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12.魔精の涙

 工藤の『忠告』を受けてから一週間経った。


 エイミはこちらの世界に関することは大変飲み込みが早く、ガスコンロや炊飯器を魔法みたいだと感嘆しながらもすぐに料理を覚えてしまった。おおざっぱな美也子よりずっと手際がいい。

 順応性が高いと言っていたが、まさにこういうことらしい。


 買い物や、インターネットの使い方も教えたが、これらは一人でやらせるにはまだ危ない。一度アダルトサイトに繋げてしまった。


 真由香とはずっと顔を合わせていない。登校時間をずらされているのだと気がつく。

 同じマンションなのだから、一言メッセージを送って会いに行けば済むのだが、そんな気になれなかった。 

 工藤のように愛奈の悪口を言われるかもしれず、そうしたら工藤にしたように怒鳴ってしまうかもしれない。


 毎朝挨拶をするだけで笑ってくれるエイミ、いつも明るい愛奈の元気な姿が癒しだった。


 だが、その日登校してきた愛奈は違った。


 美也子が席に座って一時間目の予習をしていると、教室の入り口付近で小さなざわめきが起こった。

 思わず見遣ると、目を赤くした愛奈が立っていた。


「どうしたの佐原さん!」


 一番近くにいた女子が数人駆け寄る。美也子も席を立ったが、輪に入り損ねた。


「痴漢にでもあった?」


 一人が声を潜めて尋ねる。大人びていてスタイルの良い愛奈ならば、有り得る話だ。


「ううん、大丈夫」


 愛奈は鼻をすする。そして美也子を見つけると、顔を歪ませた。嗚咽しかけたようだが堪えて、ひどい鼻声で呟いただけ。


「美也子、学校終わったら家に来て、話聞いてぇ」


 授業中も、ずっと鼻をすする音が聞こえた。あまりの惨い様子に、クラス全体が静まり返り余計に響く。

 とうとう三時間目の終わりに担任がやって来て、優しく促されて連れていかれた。

 あとから聞いた話では、教師陣も痴漢かそれ相当の事件に巻き込まれたのではと疑ったらしい。


 結局、愛奈は早退していった。


 放課後、大勢のクラスメイトの心配の声を受けて美也子は愛奈の家に向かう。愛奈の人望が窺え、友として鼻が高い反面、少しプレッシャーを感じる。明日登校したら、質問攻めにあうことだろう。

 ちなみに愛奈の家は美也子のマンションと反対方向だが、そんなことは気になりはしない。


 インターホンを押すと、母親が出迎えてくれた。娘の涙の事情を知っているらしく、嘆息し苦笑する。


「ごめんなさいね美也子ちゃん。病気でもないのに、担任の先生にまで心配かけちゃって。でも来てくれてありがとう、話を聞いてやって」


 病気でも犯罪でもなく、そして母親の微妙な態度。

 美也子は気がついた。

 ――恋愛絡み……まーくんのことか、と。


 部屋に通されると、部屋着の愛奈はスマートフォンを握り締めたまま、泣き腫らした目で、呆然としていた。

 涙は枯れているようだが、ゴミ箱にティッシュが溢れていて、体外に出た水分の量がいかほどか推し量れる。


「美也子、わざわざ来てくれてありがとう」


 予想以上にしゃんとした声で礼を言われ驚く。呆然としていたのではなく心を鎮めていたのだろう。


「昨日、まーくんにフラれたの。電話で」


 予想通りではあったが、息を呑んでしまう。そっと愛奈の背中に手をやる。


「そっか……」


 気の利いた言葉がでない。

 こんなに泣いて可哀相な愛奈。どうしたら少しでも気持ちを晴らしてやれるだろうか。

 慰めの手段を考えていると、愛奈は淡々と言った。


「納得行かないから、直接会うことにした。今日、これから」

「うん」


 それは当然だろうと頷く。


「美也子、ついてきて」


 風雲急を告げる展開に美也子は目を見開いた。

 愛奈の目は、これから死地に向かう者のそれだった。覚悟を決めている。


「わ、私なんかがいいの? 部外者だけど、まーくん怒らない?」

「いいの、誰かがそばにいてくれないと死んじゃうかも」


 抑揚のない言葉はかえって凄みがあった。脅しではなく事実のような。

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