101.閑話
今回は箸休め的なお話になります。
注文の品が運ばれてくると、大人たちに囲まれてわずかに緊張していた美也子も、高揚せずにいられなかった。お盆の上に載っているものが、どれだけ美味なのかを知っているから。
亀甲彫りの飯器のふたを取ると、下の米が見えないほどに鰻が敷き詰められていた。ふっくらとした白身にタレが染み込んでおり、甘い香りの湯気が食欲をかき立てる。
三つに区切られた角皿には海苔、ねき、わさびが据えられている。小鉢には漬物、汁物はただの吸い物ではなく、肝入りだ。美也子は、この肝吸いがちょっと苦手だったりする。
イザベルとアレクシスはそれを見て歓声をあげ、いそいそとスマホで写真を撮り出した。こいつらは本当に異世界人なのかと、美也子は呆れた目を向けてしまう。
ヘラーは器とにらめっこしている。恐らく初めて食すものへの警戒と、お盆の上に並んだ多数の食器への戸惑いだろう。
余計なお世話かと思ったが、美也子は食べ方を説明してやった。
「まずこうやって四等分するんです」
鰻の身の間にしゃもじを差し込み、十字型に分け目を作る。
「それでお茶碗に盛って食べる」
美也子は一区画分を椀によそった。
これから待ち受ける至高の一口を想像すると、口内に唾液が溜まるのも致し方ない。
ふと気付けば絹代以外、美也子を注視していた。
私をお手本にする気か、とプレッシャーを感じていると、ヘラーの疑念が飛んでくる。
「なぜ四等分にしたのだ?」
「いや、別に四等分しなくてもいいですけど……。分かりやすいから」
母はこう食べているし、祖父母は適当によそっている。
「二回目は、薬味を適当に掛けて下さい」
「なぜ二回目なのだ」
「いや、一回目でも三回目でもいいですけど……。分かりやすいから」
ヘラーの質問攻めに辟易としつつ、その身体から漂う花のようないい香りにわずかに動揺していた。
第一印象は最悪で、高慢で取っつきにくい女だと思っていた。
だが、クリスデンへの好意や絹代に怯える姿、おしゃれを楽しむさまなど、人間味のある面を知った今は少し好感を感じる。
むしろ、普通の大人の女性だという認識に変わっていた。
わずかにどぎまぎしつつ、美也子は机の中心あたりに置かれた土瓶を指さした。
「三回目はあれに入っている出汁をかける。……あ、三回目からじゃなくていいです」
突っ込みを防ぎながら、美也子は説明を続ける。
「四回目は、お好みの方法で食べて下さい」
むう、とヘラーが呻る。
「面倒な食事作法だな」
「作法、というほどでもないんですが……」
「味を変えていろいろ楽しむのが、醍醐味なのですよ」
絹代が補足してくれたので、美也子はほっとしながら頷く。
「そうですね、今のは初心者向けの食べ方です。私は最初から海苔をかけます」
美也子は海苔をつまみながら、横目でヘラーを見る。女は、どこか遠い目をしていた。
「ヘラーさん?」
「いや、お前の教え方は……あいつそっくりだと思ってな」
クリスデンのことを想起したのか、と少し胸が痛くなる。そんなことを言われても、あの男はとうに消え去った。美也子は押し黙るしかない。
気まずさを紛らわすため、とりあえず当たり障りのない話を振る。
「そういえば、足のネイル、きれいですね」
「そうやって不意に褒めて話題を逸らすところもな」
ヘラーの言葉に、反対側のエイミがほんの少しだけ笑声を漏らした。
きっと、ヘラーの言うことは事実なのだろう。
またあの男と似た言動をしてしまったのかと複雑な心境になり、何となく頬を掻いた。ああ、これもか。
「……まぁ、好きに食べて下さい」
投げやりにそう言うと、美也子を見つめていた皆がいそいそとしゃもじで四等分にし始めた。絹代も微笑みながらそうしている。
意図せず教師役になってしまったことに、そこはかとなく居心地の悪さを感じながらも一口頬張る。炭火で焼かれた鰻の香ばしい風味が口いっぱいに広がり、甘いタレが米によく合う。
あまりの美味に頬が自然と緩んだ。
これからアスラ人たちに話すことの内容と反応を考えると気が重いが、今は食事を楽しむことにしよう。
のほほんとした話を挟みましたが、次回より終幕に向かい話が加速していきます。どうぞお付き合いください。
明日も更新致します。




