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悪役令嬢(自称)が世界より俺の胃を破壊してきます  作者: 絹ごし春雨


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2/3

そのに

 ――後日。


「レッドくん!」


振り向いた瞬間、ピンクがいた。


「ねえねえ!

悪役令嬢さんとデートしたって本当?」


「してない」


「ケーキも?」


「任務だ」


「手繋いだ?」


「事故だ」


「人気者だね〜☆」


俺は、何も言えなくなった。




 ――数時間後。


基地の警備ゲートが、静かに開いた。


「光よ、集え――!」


薔薇色の魔力が、堂々と基地の廊下に咲く。


……いや、待て。


「星降る薔薇の悪役令嬢、ルミエール・フォン・ヴァレンティーヌ!

 本日は――」


「止まれ!!」


警備兵が一斉に構える。

警報が鳴りかけ――


「お待ちくださいな」

彼女は両手を上げ、にこやかに言った。

「本日は悪の成果報告に参りましたの」


沈黙。


「……何を言っている」

俺が前に出た。


「あら、レッド様!」

ぱっと表情が明るくなる。

「ちょうどよかったですわ!」


「よくない」


「本日の成果はこちらですの!」


彼女は胸を張り、杖を床に当てた。


ぽん、と光が弾ける。


現れたのは――


・きれいに舗装された路地

・修理された街灯

・迷子センターの看板

・整えられた花壇


「……」


「……?」


「……え?」


後ろで、ピンクが声を漏らす。


「え、これ何?」


「悪の痕跡ですわ!」


自信満々だった。


「混沌をもたらすため、街の秩序を――」

彼女は少し言葉を探し、

「……結果的に、住みやすくしてしまいましたわ」


「それは“善”だ」


「まあ! レッド様、そんな極端な!」


彼女はふるふると首を振る。


「これは“悪の第一段階”ですの」


「段階?」


「ええ。まず油断させ、心を許させ、最後に――」


きらきらした笑顔。


「皆様にケーキを振る舞いましたわ!」


ピンクが拍手した。


「わぁ〜! 最高じゃん!」


「ピンク、黙れ」


「だって平和だよ?」


ブルーが資料を見ながら呟く。


「……市民満足度、上がってる」


グリーンが眉をひそめる。


「悪とは」


「概念です」

俺は即答した。


ルミエールは少しだけ不安そうに俺を見た。


「……もしかして」

「うん」


「悪として、足りませんでした?」


俺は答えに詰まった。


どう言えばいい。

彼女は本気だ。

本気で“悪役令嬢”をやっている。


「……方向性は、間違ってる」


「まあ……!」


しょん、と肩を落とす。


ピンクがすかさず横から言った。


「でもさ! ルミちゃん、その“悪”さ、超かわいいよ!」


「まあ!」

ぱっと顔が明るくなる。

「やはり悪ですわね!」


違う、そうじゃない。


「では次は、もっと悪くいたしますわ!」


彼女は意気込んだ。


「例えば――」


少し考えて。


「お掃除を、三日に一度にします!」


「悪のスケールが小さい」


「街灯の点検も、夕方に回しますわ!」


「それは親切だ」


ルミエールは首を傾げた。


「悪とは……難しいものですのね」


俺は、頭を押さえた。


『レッド』

無線が入る。

『どうする』


「……保留で」


『理由は』


「今、修正すると逆に被害が出ます」


『理解できないが、了承する』


ルミエールは、少し照れたように笑った。


「次回の成果報告も、楽しみにしていてくださいましね?」


嫌な予感がした。


これは確実に、定期報告になる。




 成果報告(?)が終わり、ルミエールは満足そうに去っていった。


廊下に残ったのは、俺とピンクだけだ。


「ねえ、レッドくん」

ピンクがにやにやする。

「ルミちゃんさぁ」


「呼ぶな」


「距離、近くない?」


「任務上だ」


「ケーキの時も?」


「……任務上だ」


ピンクは肩をすくめた。


「ふーん。じゃあさ」


不意に、真面目な声になる。


「ルミちゃん、レッドくんのこと“名前で呼ぶ”よね」


「……そうか?」


「うん」

即答。

「他の人のことは、“皆様”とか“市民の方”なのに」


胸の奥が、ちくっとした。


「悪役令嬢だからだろ」

俺は言い切る。

「敵意表現の一種だ」


「名前で呼ぶのが?」


「そうだ」


ピンクは笑った。


「それ、恋愛マンガでよく見るやつだよ☆」


「見るな」


その時。


廊下の奥から、足音。


「あら?」


聞き覚えのある声。


「レッド様?」


振り向くと、ルミエールが立っていた。

さっきまでの自信満々な表情ではない。


「どうした」


「……忘れ物を」


彼女は小さな箱を差し出した。


「先ほどの成果報告に、こちらを含めるのを忘れておりましたわ」


箱を開く。


中には、丁寧に包まれた焼き菓子。


「……これは」


「悪の成果、第二段ですの」

少し早口になる。

「市民に配ろうと思いましたが、まずは現場責任者様へと……」


ピンクが身を乗り出す。


「えっ、手作り?」


「ええ」

にこり。

「悪役令嬢の嗜みですわ」


「悪役令嬢、家庭的すぎない?」


ルミエールはきょとんとした。


「家庭的……?」

少し考えて、

「……それは、悪でしょうか?」


「善だよ」

ピンクが断言した。


「……そうですの」


一瞬、しょんとする。


俺は箱を受け取った。


「……成果は受理する」


彼女の顔が、ぱっと明るくなった。


「まあ! 本当ですの?」


「条件付きだ」


「条件?」


「次からは――」

一拍。

「無断で基地に侵入するな」


「……善処しますわ!」


それは守られないやつだ。


ルミエールは一歩下がり、裾をつまんで礼をした。


「では、また成果をお持ちしますわね」


去り際、少しだけ振り返る。


「レッド様」


「なんだ」


「……お名前でお呼びするのは、お嫌でした?」


胸の奥が、またちくっとした。


「……任務に支障がなければ、構わない」


彼女は、ほんの少しだけ頬を染めた。


「よかったですわ」


それだけ言って、今度こそ去っていった。


廊下に、甘い匂いが残る。


「ねえレッドくん」

ピンクが、楽しそうに言った。

「これ、もう始まってない?」


「始まってない」


「火花、散ってたよ?」


「錯覚だ」


俺は箱を見下ろした。


――悪の成果、第二段。


胃は痛い。

だが。


なぜか、捨てられなかった。




 ――数日後。


市街地での定期巡回。

珍しく、魔力反応は静かだった。


「今日は平和だな」


そう呟いた瞬間。


「きゃはっ☆ レッドくーん!」


背後から、弾む声。


ピンクだ。


「今日は一緒に回ろーよ♪」

「単独行動だ」

「え〜? 最近ルミちゃんとばっかでしょ?」


違う。

断じて違う。


――その時。


空気が、薔薇色に揺れた。


「光よ、集え――!」


詠唱。


俺はもう、剣を抜かない。


「……来るぞ」


現れたのは、案の定。


「星降る薔薇の悪役令嬢、ルミエール・フォン・ヴァレンティーヌ!

本日は――」


途中で、言葉が止まった。


視線が、俺の隣に立つピンクへ向く。


「……まあ」


笑顔。

だが、どこか硬い。


「お二人で、巡回ですの?」


「うんっ!」

ピンクが無邪気に頷く。

「デートみたいでしょ?」


「違う」

即座に否定する。


だが。


ルミエールは、ゆっくりと瞬きをした。


「……なるほど」


杖を、くるりと回す。


「そういうことですのね」


薔薇色の魔力が、ふわりと広がる。

出力は低い。

だが――


ピンクの足元に、薔薇の蔦が伸びた。


「わっ?」

「拘束ではありませんわ」

ルミエールはにこやかに言う。

「転ばない程度、ですの」


「えっ、優しい!」


違う。

これは――


「ルミエール」


俺が名を呼ぶと、彼女は一瞬、目を伏せた。


「ご安心なさい、レッド様」

顔を上げる。

「悪役令嬢として、正しいことをしているだけですわ」


「何をだ」


「独占、ですわ」


はっきりと言った。


「悪は、欲張りでなければなりませんもの」


ピンクが目を丸くする。


「えっ、それって――」


「悪役令嬢ですもの」

微笑む。

「ヒーロー様を横から攫うくらい、朝飯前ですわ」


薔薇の蔦が、今度は俺の足元に絡む。

拘束はない。

ただ、距離を詰めるだけ。


近い。


「ルミエール」

低く言う。

「それは悪だ」


彼女は、少しだけ胸を張った。


「でしょう?」


その表情は、誇らしげで。


俺は、思わず言っていた。


「……できるじゃないか」


一瞬、きょとんとする。


「……なんですの?」


「悪役」


短く、はっきり。


彼女は、驚いたように目を見開き。

次の瞬間、耳まで赤くなった。


「そ、そんな……!

褒められるようなことでは……!」


蔦が、しゅるりと消える。


「レッドくん、今の完全に嫉妬だよね!?」

ピンクが楽しそうに叫ぶ。


「ち、違いますわ!」

慌てて否定。

「これは、悪の作法ですの!」


「へ〜」

ピンクはニヤニヤ。

「じゃあまたやる?」


「……必要であれば」


必要であるはずがない。


ルミエールは一歩下がり、咳払いをした。


「本日の悪行は、以上ですわ」

小さく付け足す。

「……成果として、ご報告いたします」


そう言って、去っていった。


俺は、ため息をつく。


「……胃が痛い」


「でもさ」

ピンクが言う。

「今の、ちょっとドキッとしたでしょ?」


「任務だ」


「はいはい☆」


だが。


薔薇の蔦が消えた地面を見ながら、俺は思った。


――確かに今のは。


悪役令嬢だった。





 ――数日後。


基地の廊下で、俺は壁にもたれていた。

胃が、静かに主張している。


「……今日も平和だ」


そう思った瞬間。


「光よ、集え――!」


詠唱が、近い。


俺は、天井を見た。


「……来るな」


来た。


「星降る薔薇の悪役令嬢、ルミエール・フォン・ヴァレンティーヌ!

 本日は――」


彼女は、途中で言葉を切った。


俺の顔を、じっと見る。


「……レッド様」


嫌な間だ。


「お顔の色が、優れませんわね」


「放っておけ」


だが彼女は、真剣だった。


「なるほど……」


顎に指を当てる。

いつもの“考える顔”。


「わたくし、ようやく理解しましたわ」


「何をだ」


「悪役令嬢としての――勝利条件ですの」


嫌な予感しかしない。


「聞かせなくていい」


「いえ。重要ですわ」


杖を、かつんと地面に立てる。


「悪とは、人を困らせる存在」


「まあ、そうだな」


「そして」

彼女は胸を張った。

「レッド様は、明らかに困っていらっしゃる」


……待て。


「市民は?」

俺は確認する。

「被害は?」


「ありませんわ」


「ピンクは?」


「楽しそうでしたわ」


「子どもたちは?」


「大喜びですの」


詰んだ。


「つまり」

彼女は、きらきらした目で言う。

「困っているのは――レッド様だけ」


「やめろ」


「これは」

一歩、近づく。

「非常に効率的な悪ですわ」


胃が、鳴いた。


「具体的に何をする気だ」


「実証ですわ」


杖が振られる。

薔薇色の魔力が、ふわり。


だが爆発は起きない。

破壊もない。


代わりに――


「レッド様」


距離が、近い。


「本日の悪行、一つ目」

微笑む。

「――付きまとい、ですわ」


「犯罪だ」


「悪役令嬢ですもの」


その理屈、最強か。


通りを歩けば、隣にいる。

止まれば、止まる。

振り向けば、目が合う。


市民の反応は――


「仲いいね〜」

「新しいヒロイン?」

「結婚?」


「違う!」


誰も困っていない。


俺だけが、困っている。


「二つ目」

彼女は楽しそうに言う。

「――無駄に褒めますわ」


「やめろ」


「今日の赤、とてもお似合いですわ」

「剣の構え、美しいですわね」

「胃薬、常備なさって?」


「最後は余計だ」


ピンクが遠くから手を振る。


「レッドくーん! 楽しそうだね☆」


「楽しくない!」


「成果、出てますわね」

ルミエールは満足そうだ。


胃が、限界を迎えた。


「……ルミエール」


低く呼ぶ。


「なんですの?」


「それは悪じゃない」


一瞬、表情が曇る。


「……そう、ですの?」


「悪は、世界を壊す」


「でも」

彼女は首を傾げた。

「世界は平和ですわ」


「……俺が壊れてる」


数秒の沈黙。


そして。


「まあ!」


彼女は、ぱっと笑った。


「では成功ですわね!」


ガッツポーズ。


「本日の悪行――完全勝利ですわ!」


無線が鳴る。


『レッド』

ブルーの声。

『状況は』


「敗北しました」


『敵にか』


「胃に」


沈黙。


『……胃薬、増やす』


ルミエールは、満足そうに去っていく。


「次回も、楽しみにしておりますわね」


俺は、その背中を見送りながら思った。


――この悪役令嬢。


世界にとっては、無害だ。


俺の胃にとっては、最悪だ。



――その夜。


基地の廊下で、俺は胃薬を飲んでいた。


「……なんでこうなる」


思い返す。


付きまとわれ。

褒められ。

無駄に近い距離で話され。

市民に誤解され。


結果。


世界:平和

市民:好感度上昇

悪役令嬢:満足

俺:死亡(胃)


「……悪を止めたはずなんだがな」


そこへ。


「レッド様」


嫌な声。


振り向くと、そこにいた。


星降る薔薇の悪役令嬢。

満面の笑み。

どこか、誇らしげ。


「ご報告ですわ」


「聞きたくない」


「本日の悪の成果、まとめて参りましたの」


嫌な予感が、確信に変わる。


「まず」

彼女は指を立てる。

「レッド様が困ると、わたくしの魔力効率が上がります」


「……は?」


「次に」

二本目。

「市民の声援が増えると、薔薇がよく咲きます」


「待て」


「そして」

三本目。


「レッド様が優しくすると――」


一瞬、視線が逸れる。


「……悪役令嬢としての自信が、深まりますの」


沈黙。


「つまり」


彼女は、胸を張った。


「レッド様は」

にこり。

「わたくしを、強化していらっしゃいますわ」


――終わった。


「……それ、やめろ」


「できませんわ」

当然のように。

「悪役ですもの」


無線が鳴る。


『レッド』

ブルーの声が、淡々と言う。

『観測データを更新した』


嫌な間。


『悪役令嬢ルミエール・フォン・ヴァレンティーヌ』

『危険度――』


 一拍。


『B+に上昇』


俺は、天を仰いだ。


「……俺が育ててないか?」


ルミエールは、にっこり微笑む。


「責任、取ってくださいますわよね?」


――次回。


悪役令嬢、順調に育成中。


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