第四幕 熱くなる会議
日曜日の昼下がり。
生徒会室を開け、続いて会議室のドアを開く人影。廊下の陰に隠れて待ち伏せしていたおれと神谷は、その人物を確認し飛び出す。
「見ぃつけた」
神谷がそう声をかけると、人影はぎくりと動きを止めた。
そこには、
「え? ……生田先輩?」
他でもない生徒会役員、生田先輩が会議室のドアノブに手をかけていた。
「ね、言ったでしょ。必ず来るって」驚くおれをよそに、神谷は語る。「二時間も待っていた甲斐があったじゃない」
おれと同じく、生田先輩も言葉を失っている。しかし、ひとりで推理をさっさと開始してしまうのが神谷だ。
「まずね、今成の話はだいたい合っていたの」
「え? プロジェクターで映写していたってことか? だが、画像が見つかっていない」
「そんなことないよ。外部メモリで構わないんだから」
……そうか。
「USBメモリを使った、ということだな?」
そのとおり、と言って神谷はおれを指差した。
「でも、肝心のUSBはどこに? パソコンまで近寄らないといけない。あのとき、確か生田先輩ではなく、御堂会長が調べていた」
生田先輩も頷いている。個人のメモリが刺さっていれば、会長も気が付いただろう。
神谷は、パソコンを操作しながら話を続ける。
「そんなの、会議室に入る前に抜き取れるわ」
「はあ?」
おれと生田先輩は顔を歪めた。それこそ会議室は密室だから、遠くから抜き取るなんて不可能だ。
しかし、女子高生探偵は怯まない。メモリの差込口を指差し、そこからすっと真っ直ぐに指す方向を動かす。その先の壁には、穴がある。
「美羽先輩と鹿島くんの四十点ぶんはここだよ、今成。食堂から戻って、会議室を開けるなら、生徒会室を開けなきゃならない。このとき、穴の向こう側である生徒会室からメモリを取り出すの。このくらいなら、生徒会室から会議室に焦って移動するごたごたの中で実行できるわ」
「どうやって隣の部屋のパソコンからメモリを抜くんだよ?」
「紐でも繋げばいいのよ。透明で頑丈な、ピアノ線なり釣り糸なり。まあ、もう処分されちゃったでしょうね」
「いや、それよりも!」
おれが遮ると、神谷は不機嫌そうにおれの反論を待った。しっかりと整理し、反論を組み立てる。
「待て、いいか? メモリをそんなふうに無理やり抜いたとすれば、エラーのメッセージが出るはずだ。そのメッセージが残っていれば御堂会長が気づくはずだ」
生田先輩はほっと息を吐いたが、神谷はふう、と息を吐いた。
「最後の十点を見せてあげる」
神谷は生徒会室と会議室をいくらか行き来し、きのう出されたまま放っておかれていたチョコレートや、ダンボール片を持ってきた。
「ラッキーなことに、トリックに使われたまま捨てられていたわ。これなら、すぐに仕掛けをつくれるよ」
そう言って神谷は机に上り、プロジェクターをいじりはじめた。
スカートの中が危ういので目を逸らすと、生田先輩は黙って神谷を見つめていた。不安なのか不快なのかは解らないが、晴れない表情だった。
「よし、これでできた」
神谷がプロジェクターの上に作った仕掛けは、ダンボール片の上にカラーテープが乗っかっているだけの、単純なものだった。ダンボールは上手く水平を保たれており、カラーテープはいまにも転げ落ちそうな状態をキープしている。真下には、パソコンがある。見た目だけでは、何をするものなのかさっぱり解らない。
パソコンとプロジェクターを操作し、神谷はホワイトボードに画像を表示する。
「これで、外から見たときのホワイトボードの状態を再現できたわ」
「でも、これからどうするんだ?」
「エアコンの電源を切ってみて」
指示されたとおり、冷房を切る。生田先輩は生徒会室の鍵を借りて、生徒会室に置かれた鍵で会議室に入ったが、おれと神谷は職員室から直接会議室の鍵を借りていた。待ち伏せているあいだに、会議室の冷房を入れておいたのだ。
時間がたつにつれてだんだんと、会議室には熱が籠っていく。神谷が壁にかかった温度計を確認する。
「そろそろ、仕掛けが動く」
温度と仕掛けが関係あるのだろうか? そのとき、おれは気がついた。
……部屋中がチョコレートの香りで充満されている。
そのとき、頭上でがたり、と音がした。その音とともに、突如赤色のカラーテープが転がり落ちてくる。
「まず、スライドショーが停止する」
落ちてきたカラーテープがマウスを叩いた。カラーテープの衝撃にもマウスは微動だにしないから、どうやら裏面を糊か何かで固定されているらしい。
「次に、フルスクリーンが解除される」
二個目のテープもマウスに直撃し、パソコンの画像がフルスクリーンから元に戻る。
「今度は、画像のビューアーが閉じる」
三個目のテープがマウスを叩く。一回目にクリックされた位置に、削除ボタンが移動させられていて、問題なくウィンドウが閉じられた。
「そして、USBの取り外しが指示される」
四個目のテープによって操作されたのは、ハードウェアの取り外しだ。この操作によって、メモリを抜いてもエラーが表示されない。
…………。
「どう? これでホワイトボードは真っ白になるし、滞りなくUSBを抜き取ることもできる」
「……そうか、チョコレートが溶けて、ダンボールが前向きに傾いたのか」
部屋中の甘い香りがそれを物語っている。エアコンを切られた暑さと、さらにはプロジェクターを動作させる熱によって、チョコレートが溶けてしまうのだ。
「そのとおり。外国のチョコレートってすぐ溶けちゃうのよ、固定のための植物油をあまり含まないから。日本のじめじめした暑苦しい夏なんて地獄みたいなものなのね」
神谷は残念さを含んだ声で語る。流石、チョコレートには精通している。……思えば、神谷が包装紙に溶けていたチョコレートをおれに見せてきたのは、これを暗示させるためだったのか。
また、このトリックを成立させるためには、プロジェクターの上にあるチョコレートの存在を悟られないことが必要だ。だが、生田先輩がおれと神谷に同じチョコレートを食べさせたことで、香りが充満。課題は解消されている。
生田のほうに向き直り、神谷は続ける。
「わたしたちを取材に呼ぶまではよくても、ちょうどよくお土産のチョコレートが出るのも妙だと思ったの。わたしはチョコレートが好きだと知っていて、たくさん食べることを見越して呼んだんでしょう? どうにも今成とわたしは『推理コンビ』として有名みたいだから、取材の口実としてもトリックの隠蔽としても充分ね」
チョコレートが出された時点で、神谷は生徒会に疑念を抱いていたというのか。一瞬にして仮定を築いたからこそ、ここまで余裕を持って証拠を準備できたのだろう。実際、おれや倉林先輩、鹿島は証拠の面で不足が多かった。だから、『十点』が必要だった。
…………。
おどおどと視線を移す生田先輩。弱気だというが、これでは弱みを見せているだけだ。神谷の推理において人定はさほど語られていないとはいえ、生田先輩が犯人と見ていいだろう。事実、会議室に再び現れた。
推理も大詰めだ。
「さて、神谷。動機は? ホワイトボードをただ消すにしては、あまりに大がかりだ」
「前提を疑って。目的はホワイトボードなんかじゃない。
そもそもの論点としたかったのは、『生徒会役員以外の人物でも、会議室に入ることができる』ということ。その既成事実をつくるために、ホワイトボードを真っ白にした」
…………?
「誰かが入れる、つまり、自分が会議室内で何をしても疑われない、ということ。ホワイトボードを消すくらいなら、いきなり計画を実行するよりも騒ぎにならない。侵入の印象づけにももってこいだしね。
要するに生田先輩は、会議室にある『何か』を盗みたかったんですよね? ……わたしは、見逃さないよ」




