第一幕 寂しい冬日
油断すると眼鏡が曇る季節になった。
十二月。期末テストの直後、B組の教室は冬休みをいかに過ごそうかと浮き立っている。年賀状を出そうと住所を教え合う生徒、部活の日程を交換する生徒、打ち上げを企画する生徒……
そして何より多いのが、クリスマスをいかに過ごすか、という話題だ。
男子たちは『彼女のいないクリスマスなんて嫌だ!』と半ば諦めたように不満を漏らしている。夏にも似たような話題が盛り上がるが、いつであっても自分勝手な発想で気に入らない。
ただ、その中でもひとり、クラスでも目立つ女子の小宮山がクリスマスの過ごし方について感心なことを語っていた。
「ほら、クリスマスにも親が仕事の家が多いでしょ? だから、自治会でクリスマス会をやるの」
「ボランティア?」クラスの女子が訊く。
「そう。お菓子くらいは食べられるけどね」小宮山が返し、申し訳なさそうな笑顔で手を合わせる。「だから、ごめんね。みんなと一緒のクリスマス会には出られないんだ」
「ううん、しょうがないじゃん。お菓子取っておくよ」
「本当? ありがとう!」
一通りはしゃいだあと、小宮山は荷物をまとめようとおれのほうを向く。そして、荷物を背負うおれに向けてにっと嫌味な笑顔を浮かべる。
「どうした、小宮山」
「いや、そういえば今成も私と同じ街に住んでるだっけ、と思い出してね」
事実、小宮山とおれの住む地域は同じだ。中学は違ったが、たまに電車で見かける。
「それで、今成を呼んでみようかな、なんて思ったけどそうもいかないよね」
「どうして? いい企画じゃないか。呼ばれたなら行ってもいいぞ」
「いやいや、今成はデートしてくればいいよ」
「はあ……?」
「うわ、しらばっくれたよ、なおさら怪しいね」
「デートって、誰と?」
「神谷さん。A組の」
…………。
最近そういう話題も減ったと思っていたんだがね。
「そういう仲ではないよ。神谷は神谷、おれはおれ。なんならそのクリスマス会に参加しようと言っているじゃないか」
「ふうん、信じてあげないこともないけど。来る?」
「よし解った。参加しようじゃないか」
小宮山はさらに挑発的に口角を上げる。まったく何度否定する必要があるのやら。
しかし、高校生でボランティアに積極的に参加する小宮山はやはり感心だ。生徒会役員たちが地域貢献していても参加者が集まらない、どちらかというと物ぐさな高校生が多いと思っていたが、そういう人ばかりではないのだろう。
「小宮山、お前良い奴なんだな」
「へ? あ、ありがと……でいいのかな?」
少しいい気分で、おれは教室を出た。
「お前、ついには板チョコをそのまま……」
午前で放課だったから、昼食を食べて帰ろうかと食堂を訪れたところ、いつものように神谷がテーブルひとつ占拠していた。
神谷はちらりとこちらに視線を向けたが、すぐに手元の本へ視線を戻す。
「まあ、いつものことでしょ」
「あのなあ……鼻血出すぞ?」
「出したことないわよ」
「太るぞ?」
「失礼しちゃう」
「…………」
「…………」
文化祭以降、神谷に張り合いがない。ひとこと皮肉を投げかけたならば二、三言い返されるところなのに、適当な返事で受け流されてしまう。
しかし、落ち込んでも仕方がないのかもしれない。推理を外し、さんざん言い包められた直後こそリベンジに燃えてはいたが、やはりショックは大きかったようだ。あれ以来口数は減り、俯きがち。一度も事件に首を突っ込まなかったし、推理を披露してもいない。特に、『面白い』と言わなくなったのは、神谷の中でも最も大きな変化だと思う。
時間は過ぎる。神谷は板チョコを半分ほど食べてしまい、さすがに一枚は食べきれないのか銀紙で包み直した。そのあいだおれは何をできるでもなく、軽口などを叩いてみたが、反応は芳しくなかった。
これではおれが面白くない。何とかできないだろうか。
このまま冬休みを迎え、新学期になれば、神谷は真人間にでもなりそうだ。非常識、その奇人っぷりには目も当てられなかったが、かといってそれがなくなるのも物足りない。どうしてそんな気がするのかは自分でもよく解らない。とにかく、神谷を元気にできないものかと考えを巡らせていた。
ふと、ちょうどいいことを思いつく。
「そうだ、神谷」
「うん?」
「お前、クリスマスの予定、空いているか?」
小宮山の企画について丁寧に説明すると、『考えておく』だそうだ。
神谷が本当に来るかは未定だし、来たとしても気晴らしになるかは解らないが、誘って断られなかっただけちょっぴり嬉しかった。
あれ?
そういえば、おれはどうして小宮山のクリスマス会に出ることになったんだっけ? 神谷が関係していた気がするけれど……まあいいか。




