解説 ミステリの読み方 その7
小説において、視点の問題はつきものです。一人称か三人称か、神視点か登場人物視点か。この問いは推理小説にも当てはまり、探偵視点の一人称、ワトソン役視点の一人称、第三者視点の三人称が、よく見られるパターンです。
この点について、あるおおまかな分類が成り立ちます。その基準は、視点から犯人の行動が見えているかどうか、です。通常、探偵が事件を推理し、そして犯人を指摘します。それゆえに、誰が犯人であるか、どうやって犯行が行われたのか、その動機は何か、という諸々の点は、読者からは見えないようになっています。つまり、視点から隠されているのです。探偵視点やワトソン役視点、あるいは白の第三者視点などが、こちらのグループに属します。
もうひとつのグループは、犯行が最初から記述される場合です。これを倒叙と言います。反対側から記述されている、という意味で、要するに犯人視点です。犯人視点ですから、誰が犯人かは明らかですし、犯行の経緯も詳しく説明されます。犯人視点一人称や犯人視点三人称がこれに該当し、後者で有名なのが、第七話で取り上げた『刑事コロンボ』です。第七話自体は、犯人視点一人称ということになります。漫画『デスノート』も、この意味では倒叙ものに含まれます。ノートの使い手は、読者に最初から提示されているからです。
倒叙においては、最初から犯人が分かっているので、「誰が犯人か?」は、およそ問題になりません。なるとすれば、倒叙風に書かれた引っかけの推理小説の場合です(例:自分が犯人であると誤解している者の視点)。そのような例外を除けば、倒叙ものの醍醐味は、「探偵あるいは刑事が、いかに犯人を追い詰めるか?」という点にあります。このため、サスペンスの要素が濃くなることもありますし、人間ドラマに重きが置かれることもあります。あるいは『刑事コロンボ』のように、刑事役が個性的な作品もあります。
未読の人に推理小説の犯人を指摘することはタブーとされていますが、そのネタバレを逆手に取ったのが、倒叙と言うこともできます。そのメリットとして、犯人を隠す必要がないので、犯行後の行動も詳細に記述できること、難解なトリックを考案しなくてもよいことなどが挙げられます。倒叙ものの場合、トリックは簡単なものが好まれます。例えば人物の摺り替え、防腐作用による犯行時刻の操作、単純なアリバイ工作(わずかな休憩時間を利用して移動するなど)、自殺偽装と、枚挙に暇がありません。その反面、物語のプロット勝負になることも多く、作者の力量が試されるジャンルでしょう。
『恋愛処方箋 PRESCRIPTION:LOVE』
⇒ピーター・フォーク演じる刑事コロンボシリーズ第一作『殺人処方箋 Prescription:Murder』より。倒叙物の代表作で、冴えない刑事が著名人を追い詰めるという社会風刺的要素もヒットし、古畑任三郎のキャラ付けにも大きな影響を与えた。
愛人ジョアンの存在が妻にばれ、財産喪失の危機に陥った精神科医フレミング。この窮地を脱するため、フレミングはジョアンを妻に変装させて一芝居打ち、不可能殺人を目論んだ。犯行後、フレミングとジョアンの前に現れたのは、コロンボと名乗る風采の上がらない中年刑事。社会的エリートのフレミングは計画の成功を確信するが……。
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これにて『神谷リサは見逃さない』完結です。
推理小説への印象は変わったでしょうか? ご愛顧ありがとうございました。




