表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/116

111.<番外編 リュー> 十三世界の神使を殺し その2

 ふと思いついたリューは提案する。


「そういえば、神どものお遊びが終了した以上、お前は異世界へ渡ることができるはずだ。一度スンヴェルへ来ないか?」


 するとたちまち美也子の表情が曇る。


「それはイヤだってば」

「一生そこで暮らせと言っているわけではない。旅行にでも来る感覚で、何日か」


 他の世界に比べれば、スンヴェルは決して楽しい世界ではない。それでも己の暮らす世界を、愛しい魔女に見せてやりたかった。

 そして何よりも――。


「他の悪魔どもにお前を披露したい。凄まじい魔力を持ち、剛毅なる心で神どもを脅かしたと。『全てを統べるもの』たる私が最も愛おしむ魔女であると」


 すべらかな黒髪を撫でながら、優しい声音で話し掛ける。声に魔力を潜ませて、その心を絡めようと試みる。

 美也子相手に、効果が薄いことは分かっていた。魔力が高い分、この娘には魅了の(しゅ)が効きにくい。


 それでも完全無効化されるわけではなく、徐々にその目がとろりと溶けて来た。


「うん……。一回くらい、リューの住む世界を見てみたい……かも」

「そうか、渡界可能な魔力さえ溜まれば、すぐにでも来い」

「でもね、今年は受験なの……」


 受験、という言葉の意味がよく分からないが、拒絶されたことには違いない。


「夏休みも勉強しなきゃ……」


 やはりだめか、と唇を噛む。ダメ押しでもう一撫ですると、美也子は緩慢に口を開く。


「う~ん、じゃあ、大学生になったら行こうかな……」


 ようやく肯定的な言葉を引き出せたことに安堵する。


「うむ、そうしろ」

「エイミも連れて行っていい?」

「っ!」


 そう来るだろうことは予期していたが、苛立ちを覚えずにいられない。


「拒否する。お前たちは平生から共にいられるではないか。たまには我慢してみろ」

「え~、ヤだ!」


 幼子のように頬を膨らませ、そっぽを向かれた。すでに呪は解けてしまったようだ。


 ふと、奥の水場で洗い物をしている獣人を見ると、『想定通り』という顔でほくそ笑んでいた。勝者が圧倒的優位から敗者を見下す嘲笑だ。何と腹立たしい。


「はい、あーん」


 美也子に(さじ)を向けられたため、獣人のほうを見たまま口を開ける。今度は獣人が嫉妬に顔を歪ませた。

 甘味が口角に付着してしまい、それを美也子が薄紙で丁寧に拭き取ってくれる。すると獣人はぷいと顔を背けた。何と愉快な。


 上機嫌になったリューは髪から(かんざし)を抜き取ると、美也子の眼前へ掲げる。


「これをやろうか?」


 精緻な装飾が施され、細かな宝石で彩られたそれは、角度を変えるたびにきらきらと輝いた。リューはあまり光物に興味がないが、大概の女はそれを好むものだと知っている。

 現に美也子だって、目をまん丸にしている。


「えっ、こんな高価そうなもの、もらえないよ」


 言葉とは裏腹に、目線はくぎ付け。


「スンヴェルに戻れば、いくらでもある」

「そっかー、リューって偉い人なんだよね……」


 しみじみと呟かれた。

 美也子には出自の詳細はあえて話していなかったが、どこかで聞き及んだらしい。初めて出会った頃のように()()()()と殴られなくなったからだ。


「もう少し髪が伸びたら、これを使え」

「うーん、嬉しいけど、多分私には似合わないよ」

「そうか? 化粧をして衣服を整えればきっとお前の黒髪にも似合う」


 決して世辞ではない。人族の成長は早く、見るたび美也子は大人の女になっていく。そろそろ、魔力を巡らせて若い肉体を維持する方法を教えてもいいだろう。


 ――恐らく美也子はそれを選択しないだろうが。


「わたしとしたことが、愛しい魔女へ贈り物の一つもしていなかったからな」

「そんなの気にしなくてもいいのに」


 そう言いつつも美也子はうっとりと髪飾りを眺めている。こういう装飾品に惹かれるところは年頃の娘らしくて微笑ましい。


「ご主人様、きっとお似合いになりますよ」


 いつの間にか寄ってきた獣人に口を挟まれた。


「あ、確かに成人式の時とか使えるかも……」

「そうですね、きっとあの美しい衣装に似合います!」


 などと、二人で盛り上がり始めてしまった。

 取り残されたリューはむっと唇を尖らせた。『やはりやらん』と取り上げてやろうと思ったが、それはあまりに狭量な行為だ。

 つい、長い溜め息が漏れる。

 そのかすかな音で、美也子はようやくリューの存在を思い出したらしい。


「今日は泊まっていく? お母さんにも見せたいな」


 後者はともかく、前者は願ってもないことだ。だが――。


「いや、滞在するだけでお前の魔力を食うからな。早々に退散する」


 いざという時のために魔力を温存させておかねばならない。

 それでもやはり後ろ髪惹かれる。


 リューは肩よりも上で切られた美也子の毛先に触れた。この世界に魔力が満ちてさえいれば、女の命たる髪を断たせることもなかっただろうに。ますます神が憎らしい。


 一方の美也子は肌をかすめる感触がくすぐったいようで、口元を震わせながらリューを見つめてくる。

 その黒々とした瞳が愛おしく、リューはとある言葉を漏らしていた。


「いつか十三世界の神使を殺し、お前と夜明けを見たいものだ」

「え?」


 案の定美也子は意味をつかめないようで、目を瞬かせる。その耳に苦い顔の獣人が囁いた。


「ネヴィラの故事です。世界の秩序を破壊してでも、結ばれぬ運命の者と結ばれたいと」


 解説痛み入るが、会話に割り入りってやりたいという悪意が透けて見える。


「へぇ……」


 感心したように頷いた美也子は、上を向いて何事かを考えている。


 自分の気持ちの一端でも感じてもらえば嬉しいと思っていると、あろうことか美也子はぷっと吹き出した。


「リューって意外とロマンチストなんだね!」


 そのままけらけらと笑われ、リューは鼻白む。魔女に対して最大限の愛の言葉を告げたつもりなのだが、こんなに筋違いな反応をされるとは。

 照れるとか、困惑するとか、怒るとかが正当な女の反応ではないのだろうか。

 獣人でさえ意味を悟って神妙な顔をしているというのに。


「あはは、リューらしくない! おっかしー!」


 腹を抱えて笑い出されては怒るしかない。


「そこまで笑うヤツがあるか!」

「あーごめんごめん」


 おざなりに謝罪され、髪を引き毟ってやろうかと思ったが、すぐに怒りはしぼんでいった。

 やはりまだまだ子どもか、と笑みがこぼれる。


 肩透かしだが、気分は回復した。

 今から帰っても、式典にはまだ間に合うだろう。


 怒り狂っているであろう『倨傲(きょごう)に構えるもの』にも、『あーすまんすまん』と謝ろう。

「十三世界の神使を殺し」の元ネタは「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」です。

諸説あるようですが、「烏」は「神の使い」を表しているそうですので、ネタにさせてもらいました。

 

各世界には似たような言い回しがたくさん存在している、という設定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ