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神谷リサは見逃さない  作者: 稲葉孝太郎 シナリオ / 大和麻也 著
生徒会室の怪事件 The Affair at Student Council
18/41

第五幕 懐かしむ会議

 じわりと汗が滲む。冷房を切った会議室では、六月末の日差しが熱く、チョコレートの香りが鬱陶しい。

 ゆっくりと、生田先輩が口を開いた。

「すごいね、ばれないと思ったのに。……特に、目的を見抜かれたのには驚いた」

 しょうがない、とでも言いたそうな表情。呆れた声で犯行を認めた。

 生田先輩は棚のほうへ向かい、棚の戸を開いた。

「持って行きかったのはこれ。入間先輩の」

 手に取ったそれは、色紙。前会長の残した『たまには手を抜け』という教訓のひとことが達筆に書かれたのものだ。

「入間先輩、あんまり思い出になるようなことはしてくれなかったんだよね」生田先輩は、きのうと打って変わってよく喋る。「だから、持っていきたかったんだ。これだけでも」

 手に持った色紙をうっとりと眺める。

 その表情を見て、おれは勘付いた。

 生田先輩のこの目は、おれが幼いころ叔父に向けていた目と同じだ。もちろんそのときの自分の目を見ていたわけではないが、強い憧れを抱き敬愛する相手を見ると、こういう目になる。

 入間前会長がどのような人物かは知らない。ただ、行事に熱意を持って取り組む熱血漢で、かつ『手を抜け』と勧めるユーモラスな男子生徒だったという。弱気で内気な生田先輩にしてみれば、憧れの対象だったかもしれない。

 おれも、神谷も、黙っていた。神谷の推理は犯人の特定や動機の説明までには至らなかったが、決して難しいことではなかった。たったひとりの女子生徒が抱いた、先輩への信愛と尊敬の念だったのだ。

 憧れは人を動かす。憧れから探偵学園を志す者もいる、ひそかに盗みを企む者もいる。

 沈黙の中で、ふと懐かしい気分になった。なぜか、叔父に接しているときの気分が思い出されたのだ。

 …………。

「生田先輩」心地よい時間も長くは続かず、神谷が問いかけた。「でも、どうして盗むんですか? 手段はあるはずなのに……」

「……そういうことこそ、推理してほしいな」

 力ない声だったが、生田先輩はきっぱりと神谷を切り捨てた。盗むほどの熱意の根源など、そう易々と話したいものではないだろう。

 神谷がにやりと口角を上げた。神谷のことだ、『推理してほしい』と言われて出てくる言葉は『面白い』に違いない。まさか生田先輩の心情を推理させるわけにもいかないから、おれが手で遮ると、神谷はおれの意図を汲んで引いてくれた。

 あとは、生田先輩に託す。


 生田先輩は、はあ、とため息をついた。

「いま盗むのはよそうか。一年生の前でみっともないし、これは生徒会の思い出だし。うん、思い出は盗むものじゃないよね……つくるもの。あと半年、頑張ってみようかな」

 憧れは、人を動かす。



「お前も、探偵だったんだな」

 月曜日の放課後、帰り道で神谷を捕まえた。きょうの神谷はまた棒状のチョコレート菓子をくわえており、そのまま首を傾げた。

「そうね、推理をするのは探偵の役割ね」

「そうじゃない。先週の話を思い出せ」

 より一層疑問の色が強まった。

「だから、先週おれはお前に『探偵と思えない』と言っただろう? それを訂正しよう、と言っているんだ」

「へえ、その心は?」

「まあ、主な理由としては、推理が早くて正確だから。同じホワイトボードのトリックでも、おれが失敗したんだから認めるほかないだろう」

 会議室の沈黙の中で覚えた懐かしさ。それはきっと、神谷から叔父の気配を感じ取っていたからだろう、とおれは結論付けた。

「ううん、そうかな?」神谷は明るい表情で応える。「だって、今成の推理も役に立ったじゃない。あれがなければ解けなかったんじゃないかな?」

 …………。

 途端に照れくさくなって、ついつい眼鏡をいじって視線を逸らす。おれは神谷を探偵、つまり叔父と同じ推理力を持つと認めた。その神谷からおれの推理が役立ったと言われれば、軽口で返そうにも緊張してしまう。

 おれは神谷に白旗を上げよう。お前には敵わない。


「だけどさ、今成。それだけ?」

 神谷が急に訊いてきた。

「というと? まさかもっと褒めろと言うのか?」

「いやいや、違うよ。あんまり褒められたら照れちゃう」神谷はそう冗談めかしてから続ける。「だって、わたしの推理が抜かりないのはいつものことでしょ? 今回何かしらの違和感があって、途端に見方が変わったんじゃないかって」

 途中で混ざった自画自賛にはむっとしたが、どうにも神谷は自分の推理力が評されることを遠慮しているようだ。そう考えると、神谷への親近感の理由も見えてくる。

「そうだな、お前も人の子だ」

 思いついてそのまま口にしたら、神谷は顔を歪めた。

「はあ? わたしが推理ロボットとでも思っていたの?」

「いやいや、そうじゃないって」今度はおれが焦って否定する。「神谷は、ホワイトボードが消える推理はできても、犯人を明言できなかったし、動機もほとんど指摘できていなかったからさ」

「いまさら難癖つけるの?」神谷は余計に機嫌を悪くした。「わたしも気にしてるんだからやめてよ。結果オーライでもういいじゃない」

「ほら、そこだ」

 そう、これがぴったりのケースだ。おれは指を立てて説明を再開する。

「神谷だって、完全無欠じゃない。特に、常識が欠けて人の心を読めないあたりが」

「また常識の話だ。もっとわかりやすい例で教えてよ」

 わかりやすい例……神谷が人の心を読めない例――

「なあ、神谷。巷で話題のその菓子を使った遊び、知っていたよな?」

 神谷は、自分のくわえているその菓子をおれに示す。

「あの陣取りゲーム?」

「そうか、陣取りゲームだと思っていたのか。じゃあ、両側から食べて行くそのゲーム、勝負はいつ決まる? 引き分けになったらどうなる?」

 きょとんとして黙ってしまう神谷。しかし、考えるにつれてその頬はみるみると赤くなっていく。そこにひとこと、とどめを刺す。


「やってみるか?」

「い、嫌だよ! わたしにだってわかるってば!」

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