13
車を走らせること約ニ十分。マリアの屋敷に着いた。夜と朝では街の雰囲気がガラッと変わるので道順がこれで合っているのか不安だったが、マリアがそれを察して逐一俺に教えてくれた。
昨日のようにこそこそ忍び込むのではなく、正面から堂々と入る。長い庭を抜けて家の前まで辿り着くとマリアは扉を開けた。
「ただいま帰りました。マリアです。ご心配おかけしました」
そう奥にむかって言うと何かが近づいてくる気配がした。そう、それはまるで餓えた獣が食べ物を見つけた時に一直線にそこに向かうような……鬼気迫るものを感じた。俺は逃げようとする足を必死で抑えて、グッと踏みとどまる。
すると髪を上でまとめ上げたメイド服を着た40代と思われる女性が走ってこちらにやって来た。褐色の肌をした、強気そうなおばさんである。目鼻立ちは整っていて、メイド服を着る姿も年季が入っており、よく似合っている。
「マリア様! いったい今までどこに行っていたのですか!? お怪我はありませんか!? いったい何があったのですか!? いきなり連れ去られたと電話でおっしゃっていましたが……」
どうやら彼女がマリアの言うメイド長ことノイさんで間違いないだろう。ノイさんは俺のことは無視して矢継ぎ早にマリアに質問していた。この反応をみるとまっちゃんが懸念していたマリアが世界から忘れ去られているという心配もなさそうだ。しかし、本当にこの世界から忘れ去られる基準が分からない。マリアはもう既に俺がまっちゃんと再会した時と同じくらい俺達と関わっていると思うのだが……。
マリアはノイさんに身体のあちこちを触られていた。いいな、俺も触りたいとは多分思っていない。マリアは苦笑いをして言う。
「ええ、どこも怪我はないし元気よ。心配かけてごめんね、ノイさん。えっと……悪い人達に攫われそうになったのだけれど、彼が助けてくれて」
マリアが俺の方にチラッと目線を向けてきた。それにしても悪い人達ってのはどうなんだろう……。確かに奴らをうまく説明できる言葉がない以上そう言ってはぐらかすしかないのか。それにマリアを攫ったのは実際には俺達だし、ここは機転を利かせてくれたマリアに感謝するべきだろう。マリアの視線をおって、やっとノイさんが俺に気付いたようだ。訝し気に見てきた後、疑うように尋ねてきた。
「あなた、マリア様に何もしてないでしょうね? もし何かあったら……」
「こ、こら! 彼は私の命の恩人よ! そんな言い方はないでしょう!」
そうマリアが慌てて注意すると、ノイさんはしぶしぶと言った体で謝ってきた。
「……失礼しました。マリア様を助けて頂いたようで……なんとお礼を言ったらいいか……」
「いえ、別に大したことでは……」
俺がそう言うとマリアはパンと手を叩いて言う。
「さあ、一度上がってもらいましょう。彼は永志さん。私の命の恩人ですから、丁重にもてなしてね。私は一度部屋に戻って着替えてきます」
「分かりました。では、永志様、こちらへどうぞ」
ノイさんが後ろを向いて俺を案内しようとしてくれる。彼女の目線が俺とマリアから逸れたのを見て、マリアは俺の耳元に口を近づけ何か伝えようとしてくる。少し屈んでやりマリアと背の高さを合わせると彼女はこう言ってきた。
「私はエリア0に向かう準備をしてきます。それまでに私があなた方と行けるようメイド長を説得していてください……」
耳にかかる彼女の吐息がこぞばゆい。しかし、伝えらえた内容はとても厳しい物だった。あのメイド長を説得しろだと……。マリア命みたいな彼女を説得しろ、だと……。俺が絶望しているのをマリアは知る由もなく、玄関のすぐそばにある階段を彼女はパタパタと駆け上がっていく。
俺が付いてくる気配がないのを知ってノイさんはもう一度俺に向き直って言った。
「……永志様、こちらです」
「ノイさんを説得してくれませんか?」そんな任務を託されたら俺は自身を持ってこう答える。 えっ……はい……善処します……。




