紅蓮の刀身
サラマンダー・スケルトンに変異した。
骨の身体にも変化が生じ、赤く熱せられた亀裂のような模様が走っている。
今までにない変わりようにすこし驚いた。
「魔力を纏えば……」
放出された炎の魔力は生前を象り形をなした。
「――サラマンダー・シェルを会得しました」
赤熱の鱗で編まれた外殻。
苦戦を強いられた強固な守りを手に入れた。
炎の魔力は必殺の一撃になる。
この変異によって攻守を万全にすることが叶った。
「この感じなら行けるかもな」
いまの状態なら活動域を広げてもいいかも知れない。
これまではなるべく中位や高位の魔物に近づかないように行動していた。
当然、縄張りなんて通れないし、そのお陰で行けない場所もあった。
けれど、こうしてサラマンダーと混淆した今なら活動域を広げられる。
すくなくとも中位の魔物くらいなら十分に対処できるはず。
「今更、ゴブリンやらコボルトを狩っても足しにならないしな」
シーサーペントに変異した際は、歴戦個体の骨格を吸収して潜在魔力を上限値まで引き上げた。
だが、今回はそういう訳にもいかない。
サラマンダー・スケルトンとして潜在魔力の上限値に達するためにも。
中位の魔物の生息域へと足を踏み入れる時がきたみたいだ。
「よし、そうと決まれば行ってみるか」
両の足をコボルトのそれへと変える。
そうして中位の魔物の生息域を目指して駆けだした。
「たしか、この先……だよな」
目的地にたどり着いて足を止める。
目の前に広がるのはいつも迂回していた通路。
この先からは未知の領域だ。
シーサーペントやサラマンダーと同格の魔物が棲んでいる。
もちろん、同格と言ってもピンキリだ。
スケルトンとジャックフロストが共に低位の魔物であるように、一番強い魔物と一番弱い魔物とで大きな差がある。
中位の魔物のすべてがシーサーペントやサラマンダー並に強いという訳ではない。
だが、それでも念には念を入れるべきだろう。
「慎重にいこう」
戦闘に関して万全を期すため、全身の骨をサラマンダーで統一する。
強固な守りと苛烈な攻め。
その二つを両立させ、更に警戒を重ねながら、生息域に踏み込んだ。
「どことなく雰囲気が違うな」
しばらく足を進めると、そんな思いが口からこぼれる。
気を張っているせいか、空気が張り詰めているように感じられた。
危険だな。
雰囲気に呑まれ掛けている。
足取りもいつもより重い。
「すー……はー……」
肺などないが、深呼吸の真似をして気分を落ち着かせた。
「大丈夫、大丈夫だ」
そう自分に言い聞かせながら通路を歩いて行く。
そうして恐る恐る進んだ先で魔物の気配を感じ取った。
「あいつは……」
岩場の影から様子を窺うと、見上げるほどの巨体が見えた。
通路のど真ん中に陣取り、仕留めた魔物を喰らっている。
この生息域にいる以上、奴も中位の魔物か。
それも他の魔物を単体で仕留められるくらい強力だ。
「――オーガ。凶暴で残忍な性格をしており、高い身体能力を誇ります。人型をしているものの知性がなく、魔物に分類されます」
「オーガ……あれがオーガか」
俺も何度か聞いたことがある。
日本ではよく鬼と翻訳されているんだっけ。
こうして見てみると、それも頷ける。
あの巨体を前にしたら誰だって同じことを思う。
角や金棒、それから虎柄のパンツがなくたって。
「どれくらい強い?」
「――現在のあなたなら後れを取ることはありません」
「そいつはよかった」
死に物狂いで戦ってきたんだ。
それくらい強くなっていてもらわないと。
「じゃあ、仕掛けるか」
岩陰から出て奇襲を掛ける。
サラマンダーの足はコボルトほど機敏には動かない。
だが、それでも中位の魔物の骨だ。
奇襲はなんの問題もなく成立した。
「グォオオッ!」
俺の姿を目視したオーガは動揺しつつもすぐに武器を手に取る。
そうして古びた大斧を振りかざす。
だが、その頃にはすでに俺は間合いに踏み込んだ後だ。
「遅いっ」
サラマンダーの魔力で構築するのは炎を模した一振り。
紅蓮刀。
それは赤き一閃を描いて振り抜け、太刀筋の軌道上にある一切を焼却した。
「すごい威力だな……」
斬り裂かれたオーガは二つに分かたれてズレ落ちる。
倒れ伏したそれの断面からはまったくと言っていいほど出血がない。
焼け焦げて傷口が塞がっているからだ。
断ち斬ったというより、焼き斬ったと言ったほうが正しい。
「これなら安心して進めそうだ」
ある程度の魔物なら一撃必殺にできる。
自分が強くなっていることを実感し、それが俺の背中を後押しした。
死体から溢れ出た魔力の塊を捕食し、すぐに次の魔物を狩りにいく。
当然、警戒を怠ったりはしない。
だが、この足は先ほどよりも確実に軽くなっていた。
「――っと、ここは?」
通路の先を進むと一つの空間に行き当たる。
すぐに姿を隠して中の様子を窺った。
そうして視界に入るのは何体かの魔物の群れ。
「初めてみるな。青い……蜥蜴?」
サラマンダーも蜥蜴のような姿をしていたけれど。
彼らはある意味ではそれより人間に近しい見た目をしている。
二足歩行し、武装しているのだから。
「――リザードマン。武具を扱う人型の魔物です。青銅の鱗を纏い、弱点である腹部を防具で守っています」
「あぁ、あれがリザードマンか」
有名なモンスターだ。
よくゲームに出てくる。
「ある意味、サラマンダーより防御意識が高いな」
まぁ、そこは二足歩行と四足歩行の違いなんだろうけど。
四足歩行だと腹部が常に地面を向いている。
しかし、これが二足歩行となると腹部が敵の正面を向いてしまう。
弱点が丸出しだ。
だからリザードマンは腹部を守るために防具を身につける。
けれど弱点を晒しただけに思える二足歩行も無意味な訳じゃない。
代わりに彼らは武器をあつかう術を得た。
その利点は鋭い牙や爪を持たない人間なら誰もが知るところだろう。
「オーガとリザードマンならどっちが強い?」
「――両者が一対一で戦えばオーガに軍配が上がります」
「一対一なら、か。じゃあ、慎重に行こう」
紅蓮刀を携え、空間に足を踏み入れる。
その直後、敵の気配を敏感に感じ取ったのか。
見える範囲にいるすべてのリザードマンがこちらを見た。
「――キシャァアアアアァアァアアアア!」
雄叫びを放ち、誰もが得物を手にかける。
斧、剣、弓、などなど。
中には同時に盾を持ち出すものもいた。
その最中でも足は止めず、近くのリザードマンに狙いを澄ませる。
「キシャァアアア!」
振り下ろされる鉈に、こちらは紅蓮刀を振るう。
両者の最中でかち合った二つは、だが拮抗することはない。
紅蓮刀が鉈を焼き切ったからだ。
バターでも切るかのごとく意図もたやすく断ち切れた。
自分でもそのことに驚きながら、すぐに頭を切り換える。
振り切った紅蓮刀を翻し、二の太刀で更に深く斬り込んだ。
「ギ……グゥ……」
赤い剣閃は防具の上からリザードマンを斬り伏せた。
「次だっ」
斧も、剣も、矢も、盾も、紅蓮刀のまえでは紙きれ同然。
すべてを焼き切り、青銅の鱗さえも無力化した。
そうして紅蓮刀を振るうことしばらく。
周囲にはいくつもの死体が転がっていた。
「ふー……上出来だ」
うまく行ったのは紅蓮刀で武具を無効化できたのが大きい。
以前の俺なら武器と防具に苦戦を強いられていたはずだ。
この先、硬い魔物を相手する際にも存分に働いてくれるだろう。
「結構な量になったな」
リザードマンたちの死体から溢れ出た魔力が一つとなる。
それはかなり濃度の高いものになっていた。
実際に手にとって食べてみると口の中で破裂する。
なかなかの新感覚に驚きと新鮮さを感じつつ、それを糧とした。
まぁ、相変わらず味はないし食感は寒天なんだけど。
「さて、この調子で次も――」
狩りを続けようと通路へと目を向けたところ。
「――行け行け行けっ! 立ち止まるなっ! 走れっ!」
そちらから人の声がした。
ひどく焦っているようで声が荒い。
いくつもの足音が反響して聞こえ、それが近づいてくる。
「なんだ?」
探求者か?
そう思考を巡らせている間に、その探求者たちがこの空間に現れた。
まず金属の手甲を装備した男が現れ、次いで軽装備の探求者が数人あとに続く。
そうして殿を務めていたであろう剣士が最後に到着した。
形振り構わず走ってきた。
そう感じさせるほど彼らは必死な顔をしている。
「助かったの?」
通路のほうを向いて一人が問う。
「いいや、まだだ。すぐに追いつかれる」
たしかに通路からまだ足音が聞こえてくる。
夥しいほどの数が連なって。
「このまま逃げ――」
そう言った剣士の視線がこちらに向かう。
その視界の中心に俺の姿を映した。
「くそっ! こんな時に限ってっ!」
そして、彼は剣を構える。
その剣先を俺に向けた。




