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91.OLだけど、前世は異世界の大魔導師(♂)だったらしい その1

28話 元妖精はかく語りき から続く話になります。

そこで語られた話をここまで引っ張ってしまい申し訳ございません。

 八月の第一土曜日、午前十時半。

 美也子は名古屋駅太閤口(たいこうぐち)、通称『銀の時計前』でクラスメートの工藤と待ち合わせた。


 彼女の仲介で、大阪出身の矢吹櫻子という女性に会うためだ。新幹線でやって来るその女性を出迎えるため、新幹線改札口に程近いこの場所での集合となった。


 しかし、気温はすでに38度を上回っている。午後には40度に達する可能性だってある。本音を言えば、家から一歩も出たくない。

 しかも、一体どんな話をされるのかまったく見当もつかない。ややこしいことにならねばいい、と祈るだけだ。

 万が一のことがあった時は、遥か異世界にいるリューと、トートバッグにぶら下げた耳長悪魔を頼ることになる。どうやら耳長悪魔はそれなりに戦闘力があるらしいが、美也子が体感したのは()()()だけだ。真由香の耳長悪魔を言い負かして泣かせてしまった。


 ぬいぐるみに擬態する耳長悪魔を胡乱な目で見つめていると、聞き覚えのある声がかかる。


「千歳さん、終業式ぶりね」

「あ、工藤さん。久しぶり」


 小さく手を振り合って、挨拶を交わす。


 私服の工藤を見るのは初めてだ。セミロングの髪をシュシュでまとめ、小花柄のシャツにロングスカート、ヒールの高いサンダルを履いている。なんだかオシャレしてないかな、私服はいつもこんな感じなのかな、と美也子は首を傾げた。

 その肌はわずかな小麦色に染まり、日焼けをしているようだった。


「工藤さん、海にでも行った?」

「家族で日間賀(ひまか)島に行ったの」

「あ、いいなぁ」


 美也子も何度か行ったことがある。フェリーに乗って潮風に当たると気持ちがいい。この時期だから、海水浴でもしてきたのだろう。


 工藤とはさほど仲がいい訳ではないが、ぽつぽつと会話が続き、あっという間に時間が経過していく。

 しばらくすると眼前の改札口から人が溢れ、新幹線が到着したのだと分かった。人混みに目を凝らしていた工藤が、あ、と声を上げる。


「櫻子さん」


 手を振る工藤の視線を追うと、ちょうど改札を出たばかりの女性が歯を見せて笑っていた。


「やぁ工藤ちゃん。久しぶりだね」


 派手な赤色のキャリーバッグを引きずっているのは、二十代半ば程の長身痩躯の女だった。

 茶髪をベリーショートにしており、白いTシャツにジーパンというシンプルな格好がよく似合っている。


「お久しぶりです」


 工藤は初恋の人に会ったときのようにはにかんでいた。彼女が櫻子に敬意や憧れのような感情を抱いているのだと分かる。


 櫻子の視線が美也子を捉え、人懐こそうな笑みを見せる。


「やぁ、君が美也子ちゃんだね。イメージと違うなぁ、とってもかわいい」

「はぁ」


 今のは、子ども扱いされた『かわいい』だということは理解できた。嬉しくない。

 しかし、髪型や服装といい、しゃべり方もまるで男性のようだ。


「はぁ~、名古屋駅はシンプルでいいねぇ。新大阪なんてスゴい人だったよ」

「そうですか……」


 名古屋と東京の一部しか知らない美也子には、新大阪がどういった場所なのか想像もつかない。


「暑いのはどっちも同じかな。まったくイヤになるね」


 櫻子は愚痴をこぼしつつゴツい腕時計を見る。


「よっしゃ、味噌煮込みうどん食べに行こ。この櫻子さんがおごってあげるぞ、JKども。名古屋コーチン入り頼んでもいいよ」


 と、駅構内を出て、さっさと地下街に向かって行く。慌てて二人で後を追った。油断すると人波で分断されてしまう。

 この暑いのに味噌煮込みか、と美也子は辟易とした。


「あそこ、エプロンくれたよね?」


 長いエスカレーターを下りながら、振り向いた桜子に尋ねられた。

 店名を言われずとも、この地下街で味噌煮込みうどんと言われたら思い浮かぶのはひとつ。


「確か……。一回しか行ったことないから、うろ覚えですけど」


 だが、紙エプロンの隙間を縫って飛んでくるのが味噌煮込みうどんの汁だ。白いシャツを着ている者は重々注意せねばなるまい。櫻子だけでなく、美也子もまた白いブラウスだ。


 お昼時にはいつも長蛇の列ができているが、さすがに十一時前ではそうでもない。すぐに席へと通された。

 櫻子を対面に、工藤と横並びで腰掛けた。


「ほら、一番高いのを頼むがいい」


 初対面の者にそんなことを言われて遠慮なくそうできる程、美也子の心臓には毛が生えていない。一番高いものは数千円する。

 工藤と顔を見合わせていると、櫻子は店員を呼んで同じものを3つオーダーしてしまった。


「お前たちからはびた一文もらわんぞ」

「す、すみません」

「ありがとうございます」


 二人で頭を下げる。

 本音を言えば、白米(ごはん)を一緒に頼みたかった。


「いやぁ、手ぶらですまんね工藤ちゃん。本当なら肉まんでも買ってきてやりたかったが、こうも暑いとチルドでも匂うからな」

「いえ、わざわざ来てもらったのに、そんな」


 恐縮する工藤は、恥じるようにうつむいた。すっかり照れてしまっているようだ。

 きちんと仲介してもらえるだろうか、と不安になるが、それは杞憂だったとすぐに分かった。


 櫻子の視線が美也子へ向き、お互いが真っ直ぐ顔を見つめ合う。

 少し太めの眉に、切れ長の瞳。なかなかの美人だと思う。スタイルもいい。


「それでは、改めて。――私が矢吹櫻子だよ。ずっと会いたかったなぁ、ヒュー・クリスデン殿」


 前世の名前で呼ばれて、慌てて頭を振る。


「やめて下さい、記憶ないんです。千歳美也子です」

「ほう、じゃあ、ミャー子ちゃん、だな」

「いや、それは名古屋弁みたいなんでやめて下さい」


 隣の工藤が吹き出した。


「いや、そこは猫みたい、って言って欲しかったな」


 気安い櫻子に、身構えていた美也子は調子を狂わせられている。なんとなしに頬のあたりを掻いた。


「……大阪のかたのわりには、訛ってないですね」


 思ったことを尋ねると、ははっと笑われる。


「よく言われるよ。だって私、東京出身だもん」

「あ、そうなんですか」

「東京って便利過ぎるんだよね。だから、このまま東京で進学就職したら一生ここから出ないだろうなーって思って、大学から大阪に通うことにしたのさ」


 聞き覚えのある話に、美也子はつい声を大きくしてしまう。


「あ、それ、うちの父――亡くなってますけど――と同じです。父も、東京から出たくて名古屋に来たって、お母さんが言ってました」

「へぇー、お父さん、東京のどこ出身?」

「世田谷です」


 素直に答えてしまったが、これくらいならいいか……。

 櫻子の顔が、パッと華やぐ。


「いいな! 世田谷のどこ?」

「いや、それは……」

「私なんて北区だから、ほぼ埼玉だよ!」

「はぁ……」


 美也子には北区の位置が分からない。名古屋市北区なら分かる。

 そして、世田谷区のよさも理解できない。祖父母に会うため年に二回ほど訪れるが、ただの味気ない住宅街だ。近所に芸能人が住んでいるという話を聞いたことはあるが、東京なんだから芸能人もそこかしこにいるだろう。


「それで、あなたは一体どこで私のことを知ったんですか?」


 出身地談義を打ち切るため、本題を切り出した。だがその時ちょうど味噌煮込みうどんが運ばれてくる。

 ここのうどんは約一年半振りだ。その際は、世田谷の祖父母が一緒だった。


 土鍋に視線を落としながら、櫻子はぞんざいに答える。


「あー……神から聞いたのさ」

「そうですか、どこの?」


 真夏に煮えたぎる味噌煮込みうどんを食べるのは乗り気ではなかったが、目の前に運ばれてくると喉が鳴る。美也子もうどんを注視しながら尋ねた。


「ここ、オーヴィのだよ」

「へぇー。……え?」


 美也子は顔を上げた。


 ――この世界(オーヴィ)の神から聞いただと?

 ここの神は人類放置プレイがお好みではなかっただろうか。それ以前に、神様とお話をしたなんて、冗談じみている。


 櫻子は答えず、箸でうどんを示した。


「先にコレ食べよ」


 その意見は最もだった。


 あとは、高校生活の話、大阪の話、夏休みの予定など、当たり障りのない内容を三人で話しながら完食する。

ローカルネタに関しまして

モデルにした味噌煮込みうどん店に関して、実際通りの描写はしておりません。


また、「豚まん」ではなく「肉まん」と言っているのは、櫻子が関西人ではないゆえです。

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