25 種火 ー復路ー
多少の休憩は取ったが、シルバはアリをずっと早駆けに駆けさせていた。
行き道とは違う道を走っていたので、帰りはキサとサリヤの所には寄らないのだと思った。
やがて日は傾き、日没前に適当な平地に小さなカリマを設置した。
シルバとの旅で慣れた自分の役割を、何も言われる前にやる。炉の近くに布を引き、シルバが立ててくれてカリマの中の寝具を整え、アリに水をやると、シルバとの最後の夕食の時間となった。
シルバは黙って椀を渡してくれた。
紫鈴が大好きなシルバのスープだ。
「ありがとう」
「ああ」
感謝して食べる。
相変わらず、美味しかった。
言葉は、出なくて。
でもそれが気詰まりでない事は、お互い承知の事だった。
行きと同じく、炉の火のはぜる音がパチパチと響くだけ……。
「サリヤさんに」
「ああ」
「サリヤさんに、別れの挨拶をしそびれてしまったわ」
「ああ」
「こう、ぎゅっとしあうのね。知らなくて」
「大丈夫だ。また今度」
シルバはおそらく普段通りに口についたのだろう。紫鈴のぴくりと固まった肩をみて、苦く笑った。
「また今度会った時に伝えておく」
「お願い」
「ああ」
何も語らずに、変わりなく接してくれるこの人の心中が見えない。
なぜ、そんなに優しいの。
「もう寝ろ」
「そう、ね」
「……どうした」
「……シルバは?」
「……」
「……」
「……俺はもう少しここに居る」
「分かった」
「お休み」
「お休みなさい」
はぜる音だけを背後に残して、紫鈴は思い切るように立ち上がった。
告げた紫鈴に言う言葉なんてない。
何も、言えない。
翌朝、紫鈴は一人で起きた。
いつもなら横にシルバが寝たであろう跡があるのだが、今朝は綺麗なままだった。
カリマを出ると、シルバはアリに水をやっていた。
「おはよう」
「ああ、今日も急ぐ。朝食はこれだが、いいか?」
シルバは例の甘い携帯食を紫鈴に渡した。
「分かった」
紫鈴は口に含み、カリマの片付けを手伝う。手早くまとめて、二人、馬上の人となった。
シルバが早駆けに駆けてくれて、日没の数刻前には王都門を抜け、城門まで届けてくれた。
シルバはゆっくりと紫鈴を降ろす。
紫鈴は「ありがとう」と言った。
シルバも「ああ」といつもの様に言った。
「……」
「……」
お互い黙ったまま、動けない。
ブルルッ
アリが嘶いた。
紫鈴ははっとしてアリの首筋を優しく叩いた。
「アリ、ありがとう」
ブルルッ ブルルッ
アリは何かを訴える様に首を振る。
「アリ」
シルバが声をかけ、どうどうとアリをいなした。
「シルバ」
「ああ」
「今までありがとう」
「……ああ」
「……さよなら」
「……」
さよなら、にはシルバは「ああ」と言わなかった。
紫鈴もフル族の別れの挨拶をしようとしたが、出来なかった。
抱き合えば、離れられない。
黙って背を向けた。
振り向かなかった。
城門に例の無体な札を見せて門の中へ入る。
走った。
表門も奥宮も札で通過して、ひたすら走った。
自分の、自室を目指して。




