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悪役令嬢(自称)が世界より俺の胃を破壊してきます  作者: 絹ごし春雨


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3/3

そのさん (完)

 市街地は、今日も平和だった。

だからこそ、嫌な予感しかしない。


「光よ、集え――!」


聞き覚えがありすぎる詠唱が、広場に響く。


「星降る薔薇の悪役令嬢、ルミエール・フォン・ヴァレンティーヌ。

本日も、悪の成果報告に参上いたしましたわ!」


拍手が起きた。


……なぜだ。


「ルミエール様ー!」

「今日も悪役なんですか?」

「頑張ってー!」


声援が、完全にヒーローより多い。


「ええ!」

彼女は誇らしげに胸を張る。

「本日は三件の混沌を達成しましたの!」


嫌な言い方だ。


「一件目。街道にあった危険な段差を――」


彼女が杖を軽く振ると、映像のように光が浮かぶ。

昨日までガタガタだった石畳が、見事に均されている。


「――完全に平坦にしましたわ!」


どこからか歓声。


「歩きやすい!」

「助かるわ〜!」


「それは、善行だ」


即座に言った。


「違いますわ」

きっぱり否定される。

「油断を生みますの。悪ですわ」


理屈が強引すぎる。


「二件目。街角で騒いでいた不審者を――」


また光景が浮かぶ。

暴れていた男が、見事に取り押さえられている。


「――更生させましたの!」


「治安改善だろ」


「心を折りましたわ!」


言い方だけが悪い。


「三件目はこちら!」


彼女は満面の笑みで、広場の隅を指さした。


壊れていた噴水が、きらきらと水を噴き上げている。


「魔力で修復しましたの!」

「ついでに詰まりも取りましたわ!」


拍手喝采。


「……」


俺は無言で額を押さえた。


「レッド様?」

彼女が首を傾げる。

「何か問題でも?」


「全部、街が良くなってる」


「まあ!」

 彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「では悪役として、大成功ですわね!」


「違う」


「?」


「それは、悪じゃない」


一瞬だけ。

本当に一瞬だけ、彼女の動きが止まった。


「……そう、ですの?」


薔薇色の光が、少しだけ揺らぐ。


周囲では、子どもたちが手を振っている。


「ルミエール様、ありがとう!」

「また来てね!」


彼女はその声を聞いて、ぎゅっと杖を握った。


「……なるほど」


そして、ぱっと顔を上げる。


「理解しましたわ、レッド様」


嫌な予感がした。


「悪役として、わたくし――」


一歩、こちらに近づく。


「あなたを、もっと困らせる必要がありますのね?」


胃が、音を立てた。


ルミエールの声が、少しだけ弾んだ。


「ええ。悪役とは、世界を混沌に陥れる存在」

 彼女は胸に手を当てる。

「そして今、この場で一番困っているのは――」


薔薇色の視線が、一直線にこちらを射抜く。


「あなたですわ、レッド様」


周囲がざわめいた。


「え、ヒーロー?」

「どういうこと?」

「喧嘩?」


違う。

もっと厄介だ。


「ですから」

彼女は一歩近づく。

「本日の悪の最終成果は――」


俺の腕を、ためらいなく掴んだ。


「ヒーローを、独占することですわ」


拍手が起きた。


……なぜだ。


彼女が一歩踏み出す。


「あなたを、もっと困らせる必要がありますのね?」


俺は即答しなかった。

少しだけ考えてから、言う。


「……それは、もう悪じゃない」


「?」


「俺を困らせるためだけに動くなら」

 肩をすくめる。

「それは、敵じゃなくて“俺基準”だ」


ルミエールは瞬きをした。


「基準……?」


「悪役は、世界を相手にするもんだろ」


一拍。


「俺だけ見てたら、

 それはもう――」


言葉を切る。


「無効だ」


薔薇色の光が、ふっと弱まった。


「ルミエール」

俺は、視線を逸らす。

「お前の世界は――」


一拍。


「俺なのか?」


言ってから、しまったと思って。

レッドは苦笑した。


ルミエールは真っ赤になり、

目をきらきらと輝かせる。


「やりましたわ!

わたくし、悪の完全勝利ですわ」


「どういう理屈だ」


「だって」

胸に手を当てる。

「レッド様の世界を、独占しましたもの」


「……俺の負けだよ」


世界は平和だ。

そして今日も、彼女は元気に誤解している。

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