い、死霊魔術への足がかりとする。
「――繰り返しになりますが、魔法は魔力の変換です。内なる魔力によって大気中の魔力に干渉し、思い描く通りの現象をこの世界に投影して変換する。それが魔法なのです」
「わかっちゃ……いるけどさ」
理屈で理解しても感覚がついていかない。
変異で得た特性を扱うのとは、また別の技術を要求される。
魔力を精密に操作し、狂いのない造形を整え、適切な出力で放つ。
これがとても難しい。
けれど、美鈴のわかりやすい解説と実演のお陰でなんとかコツが掴めてきた。
「……」
意識を魔力の流れに集中させる。
「固定、構築」
詠唱は魔法の安定化を担う補助。
唱えることにより魔力の乱れが抑えられる。
「展開、始動」
内なる魔力を放出して大気中の魔力に干渉。
思い描く魔法の形を現実世界に投影。
魔力を魔法に変換する。
「二天城壁」
迫り上がるのは光の壁。
俺と美鈴を隔てるように、それは現れる。
「お見事です。筋がいいですね」
ぱちぱちと拍手をしてくれた。
「それが詠唱を用いた魔法です。無詠唱でも魔法は発動しますが、威力や耐久が半減しますので気をつけてください」
「必要に応じて使い分けるってことだな」
戦闘中なら詠唱をしている暇はあまりない。
咄嗟に使用しなければならない場合もある。
戦闘に用いるなら無詠唱が基本になりそうだな。
「と、言っても無詠唱の魔法を使うのは私のような魔法剣士くらいのものですが」
「そうなのか?」
光の壁を消す。
「はい。魔法剣士は近接がメインなので、素早く魔法を発動しなければなりませんから」
「なるほどな」
魔物と近距離で斬り合っている中で悠長に詠唱なんてしていられないか。
威力が半減しても素早く魔法を発動させることのほうが重要だ。
その点から言えば、後方で高威力の魔法を放つ魔法使いとは真逆だな。
「――っと、もうこんな時間」
魔法の基礎を学び終えたタイミングで美鈴は時計を確認した。
すでにかなりの時間が経っていたらしく、表情にすこし焦りが見えた。
「申し訳ありません。私はそろそろ」
「あぁ、いろいろと助かった。ありがとう」
「どういたしまして――あぁ、そうでした」
何かを思い出したように美鈴は懐に手をやった。
「これを」
取り出したなにかを手渡される。
「これは?」
いくつかの紐で編まれたミサンガのようなもの。
よく見てみると、紐の一本が薄紫色になっている。
ほかの紐は白色をしているのに、この一本だけ違う。
「魔道具と言って、一種の通信機のようなものです」
「通信機!? これが?」
アクセサリーにしか見えないが。
魔法が使われているのか。
「その魔道具には私の魔力がもつ周波数を記憶させています。対象が共にダンジョンにいれば、これ一つで短時間ですが通話が可能になります」
「そりゃ凄いな」
魔法を使った道具か。
五十年前の知識しかない俺からするととんでもない代物だ。
まるでオーパーツを手にしているみたいだ。
「あなたの魔力もこの魔道具に」
「あぁ」
美鈴から渡された魔道具に魔力を流す。
すると、一本の白い紐が瞬く間に虹色に染まった。
記憶した魔力によって白い紐が別の色に染まるらしい。
俺の魔力はあらゆる魔物を統合したものだ。
だから、虹色になったのかも知れないな。
「それでは私はこれで」
「あぁ、気をつけてな」
「はい。さようなら」
美鈴はフードを深く被り、その姿を消した。
ロストシリーズ、だったか。
あれも俺からすればオーパーツだな。
「……この魔道具」
美鈴が去ってからすこししして、ふと思いつく。
魔力を記憶させれば、その相手と通話ができる。
なら。
「たしか、まだ」
左手に魔力を集中させる。
潜在魔力に微かに混じる人魚の魔力だ。
それを魔道具に流し込んで記憶させる。
そうして機動させた。
「――セリア?」
声を掛けてみる。
「ひゃわっ!?」
すると、とても驚いたような声が聞こえてきた。
「なっ、なななっ、なにっ、これっ!?」
「落ち着いてくれ、セリア。透だよ、透」
「と、透さん!?」
セリアはとても驚いていた。
まぁ、その場にいないはずの俺の声が聞こえればそうもなるか。
「ど、どうしたんですか? いったい。それに声だけが頭の中に」
「遠くの人と会話ができる道具を手に入れたんだ。だから、セリアの声が聞きたくなってさ」
「……そう、だったんですか。もう、驚きました!」
「ごめん、ごめん」
この魔道具の性質上どうしようもないが謝っておこう。
「でも、透さんの声が聞けて安心しました」
「俺もセリアの声が聞けてほっとしてる」
ここのところ色々あったからな。
セリアと最後にあったのが遠い昔みたいだ。
まぁ、それほど時間は経っていないだろうが。
「そちらは順調ですか? 人に戻れそうですか?」
「順調に一歩ずつ前に進めてるよ。まだ先は遠いけどな」
「そうですか。それはよかったです、とっても」
「はやく人に戻れるように頑張るよ」
「ここから応援してます。ずっと、待ってますから」
「あぁ、なるべく早く迎えにいくから」
「はい!」
それからセリアと色々な話をした。
その限りなく貴重な時間が癒やしとなって活力が沸いてくる。
だが、その至福の時にも終わりがくる。
制限時間が来て通話が終了し、ふたたびセリアに別れを告げる。
そうして俺は倒木から立ち上がった。
「よし、行くか」
両翼を広げて飛翔した。
次の獲物を求めて。
十万文字を突破しました。
応援してくださる皆さんのお陰です。
これからも頑張ります!




