解説 ミステリの読み方 その3
密室。それは推理小説の華です。現代的推理小説の端緒である『モルグ街の殺人』においても、また長編密室トリックの鏑矢である『ビッグ・ボウの殺人』においても、ともに密室殺人がテーマになっています。密室とは、大雑把に言えば、出入りのできない閉鎖空間内で犯罪が行われ、犯人がそこから消えてしまうことを意味します。
密室は手を替え、品を替え、幾多の推理小説の中に登場します。このトリックを分類するために、小説内でわざわざ『密室講義』なるものが行われる始末。有名な講義としては、『三つの棺』に出て来るフェル博士の密室講義でしょう。日本に限ってみても、作家の二階堂黎人や麻耶雄嵩が、密室の分類を行っています。
密室には、本当にたくさんの種類があります。今回、今成くんが説明した完全密室と不完全密室の区別は、その一角に過ぎません。とはいえ、最も重要なもののひとつですから、ここではそれについて説明します。
完全密室というのは、「推定犯行時刻に犯人が室外から室内へ、あるいは室内から室外へ移動することが、物理的に不可能な空間」を意味します。このため、不可能犯罪と呼ばれる事件に数え入れることができるでしょう。これに対して、不完全密室というのは、「推定犯行時刻に犯人が室外から室内へ、あるいは室内から室外へ移動することが、一見物理的に不可能に見えるが、実際には可能な空間」のことです。不完全密室の例を挙げましょう。
・実は隠し扉があり、そこから出入りできる。
・犯行後に外部から何らかの細工で施錠できる。
・室内に立ち入らなくても犯行が可能である(壁の穴から射殺するなど)。
このように、不完全密室における課題は、「実は密室ではなかった」ことを明らかにすることだと言えます。しかし、完全密室の場合には、そうはいきません。推定犯行時刻に密室の内外を行き来することはできないのです。
そこで色々なトリックが考えられます。代表的なものを挙げましょう。
1、推定犯行時刻が間違っている(犯行時刻の錯誤)。
今回の事件で使われたトリックの一部です。食堂へ移動後にホワイトボードが消されたのかと思いきや、実は移動前に既に消されていた。これが事件の真相になります。殺人事件でも同様のトリックが見られます。有名なものとして、密室内で人が倒れていたので死んでいるものと勘違いしたが、実は生きており、密室解放後に殺害されるというパターンです。あるいは、密室作成前に既に殺害されていたが、何らかのトリックで生きていると錯覚させる方法もあります。
2、密室内に犯人はずっといた(アリバイの錯誤)。
これも有名なトリックです。今回の小説では、鹿島くんの説がこれに当たります。物陰に隠れるなど、何らかの方法で犯行現場に留まり、探偵や警察が部屋に飛び込んで来たところで脱出(あるいは合流)するのです。
完全密室と不完全密室の中間形態のようなものもあります。例えば、廊下で致命傷を負った被害者が室内に逃げ、内側から鍵を掛けたところで死亡する場合です。この場合、被害者が密室を勝手に作ってしまうわけです。
以上のように、一言で密室と言っても色々あります。具体例を探すにはほとんど困らないトリックです。【密室モノ】であることも、小説の帯や広告文などで明記されることが多いでしょう。機会があれば、ご自身で確かめてみてください。ただ有名過ぎて、他の作品の密室トリックが後世の作品内で解説されていることもありますので、ご注意を。古いものから順番に読んでいくのも、ひとつの手かもしれません。
『生徒会室の怪事件 The Affair at Student Council』
⇒アガサ・クリスティー『The Mystrious Affair at Styles』より。ポアロシリーズ第一作で、邦題は『スタイルズ荘の怪事件』『スタイルズ荘の怪死事件』
第一次世界大戦により負傷してイギリスに戻ったアーサー・ヘイスティングズは、旧友のジョン・カヴェンディッシュの招待によりスタイルズ荘で過ごすことになる。そんなある日の夜中、ジョンの義母エミリーが突然の発作で死んでしまう。異様な死に疑問を抱いたヘイスティングズは、旧友でベルギー人探偵のエルキュール・ポアロに事件の捜査を依頼する……




