第四幕 怪しい冬日
「また紛失? 困ったものだね」
弘樹先輩が呆れたように言う。確かに、美樹先輩のキーホルダーといい、長部のカードといい――同じスタッフルームで、同じ高校生ボランティアが紛失している。
長部は落ち着かずに言う。
「この部屋の中でなくしたんだ、誰かが持っているかもしれない!」
「おいおい」受けて立ったのは弘樹先輩だ。「疑うのはよくないよ。確かに、カードゲームのイベントでは、カードどころかそれ以外の手荷物でも紛失や盗難が相次ぐけれど、今回はただのクリスマス会じゃないか。だから、荷物に紛れてしまったということもあるかもしれない……荷物検査もやぶさかじゃないけどね」
「よし、じゃあ調べようじゃないか」
疑われるのも嫌だから、みんな渋々と了承し、それぞれ荷物を調べる。長部もそれをおどおどと見守っていたが、誰もカードを見つけることはない。
荷物検査をしているあいだ、おれはふと弘樹先輩の鞄についた光るものに違和感を覚える。
「それは?」
おれが指したのは、六芒星、美樹先輩がなくしたのと同じであろうキーホルダーである。
「美樹先輩がなくしたキーホルダーって、そんな形なのでは?」
「……ああ、これは美樹のやつとお揃いってだけ」
弘樹先輩はこともなげに答える。美樹先輩が何も言わないあたり、噓ではないだろう。
ひととおり荷物を調べたものの、やはり何も見つからない。やがて苛立ちを募らせ始めた長部は、おれたちをぐるりと見回し吐き捨てる。
「そうだ、ここにいるのは探偵学園の生徒だろう? ちょっと推理してみてくれよ、そうすれば、どこにあるかすぐに解るんじゃないか?」
「おいおい! なくしたのはお前だろう!」
おれは抗議するが、あまり多くは文句を言わないことにする。そうすると『自信がないのか?』と挑発されることは明白だから、わかっていて言われるのは気分が悪い。
むしろ、こちらが真実を暴いて一泡吹かせるほうが気持ちいい。さっそく、ちらりと神谷を窺ってみたものの、
「…………」
――大人しいじゃないか。
この程度では『面白く』ないか、まだ失敗を気にしているのか。
前者であってほしいのだが、神谷の気持ちをはっきりと汲み取ることはできない。ならばおれが解き明かすまで。いつもはサポート役ばかりでも、少しは見栄を張ってみよう。
「解った、じゃあ話を聞いていくぞ」
「それでこそだ」
仕方のないやつだ、と長部を内心毒づいてから、詳しく話していく。
「最初に、長部。控え室にカードが置いてあったのは確かだよな?」
「ああ。使い終わって置いておいた」
「最後に確認したのは?」
「確か、会が終わる直前だと思う。会の片付けで忙しくなる前だ」
「わかった。……なら、今度は全員に。この部屋を出た回数と、用事は?」
おれ以外の五人が互いの顔を見て様子を窺う。それを最初に破ったのは弘樹先輩だ。
「俺はトイレに出た一回だ」
「私はケーキを取りに行った一回」美樹先輩が続く。
「一回も出ていないぞ」不機嫌な長部。
「わたしも出入りしていないわ」神谷も静かに答える。
「一回出たよ。飲み物を淹れに」小宮山が最後に答えた。
そういえば、おれも小宮山のあとにミルクを取りに行ったのだったな。
もう少し話を聞いて、その順番を整理する。小宮山からメモ用紙を借り、その順番を整理していく。書き並べてみると、
1美樹 ケーキの準備
2小宮山 飲み物の準備
3今成 ミルクの準備
4弘樹 トイレ
「それぞれ、ちゃんと理由があるね」弘樹先輩がメモを覗き込んで言う。「ついでに盗んでいくには、何枚も重ねられたカードから一枚を探し出すのは簡単じゃないよね。まあ、妥当な理由がないとすれば俺かもしれないけれど、さっき荷物検査をしたから違うのは確かだ」
「ちょっといいですか?」うるさいのでおれが制す。「この四回以前は、誰もこの部屋に出入りしていないんですか?」
これには小宮山が答えた。
「そうだね、誰も出入りしていないよ。今成とリサさんが荷物を置いたのが最後だと思う」
「会の途中は?」
「ないでしょ、たぶん。集会室から見てトイレとは逆方向だし、給仕室は控え室より手前だから」
となると、
「同一犯、だろうな」
「それって……」いち早く美樹先輩が気づいて、口を挟む。「私のキーホルダーと、そのカード、両方を盗んだ人がいるってこと?」
「おそらく」おれの中でも整理をつけるのが難しい。「ただの紛失にしては、不自然な気がします。美樹先輩は弘樹さんからのプレゼントを大切に保管していたくらいだし、長部にしたって、カードはケースに入れるか束ねるかして持っているのが普通だろう?」
紛失事件の渦中になったふたりは、おれの確認にこくり、としっかり頷いた。
それに、と弘樹先輩が続ける。
「同一犯、という考え方は納得がいく。付け足すと、盗んだタイミングも同じだろうね」
「どうして?」突然水を差されたものだから、同一犯を言い出したはずのおれが訊いてしまう。
「そうじゃないと、難しいと思わない?」弘樹先輩が続ける。「カードもキーホルダーも、そう簡単に探し出せない小さなものさ。クリスマス会が忙しくて、部屋に出入りするチャンスはあまり多くないうえに、誰かが入ってくるおそれもある。さっと部屋に入って、さっと盗み出していくほうが、犯人にとって効率的でリスクも低いじゃないか」
確かに、もっともだった。
最後はおれが締める。
「ここにいる全員、クリスマス会の途中に出入りはできない。弘樹先輩の話を加味すると、それなりに時間の余裕を持って盗む品を探したと考えられる。だとすれば、結局誰にも犯行はできないんだから、会場にいた別の誰かがふたつの盗難の犯人、ということだな」
話はこれで収まるはずだったが、長部は引き下がらない。
「ま、待て! それじゃあ盗んだ犯人は判らずじまいなのかよ? まだ可能性はあるんじゃないか?」
「そんなことを言ったって」おれが止める。「ここの人間以外だったら、犯人は無限にリストアップできるんだぞ? いま荷物を調べた結果誰も犯人じゃないと解った以上、流石に無謀だ」
ちらりと神谷を見る。一言居士の神谷なのに、おれが推理を披露している最中も、一切言葉を挟まなかった。やはり最後まで期待はできないだろう。
長部はまだまだ引っ張る。
「いま誰も持っていないのは、隠しているからかもしれないじゃないか! だから、せめてこの建物の中を――」
「それは時間がかかりすぎるよ」小宮山が長部を遮る。「この公民館だって、もうすぐ貸切の時間は終わりなんだから。長部ももう少し落ち着いて」
粘ってきた長部も、同級生の女子から窘められてはぐうの音も出ない。
小宮山は立ち上がり、手を叩いて場の空気を入れ替える。
「さ、お互い疑うのはやめましょう! こういうのは良くないですよ」
ささやかな打ち上げもお開きとなり、神谷と並んで公民館を出る。
雪がいつの間にか降っていたらしく、道路が一面、薄い雪で覆われている。時間が半端なせいなのか、自転車の通った跡や足跡はまだ少ない。
ホワイトクリスマスというやつか。生まれて初めてかもしれない。
「さて、駅まで送ろうか」
「……その前にさ、あの双子の先輩はどこに行ったかな?」
「うん? ああ……おれたちとはまた別の駅を使っていると小宮山が言っていたな。だから、一旦バスに乗るために向こうのバス停に行ったと思う」
おれたちの向かうべき方向とは反対を指す。
「ふうん……」神谷は頷くと、そちらへ歩き出す。「ちょっと待ってて」
そう残して、軽快な足取りで去っていく。
何だろう……?
…………。
いや、待て。神谷はそういえば、クリスマス会で弘樹先輩と談笑していた。おれはあの双子を知らなかったが、同じ探偵学園の生徒である。ひょっとすると神谷は、もともと知り合っていたかもしれない。となると、おれが思っている以上に神谷は弘樹先輩と親しい可能性もある。
足元に目をやる。雪がある。
時計に目をやる。クリスマスである。
「変な気を起こしてはいないだろうな……?」
テスト後のクラスの雰囲気を思い出し、独り言を漏らしてしまう。クラスの男子たちがそうだったように、この季節は愛だの恋だのを助長する妙な雰囲気を持っている。万が一、神谷はあのシスコンに玉砕同然の熱を上げていたとしたら――
落ち着かず、道の左右を見回す。
「ま、また落ち込まれても張り合いがないからな……」
適当に自分への言い訳を捏造し、神谷の足跡を辿った。




