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「……よしっ、これで最後!」


 ララは絵画の裏に潜ませておいた小さな魔石を取り出して一息ついた。


 ララが今回フィリップから与えられた仕事は、音声・映像記録用の魔石をエーリヒの部屋に仕込み、一日ごとに回収してまた新しい魔石を仕込むというものだった。

 主にエーリヒの会話などを知るために用意された記録用魔石自体は名高い『白魔女』が制作したものだとか(それを知った時はこの魔石の価値は一体どれほどなのかと手が震えた)で、探査魔法にも十分に対抗しうる逸品だったが、問題はその魔石を仕込んだり回収したりする時のことだった。


 魔石は置いておいても露見する可能性はかなり低いが、それを仕込みに行く人間の方はそうもいかない。今回のルストゥンブルグ使節団に魔術師が随行するのはルストゥンブルグが魔術大国であることからも大いに予想できることだったため、外部の人間がこっそりと使節団が滞在する区画に入って何かしようというものなら、魔術師が『護衛のため』に探査魔法を使用した結果、あっさりばれて計画が破綻することもありえた。


 もちろん、『影』が細心の注意を払ってその役を務めることも出来なくはないが、フィリップ達はよりリスクの少ない方法として、ララに魔石の回収などを行わせることにしたのだ。


 あくまで『護衛のために』探査魔法を使うことしかできない魔術師には『外部の者を調べる』という条件のもとでしか探査魔法を使うことができない(『内部の者』などに使おうとした場合、うっかり国際問題に発展する恐れがある)。ララは寄親である外務大臣の差し金で正式に使節団担当の侍女になると予想されていた(実際にそうなった)ため、魔石の仕込み・回収には適任だったのだ。




 ララが使節団の滞在する区画に侍女として配属されてから十日ほど経ったが、あの魔術師に脅された以外には危険な目に逢うこともなく、こうして秘密裏に仕事を遂行することができていた。

 しかし周りの仮初の同僚達に知られないようにフィリップから任された仕事を行うのは思っていたよりも神経を使うもので、初めのうちは仕事が終わるとぐったりと萎れていたものだった。

 それでも最終的にルーチンワークにできてしまうあたり、慣れとは実に恐ろしいものである。


(あとは明日の分の魔石を置いて、回収した魔石を届けるだけかぁ。あの魔術師も今日は学術院視察に護衛として同行してるらしいし、かなりの使節団員が学術院に行ってくれたお蔭で他の侍女達の雰囲気もちょっと緩い感じになってるから、案外楽に済みそうね!)


 そう考える間にもララはてきぱきと動き、補充用の魔石をセットしていった。そしてそれが終わると、回収した魔石をしまってエーリヒの部屋を出た。






 いつもの如く待ち合わせ場所の空き部屋に向かうと、『影』はまだ来ていないようだったので、ララはよいしょっ、とお行儀悪く床に座り込み、壁に背中を預けた。


 膝を立てるような格好で座り込んだララは懐から小さな巾着を取り出した。さらにその巾着を開けると中には小さく四角いものがいくつか入っていた。ララは包み紙を開けると取り出したものを口に運んで満開に顔を綻ばせた。


(うん、おいしい! 仕事中に食べるファッジほど美味しいものもないよね!)


 ……予想の斜め上をいく緩い思考回路だった。ある意味雇い主(フィリップ)とその部下たちに染まっているのかもしれない。


 口に放り込んだファッジをあっという間に胃袋(亜空間)へと送り込んだララは、ファッジをもう一つ取り出して包み紙を開き、ぱくりと食べようとして———


「もしもし」


「ひょわッ!?」


 ———突然掛けられた声に、乙女にあるまじき奇声を発した。その反動で手からファッジが転げて危うく床にダイブしそうになるのを慌てて捕まえて阻止した。


「~~ッ、毎度毎度びっくりさせないでください! うっかりファッジを落としちゃうところだったんですよっ!?」


「それはそれは失礼しました」


 天井を睨みつけながら(と言っても正確にどこにいるか定かではないが)抗議したララに、悪いとは微塵も思っていない様子の『影』が応えた。


「夢中でファッジを食べていたので声を掛けるのをためらってしまいました」


「それぜったい嘘ですよね」


「何で分かったんですか……!?」


『影』の言葉にジト目で即座に突っ込んだララの言葉に、心底驚愕したといった声を『影』は上げた。


「はぁ、もういいです。はやく定期連絡始めませんかぁ?」


「つれないですね。でも同感です」


 だったら最初からからかうなと言いたいララだったが、定期連絡をしなくてはならないのは確かなので回収した魔石をごそごそと取り出して『影』に渡しながら、気づいた点なども挙げていった。


 ララの報告を聞き終えた『影』はふむふむと頷いているのが見えそうな口調で言った。


「———そうですか。……やはりエーリヒ殿下は相変わらず苛立ったままのようですね。例の会話があったので、『あれ』が何なのか、いつ持ち込まれるかを知りたかったのですが……」


「……あの、」


「ああ、誤解しないでください。貴女はよくやってくれています。これは恐らく……」


 情報が得られないのは自分のせいなのではないかと気まずげに謝罪しようとしたララだったが、『影』は先回りしてあっさりとした声でそれを押しとどめた。


 礼を言おうとしたララは、珍しく口ごもった『影』を不思議に思い、言葉の先を促した。


「恐らく、何ですか?」


「……いえ、殿下も私も推測しているだけなのですが……私達が総力を挙げて調べているのにここまで情報が出てこないとなると、エーリヒ殿下の言う『あれ』については大きな組織が関わっている可能性があります」


「え……?」


 思っていたよりもきな臭い話にララは僅かに青ざめた。


 酷く言いづらそうに『影』は続けた。


「例えば、()()()()()、とか」


 静まり返った空き部屋には、重い沈黙が降り積もっていた。





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