第二幕 楽しむ冬日
「ご、ごめん……そこまで気を遣ってもらわなくてもよかったのに」
公民館の玄関で迎えてくれた小宮山は、きまり悪そうにおれと神谷に謝る。当日が近づき神谷に連絡すると、神谷は思ったよりもすんなりとついてきていた。その神谷を見て突然小宮山は申し訳なさそうに謝りはじめたのだった。
「そんな、何も気を遣ってなんか……」
「ああ、いや。うん、何でもないよ。神谷さんも、ごめんね」
「はあ……」
神谷と顔を合わせる。きょう初対面のはずの小宮山と神谷だ、神谷本人は謝られる心当たりなどないらしく、ただ首を傾げている。
小宮山の言っていることはわからなかったが、とりあえず公民館に上がった。
小宮山は奥から呼ばれてぱたぱたと駆けて行ってしまったので、とりあえず集会室を覗いてみる。そこにはもうすでに七、八人の子供たちが集まっていて、思い思いに遊んでどんなイベントが始まるのかと待ちわびていた。
「なあ、神谷。訊いていなかったが、子供は得意か?」
「まあ、いじめたりはしないわよ」
…………。
さて、どう馴染んだものかと考えていると、ひとりの男の子がおれのところへ駆けてくる。
「これ、知ってる?」
小学三年生くらいのその男の子が差し出してきたのは、おれのよく知らないカードゲームのカード。カードゲームで遊んだことはあまりないが、きらびやかなカードに細かく情報が書き込まれていて、素直に感心してしまう。子供のおもちゃのデザインも、最近とみに凝ったものになった気がする。
「ごめん、それちょっと知らないな」
「なあんだ……」
男の子は残念そうに踵を返そうとしたとき、
「お、それ知ってるぞ」
おれの後ろから同い年くらいの男が現れ引き止める。男の子がぱっと笑顔になって振り返り、一緒にやろうとせがむ。男の子もあまり警戒しておらず、小宮山と同じようにやってきた男子高校生なのだろう。
荷物も置いてきていないので、この場は任せることにする。
「悪いな、ちょっと頼むよ」
「ああ、いいぞ。……このゲーム、昔から意外と人気があるんだぜ」
「へえ、知らなかった」
一旦集会室を離れ、改めて小宮山と合流すべく公民館の給湯室あたりを捜そうとしたところで、小宮山がちょうどよく戻ってきて、控え室へ荷物を置いてくるよう指示される。そこには、他のボランティアの学生や親御さんの荷物がすでに置かれており、おれと神谷も荷物を置いた。
集会室に戻ると、せっせと飲み物やお菓子を運んでいた小宮山の仕事も一段落したらしく、部屋の隅で息をついていた。
「荷物、置いてきたぞ」
「あ、そう? 食べ物なんかの準備は終わったから、子供と適当に遊んでて」
「そういえば、あの人は?」
さっき男の子とカードゲームで遊びはじめた男子高校生を指す。
「ん? ああ、長部ね。長部慎也。地元の高校生だよ、中学が一緒だったんだ。あつしくんと気が合うみたいね」
「へえ……」
その男の子は『あつしくん』という子なのか。
とん、と急に小宮山に背中を押される。
「さ、遊んできなさい。そのための行事なんだから」
「はあ……流石に疲れた」
それまで遊んでいた子供たちが飽きてきたところを見計らって、少し離れたところに移動し休憩する。腕や腰を伸ばしながら集会室の中をうろうろ回って気晴らしをしていると、長部とあつしくんがまだあのカードゲームで遊んでいるところを見つける。
見ると、どうやら交換をしているらしい。
「ああ、そうか。『トレーディング』カードゲームだもんな。そういう遊び方もある」
「うん? あ、ああ……」
ふと思った発見を口にすると、長部は困ったように返事をした。おれの言ったことがあまりにもくだらなかったかな? ちょっと不思議だ。
休んで子供たちから離れると、ふと思い出す。
神谷はどうしているのだろう?
ぐるりと集会室を見回すと、部屋の隅のほうで先ほどまで見なかった男と話している。ひとつかふたつ、年上だろうか? 好青年という感じはするが、どこかいけ好かない。神谷も神谷で、ついこの前までへこんでいたというのに、何かと楽しそうではないか。
「あれ? どうしたもう疲れたか、今成?」
そこへ、小宮山が歩み寄ってきた。
「ああ、いや、ちょっと休憩だ。ところで、あの人は?」
神谷と話す男のことについて、聞いてみる。
「今成も知らない人が多いね、あの人は探偵学園の学生だよ」
「え、そうだったのか?」
「うん。二年の緑川先輩。名前は、弘樹だね。見た感じの通り、いい人なんだけど……ちょっと弱点があるんだよね」
「弱点?」おれはなぜか少し気分が良かった。「女好き、とか?」
「なにそれ」対して小宮山は、おれにからかうような表情を浮かべる。「それはあれか、嫉妬、やきもちってやつ?」
「ち、違うって」
神谷のことでからかわれるのはいつものことなのに、うまく返せなかった。
「あ、その弱点の本人が来たよ」
小宮山の視線は、部屋の入り口に現れた女子高生に向く。こちらもおれたちと同じくらいか、いくつか上、といった年齢だろうか。部屋に追加でジュースのペットボトルを持ってきてくれたところだった。
「なんだ、やっぱり女好きなんじゃ……」言い終える前に、そうではないと何か違和感を覚える。「ええと、すごく似てないか? 妹?」
「そうそう! そうなんだよ、美樹さんっていうんだ。……うん、確か姉ではなかったと思う」
「姉か妹か、ってことは、双子?」
「そうなの、双子。詳しいことは知らないけど、性別が違うから二卵性かな? すごく似てるけどね」
その妹が兄のところへ行くと、兄妹とも途端に表情が明るくなり、饒舌に話しはじめる。態度の変わりようときたら、いまさっき歓談していた神谷が置いてけぼりになっているくらいだ。
しかし、おれの小学校には同じように二卵性の男女の双子がいたのだが、この緑川兄妹とは対照的に、顔を合わせれば目を逸らすような仲だった気がする。そう、犬猿の仲だったのだ。
「かなり仲が良いんだな」
「そんなレベルじゃないよ……『超』がつくシスコンだもん。これね、弱点って」
「ははあ……」
噂話をしていると、当の双子がこちらに気づく。見知らぬおれの存在に気づき、笑顔で歩み寄ってきた。小宮山がおれを紹介してくれる。
「こちら、探偵学園の今成くん。下の名前は定だっけ?」
小宮山の確認に頷くと、ふたりは感心したような表情を浮かべる。
「俺は緑川弘樹。今成くんの名前は聞いているよ。向こうにいる神谷さんと一緒にね」
「私も聞いてるよ、『推理コンビ』だって。私は美樹だよ、弘樹の双子の妹」
丁寧に自己紹介してくれたが、はあ、としか返せなかった。推理コンビが大人しくなって久しいからだろうか、複雑な気分だ。
間を持て余したとき、弘樹先輩がちらりと長部とあつしくんのほうを見る。ちょうどいいので、話題に取り上げてみる。
「弘樹先輩、そのカードゲームを知っているんですか?」
「うん、知っているよ。俺も昔、持っていたからね」
「へえ、息の長いゲームなんですね」
「そうだね。六、七年前から人気だったよ。ああして、慎也くんも持ってきているくらいだしね」
「そうなんですか。そういえばさっき、交換もしていましたね」
「…………」
……黙ってしまった。
また話題に窮したかと思うと、地域の人たちがやってきて、イベントを開始するという。おれたちボランティアも、手伝いに奔走した。




