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反魂のネクロ ~スケルトンになった少年、魔物の遺骨を取り込んで最弱から最強へと成り上がる~  作者: 手羽先すずめ


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人間の意思


「死霊魔術……ネクロマンシー」

「死者の魂を弄び、滅びた肉体を呼び起こす禁忌の魔術。魔法に携わる者なら誰もが知り、決して求めてはならないものだ」


 私も魔法を扱う者の端くれだ。

 死霊魔術を知らない訳ではない。

 魔法ではなく魔術とされているのも、ほかの魔法と区別するためだと言う。

 それほどまでに死霊魔術は忌み嫌われている。


「では、ネクロマンサーに接触する。もしくは自身がネクロマンサーになろうとしている、と?」

「あくまで私の推測だがね。骨だけのスケルトンが人間として暮らすには、それくらいしか私には思いつかない」


 たしかにその通りだ。

 骨だけの身体では人として暮らせない。

 肉体を持たなければ人として見做されない。


「でも可能……なんですか? ネクロマンシーによってスケルトンが人間になることなんて」

「不可能じゃない」


 師匠は否定をしなかった。

 可能性はあると言った。


「ネクロマンサーは死霊魔術によって死者を呼び起こす。人間や魔物の区別なくね。その用途は様々だが、なんにせよ死体に立ち上がってもらわなくちゃ困るわけだ。でも、そう都合良く保存状態のいい死体なんてない。そうだろ?」

「たしかに……腐敗していたり、欠損していたり、していると考えるのべきですね」


 肉体的な死因が原因で身体機能が働かない。

 死後の環境によって肉体が物理的に動かせない。

 そのような事態が起こるはず。


「なら、どうするか? 直すんだよ」

「直す? 肉体を修復するということですか?」

「あぁ。それは死霊魔術の行使とともに行われる。対象の生態情報をもとに魔力を血肉に変換することで生前の姿を再現するのさ」

「魔力を……肉体に……」


 異世界からもたらされた、地球にはなかったはずのエネルギー。

 魔力。

 魔法使いや私のような魔法剣士は、この魔力に干渉することで魔法を行使する。

 それは時に炎、時に水、時に風、時に土、時に雷となる。

 魔力はあらゆる性質に変換されている。

 なら、その変換先を血肉にすれば生前の再現が可能になるのではないか。

 肉体の修復が叶うのではないか。


「スケルトンはダンジョンで死んだ人間の骨だ。骨だけは本人のものに違いない。その骨から生態情報を引っこ抜けば肉体が再現されて人間として復活できる、かも知れない」


 あくまでも可能性の話だ。

 けれど、確率はゼロじゃない。


「でも……」


 ふと脳裏を過ぎる、一つの疑問。


「それが成功したとして……それを人と呼べるのでしょうか?」


 あまりにも自然の摂理から外れている。

 倫理的な面から見ても決して正しい形だとは言えない。

 とても歪だと言わざるを得ない。

 仮に肉体を再現できたとして、それは肉を纏うスケルトンではないのか。

 そう思えてならない。


「ふーむ、そいつは人の定義によるね」


 師匠はどっかりとイスの背もたれに身を預ける。


「人を人たらしめているものはなにか。肉体? 出生? 環境? 文化? 知恵? 祝福? 種族? 形状? 言葉? 記憶? 認識? 人格? 志? 夢? そいつは人によって千差万別さ。一概に言えるものじゃあない」

「……」


 なにを持って人であるか。

 そんなこと考えたこともなかったな。


「師匠は、どう思いますか?」

「私かい? そうさねぇ……」


 師匠はすこし思考を巡らせる。


「……人であろうとする意思かな」

「意思……」

「姿形はどんな風にだって繕える。問題は魂のほうさね。魂、心、精神が、人であろうと望んでいるか否か。私はそれが人の定義だと思っている」


 人であろうと望んでいるか否か。


「云十年前の映像作品によくあった話さ。自我を持ったアンドロイド――機械は人か否か。私はそれを見てこう思ったのさ。たとえ鋼鉄の身体でも、そこに人であろうとする意思があるなら、それはもう人なんじゃないか、ってね」


 映像作品。

 昔によく見せてもらった記憶がある。

 この地球が異世界と繋がりをもつ以前の作品たち。

 まだ幼かった私には理解が追いつかなかったけれど。

 それらの影響で師匠はその考えを持つにいたった。


「同じことが当てはまる気がするんだ、私は。身体は魔物でも魂は人間。しかもそのスケルトンは人であろうと必死に足掻いている。人を助けて、人を殺さないまま欲しいものを得ようとしている」


 彼は誰も殺さなかった。

 人の命を救いはしても奪うことはしなかった。

 それが自身の命を狙う刺客であっても。

 彼は人であろうとしている


「まるで子供が思い描く理想そのものじゃないか。聞く者が聞けば鼻で笑い飛ばすような滑稽な話さ。でも、だからこそ、報われてほしいと思わされる」


 師匠はワイングラスを片手に持って眺める。


「もしその理想を貫けたのなら私はそのスケルトンを人間と見做すよ。あくまでも私は、だがね」


 師匠はお酒を飲み干した。


「美鈴、あんたはどう思う?」

「私は……」


 魂が揺れ動いているのがわかる。

 私の中でなにかが変わった音がした。

 迷いが晴れたような気がする。


「私も、そう思います」


 やっと自分の気持ちに整理がついた。

 人であろうとする彼を私は魔物とは見做せない。

 探求者としても彼を討伐対象とは思えない。

 私は彼に恩返しがしたい。

 もう二度と仇では返さない。

 そうはっきりと私は自覚した。


「師匠、ありがとうございます」

「ん?」

「私がすべきことが見えました」


 そう言うと師匠はにやりと笑う。


「そうかい、頑張りな」

「はい!」


 そうして一夜が明ける。

 私は朝早くに起きて出発の準備をした。

 冷蔵庫には師匠の分の朝ご飯を。

 テーブルには書き置きを残して家を出る。


「よし」


 まだ人気のない静かな街をいく。

 目指すのはダンジョン。

 私はこれから彼に会いにいく。

 彼がどのような人物で、どんな目的で動いているのか。

 それを一度、彼の口から直接たしかめるために。

 そして、その後は。


「――あれ、美鈴?」


 不意に声を掛けられる。

 そちらを見れば学生服を身に纏う秋子さんがいた。


「どうしたの、こんなところで……そんな格好で」

「これは……」


 私の格好は学生服じゃない。

 ダンジョンに向かうための軽装だ。

 人気のない道を選んでいたのに鉢合わせてしまった。


「それにこのローブ……もしかしてロストシリーズじゃ」

「……」


 ロストシリーズは自身の気配や姿を消すための装備だ。

 中でもこのローブは一級品。

 高位の魔物が相手でも細心の注意を払えばしばらくは気づかれない。

 家の倉庫で埃を被っていた代物だ。


「……行くの? ダンジョンに」

「はい」

「なんのために」

「確かめたいことがあるんです」


 確かめなければならないことがある。


「わかってる? 許可なくダンジョンに立ち入ることは禁止されてる。バレたら退学よ」

「わかっています。それでも私は……行かなくてはいけません」


 秋子さんから目を逸らすことなく私は告げる。


「……そう、わかった」


 一言、秋子さんはそう言う。


「まぁ、ロストシリーズがあるなら大丈夫でしょ」

「秋子さん?」

「学園のことは私に任せなさい。うまく誤魔化しといてあげる」

「いいの……ですか?」

「あのスケルトンのことで行くんでしょ? 私にだって思うところはあるのよ。それに何を言ったって聞かないじゃない、美鈴は。付き合い長いんだから知ってるわ」

「秋子さん……ありがとうございます」


 私は秋子さんと別れ、今度こそダンジョンにたどり着く。

 この仄暗い入り口の先に彼がいる。

 私はローブを深く被り、細心の注意を払いながら侵入する。

 これで余程のことがない限り、魔物には見つからない。

 彼はいまどこにいるのだろう。

 見つかるのだろうか?

 たとえ見つからなくても何度だって挑戦する。

 見つけるまで私は止まらない。

 私はその決意を固めながら足を前へと進めていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間に戻ろうとする話なのに人間が絡むとつまらなくなる不思議。 人間側の思惑とかいらんちょっかいがなければ傑作になり得た。
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