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神谷リサは見逃さない  作者: 稲葉孝太郎 シナリオ / 大和麻也 著
今成少年の醜聞 A Scandal of Sadamu Imanari
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第二幕 疑われた夏日

 わけもわからないままプールサイドへと連行されてしまった。おれを捕えたのは、先ほど見かけた女子水泳部と思しき女子生徒たちだ。おれを椅子に座らせ取り囲んでいる。

 真正面でおれを見下しながら睨みつけるのは、すれ違ったときにも睨みつけてきた女子生徒だ。ちらりと上履きを確認すると、三年生らしい。おそらく部長だろう。

 ひとり、どうも不安そうな顔の一年生が目についた。当事者なのだろうか?

 状況も理解できていないのに随分な仕打ちなので、おれは抵抗する。

「あの、おれが捕まって怖い顔をされる理由は、一体何ですか? 女子水泳部ですよね、活動中にここへ入り込んだからですか?」

 神谷の言葉が思い出される――『変質者とでも思われたんじゃないの?』

 しかし、睨みつける三年生は顔を歪めた。

「はあ? しらばっくれちゃって。……早く盗んだものを返しなさいよ!」

 盗んだものを返せ?

 強い語調で捲し立ててくるが、何が何やらさっぱり理解できない。何かの冤罪だろうか? この三年生はすれ違ったときに初めて見たくらいだし、水泳部とも関わりは薄いから、間違いで所有物を持ち出してしまうようなこともないはずだ。

 相手は興奮しているようなので、誤解を招かない言葉を選びながら問う。

「すみません、盗んだとはどういうことですか? おれがこのプールに来るのなんて、授業の時間だけですよ? 盗みを働いたことなんてありませんし、盗むようなものもありません」

「よくそうつらつらと噓を言ったものね」

 おれもいい加減フラストレーションが溜まってきた。

「だから、おれが何を盗んだというんですか?」


「水着に決まってるでしょ!」



 大声でそれを聞いた途端、ずきずきと頭が痛みはじめた。この女子生徒が怒鳴る世迷言も、水着が盗まれたということも、どちらもくだらない頭痛のタネだった。

「ありえません。言いましたが、このプールに来る用事なんて授業くらいですし、盗みなんてするわけないでしょう……まして、知り合いもいない女子水泳部から盗むなんて、そんな馬鹿な。常識からして、おれは潔白ですよ」

「あんたの事情も信条も知ったこっちゃないわよ! こっちは部員ひとり活動できなくて困っているんだから」

 知ったこっちゃない、はおれの台詞だ。困っているだけなら犯人探しなり手助けしようとも思うが、濡れ衣を着せてくる相手を助けようとは思えない。

 しかし、これだけ怒っているのなら嘘はついていないのだろう。おれを疑っているのも向こうなりに主張があってのことに違いない。盗まれたのは、後ろで困惑している一年生あたりだろうか?

 歩み寄ろうか否か、おれのなかで怒りと正義感がせめぎあっているとき。ちょうどよく、待ち望んだ心強い助っ人が来てくれた。


「遅いと思ったら……今成は何をしているの?」


 神谷リサである。もぐもぐと口を動かし、チョコレートの香りを漂わせている。

「おお、神谷。いいところに! さっき見たらいなかったのに、何をしていたんだ?」

 口の中のチョコレートを飲み込み、低い声で応じる。

「トイレよ、トイレ。ちょっとくらい、いなくなってもいいじゃない。……で、その一瞬のうちに今成はプールサイドに移動していたようだね。随分とお楽しみの様子だけれど」

「皮肉を言っている場合じゃないんだよ……」

 どうにも神谷は不機嫌らしい。帰宅を待たされているのだから仕方もないか。

「いま、水着を盗んだんじゃないかって濡れ衣を着せられているんだ! お前なら潔白を証明できるだろう?」

「さあ、わたしは弁護士じゃないし。わたしに犯人探しを任せて、犯人が今成だったら知らないよ?」

「それがありえないから言っているんだ……頼むよ、神谷!」

「ふうん……」神谷は口を尖らせおれを見下しながら、腕を組む。「まあ、今成がわたしにそれだけお願いしてくるんだから、面白い事情があるのかもね」

 この女ときたら……

「ねえ」そのとき、急に二年生の女子が声を上げた。それから、眉をひそめて他のふたりに話す。「このふたりって、あの推理コンビなんじゃ……」

「そうなの?」三年生がはっとしてこちらに向き直った。「じゃあ、仲間だから仲良く庇おうって言うのね」

 ムッときたが、こういうときは神谷の喰いつきのほうが早い。

「庇う? 仲良く? そんなつもりは毛頭ないわ。ただ、面白いと思っただけ」

 やはり『面白い』が基準なのか。味方もいないから、今回は諦めよう。怒るタイミングではない。

「とにかく、話を聞かせて。わたしたちを推理コンビなんて呼ぶのなら、わたしたちに推理をさせないのはアンフェアってものよ」

 三年生は渋い顔をしたが、やがて平静をなんとか保ちながら話しはじめた。

「盗まれたのは、一年生の池宮杏(いけみやあん)の水着よ」

 と言って示したのは、やはり後ろについている不安な様子の一年生だ。

「きょうはもともと活動日ではないけれど、大会が近いから、男子水泳部に譲ってもらって練習することにしたの。男子はもう敗退しているから。

 いつも練習前にミーティングをすることになっていて、何人かは更衣室に荷物を置いてから校舎に戻ってミーティングをした。杏も荷物を置いていたひとりなんだけれど、更衣室の鍵を閉め忘れていたのかしらね、まさか盗まれるなんて。戻ったらただひとり、杏の水着だけなくなっていたわ。……盗まれたと考えるのが自然ね。杏本人は間違いなく持ってきたと話しているし。

 だから、部員総出で水着を捜すことにしたの。そしたら、そこの不審な一年生を捕まえたわけ。女子水泳部の活動時間中は当然男子禁制だし、他に男を見てはいないから、犯人としか考えられないわ」

 …………。

 ずばりと言い切った。珍しく神谷は最後まで大人しく聞いていた。

 その神谷は終始腕を組んで目を閉じ、考え込んでいたが、説明を聞き終えると、かっと目を見開いた。それから、部員のほうに質問を投げかけるかと思えば、おれのほうに尋ねてきた。

「ねえ、今成。わたしがトイレに行っていたのはほんの少しの時間。そのあいだに、部外者は女子更衣室を出入りできると思う?」

「それは……」おれが不利になる質問である。しかし潔白を訴えるなら、正直に答えるしかない。「無理だろうな、入れ違いで部員も戻って来るところだった」

「じゃあ――」

 神谷は部員たちのほうへ向きなおった。


「……確かに今成が怪しいね」


 ああ、その結論に達するのか。

 おれの意識が遠のいていくのを感じた――

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