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ついに動き出します! あとついでのように新事実がゴロゴロしています。




 シェリアがトリュフチョコレートの箱を空にした頃。


 フィリップは執政宮の一室で書類の山と格闘しながらラウールの報告に耳を傾けていた。


「———で、調査の結果、ランバート侯爵令嬢の推測通り使節団内のエーリヒ皇子一派からの嫌がらせでした。エーリヒ殿下は余程会議でのことが気に入らなかったようですね」


「全くこんな時に……」


 フィリップはペンを走らせながら眉を寄せた。


 シェリアから滞在中の使節団からの()()が余りにも多いという報告を受けたフィリップはラウールに調査を命じていた。

 普通なら要望に応えられるよう人員を増やすなどして対応するところだ。しかし、シェリアからの報告には『ここ数日同じ人物が何度も要望を出している上、そういった者たちのほとんどはエーリヒ皇子の派閥であることから、何らかの妨害である可能性がある』とあり、フィリップ自身会議中にエーリヒから憎々しげな視線を送られているのを感じていたため、王宮内の調査を得意とするラウールに調べさせることにしたのだ。


 そして調査の結果、案の定エーリヒの指示による嫌がらせだったというわけだった。


(……だが)


 フィリップは書き上げた書類をラウールに手渡しながら思考した。


(本当にただの『嫌がらせ』なのか? 何か見落としているんじゃないか……? だとするならば、何のために? エーリヒ皇子の腹いせという面を抜きにしたとして、この『嫌がらせ』によって誰が一番得をする? そしてそれはどういった利益だ?)


 眉間にしわを寄せながら高速で書類を書き上げていると、突然眉間にひんやりとした感触がした。


「ぅわ冷たッ!?」


 慌てて顔を上げるとラウールがニヤニヤと笑っていた。フィリップの顔の前で緩く立てられた彼の人差し指には淡い魔力光が纏わりついていた。どうやらフィリップの眉間は魔法で冷やされたらしい。


「いきなり何をするんだ! というかお前、こんなところで魔法使っていいのか?」


 ラウールはクイっと親指を立てて背後を指さして見せた。先程までちらほらといた官僚達は各々(おのおの)次の仕事に向かっていったらしく、この部屋にいるのはフィリップとラウールだけだった。


「見ての通り他の奴は誰もいないし、会話が聞こえる範囲内に人がいないのは魔法でも確認済みだ」


「それなら良———いやよくないだろう!? わざわざ魔法使ってまで驚かせるな!」


 ラウールは魔力光の消えた手をひらひらと振りながらケラケラと笑った。


「いやー、その反応が見たくて」


「好奇心で国家機密使うなよ……」


 フィリップはがっくりと項垂れるように組んだ手の甲に額を落とした。



 一般的に魔法が用いられる時、魔道具などの媒体の使用が不可欠だ。魔力を持っていてもそれだけでは魔法を使うことはできないからだ。

 しかしごく稀に媒体を使わずとも魔法の行使が可能な人間がいる。ラウールは正にそれだった。


 無媒体での魔法行使ができる者達は魔術師達とは区別されて『魔法使い』もしくは『魔女』と呼ばれ、その希少性などから国家や王家で保護、時に能力を隠匿されることが多い。このグラネージュ王国でも同様のことが行われており、その最たる例が『白魔女』だ。

 ……もっとも、ラウールの能力が隠されているのはそれだけが理由では無かったが。


 余談だが、媒体無しで魔法が使える能力は遺伝することが多いため、一族ごと保護を受けている場合もある。



 ふてくされた顔を起こしたフィリップは呆れを隠すことなく溜息を吐いて言った。


「というかお前、今実家の方がゴタついてるんだろう? ……ふざけてる暇があるなら一回帰った方がいいんじゃないのか? それくらいの時間は捻出する」


 ラウールは珍しく困ったように曖昧に微笑んだ。


「ああ……うん。でも今はこっちが優先だ」


「だが」


「それに、俺は()()()()知っての通り()()()()()()()()()()()()()()()()からなー……。今実家に帰ると余計に引っ掻き回すことになって王宮(こっち)まで迷惑するだろうし」


「……」


 いつになく静かなラウールの言葉にフィリップは沈黙した。


 ブラン伯爵家は代々王子・王女の乳母を輩出してきた家系で、その歴史は王家に並ぶと言われるほどの名門だが、初代当主が女性だったせいか、一族の女性が当主になるという不文律がある。そしてその不文律を王家が肯定してきたため、実質的に国法と同等の拘束力が存在している。

 そういう訳で現当主はラウールの母(フィリップの乳母)が務めているが、長男であるラウールではなく彼の妹が次期当主の第一候補に挙がっていた。しかし正式に次期当主と決定したわけではないため、『実家がゴタついている』のだろう。


 ラウールは黙り込んだフィリップに気が付くといつものようにニヤッと笑った。


「何だ、お前が気にしてどうすんだよ。それに前も言ったと思うけどな、俺は当主候補でなくて案外良かったと思ってるんだぞ? 何せお前の面倒を実家に気兼ねすることなくじっくり見られるんだからなぁ?」


 もっとおにーちゃんに頼っていいんだぞ~?とどこか勝ち誇ったような顔で一層ニヤニヤするラウールからは悲壮感など微塵も感じられない。そのことにフィリップは密かに安堵した。


「誰がおにーちゃんだ! あと、『お前が』『私の』面倒を見ているんじゃなくて『私が』『お前の』面倒を見ているだろう!?」


 ……と同時にラウールの笑みになんとなくイラッとしたのでラウールの台詞に即座に噛みついた。




*     *     *




 同時刻。


 王宮の門の前に一人の男が姿を現した。


「止まれ」


 門番は男を制止した。


「通行証を。それとそのフードも取るように」


 男はフードをパサリと乾いた音をさせて落とした。そして懐から仮通行証を取り出して門番に見せた。


「! これは失礼しました。使節団の方でしたか」


 男——『魔術師』は軽く微笑んでみせて言った。


「お気になさらず。自分も怪しい格好をしておりましたのでお互い様というやつです」


「そう言って頂けると助かります。ところで、王宮外には何をしに行かれていたのですか?」


 『魔術師』は困ったように微笑んだ。


「それが、同僚に菓子を買ってくるように頼まれまして。何でも本国にいる時から心待ちにしていたそうでしてね。かといって、ここ数日ほど我々のせいでグラネージュの方々にはご迷惑をお掛けしてばかりですから、侍女の方に頼むのも忍びなくて……」


「なるほど、そうでしたか」


 門番は納得して頷いた。

 『魔術師』の言う通り、ここ数日は使節団からの『要望』の多さから王宮の侍女や女官たちは非常に慌ただしくしており、そのための用事で門を出入りする者も増えていた。


 だから、慣れない他国の王都であるにも関わらず、侍女に頼らず自分で買い物をしようという『魔術師』が門番の目には好ましく映った。


 ……映って、しまった。


「では、私はもう行きます。同僚を待たせていますし」


「ええ、どうぞお通り下さい!」


 何の疑問も持つこともなく、門番は『魔術師』を王宮へと通した。


 『魔術師』がマントの内側に『何』を隠し持っているのかも知らずに。






(……あっさりと通れてしまったな。王宮にはしばしば結界が張られているものだし、この国にはかの『白魔女』がいるから対策していても何らかの形で警報が作動すると思っていたのだが……。調子でも悪いのだろうか。どうであれ、俺たちには好都合だ)


 『魔術師』は被りなおしたフードの下で冷たい嘲笑を浮かべた。





2020/05/21 本文の表現を一部変更しました。ストーリーの変化はありません。

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