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3、ボンの企み



「クェトル~!大変や~!」


 …また面倒なヤツが現れたな。



 ボンに背中を押されて引っ立てられていると、向こうから、これもまた悲愴な顔をしたアルが息を切らせて走ってきた。


 上着が半分くらい脱げたまま髪を振り乱して走る姿は戯画のように滑稽だな。



「ハァハァ…ちょうどエエとこに来た!あのな、大変や。犬の散歩しとったらな、ヒモごと逃げてもてん!なぁ、一緒にムン捜してぇな」


 アルは肩で息をしながら俺の袖をつかんで必死に訴えかけてきた。すでに泣きそうな顔をしている。


 たしかムンは、アルの家で飼っている大きな白い犬だったはずだ。足が不釣り合いに長くて、ヤギに似た不格好なヤツだ。



 まったく、どいつもこいつも面倒なことばかり持ってきやがる。



「ダメだ!ルシアを取り戻すのが先だヨ!犬なんかよりも人間だぜ!」


「犬なんかやてッ?!失礼やなーっ!俺かて困っとんねや!アンタこそ、そんなんあとでもエエやん!」


 即座にアルはボンに食ってかかる。



 どちらにせよ、俺には意見を言う権利はないらしい。俺からすりゃ、甲乙つけ難いくらい、どちらも迷惑な話なのだが…。



「オレが先に頼み事をしたんだぜ?」


「そらそーかも知れんけど…だって、おばちゃんが大事にしてる犬やのに、逃がしたら俺めっちゃ怒られるやん!」


 俺とボンは呆れて顔を見合わせた。ボンは仕方ないという顔つきで俺を見ている。





 結局、犬の捜索は三十分だけという制限時間つきでボンのほうが折れてやった。


 手分けして辻々を見回し、それらしい白い犬がほっつき歩いていないか捜す。


 目立つ犬だから見つけ易いと思ったのだが、なかなか一筋縄にはいかないらしい。




 …と、小一時間も経ったころだろうか。約束の時間もとっくに過ぎたころだろうと、捜索を打ち切ろうとした時だ。アルが息を切らせて戻ってきた。


「お騒がせなバカ犬、結局、家に戻っとったわ」


 とりあえず解決したようだ。





……………………



 ヴァーバルの城下街を出て街道を北へ。半日も歩いたころ、例の伯爵の屋敷らしき小城が高台に建っているのが見えてきた。



 するとボンは急に大木の陰で立ち止まり、自分の荷物を下ろしてブツブツ言いながら中を探り始めた。


「何してんのん?ってゆーか、これからどないすんねん」


「オレにイイ作戦があるんだヨ」


「作戦?」


 ボンは荷物を探る手を止め、アルに耳打ちし始めた。二人ともニタニタ笑っている。ひそひそ話は感じが悪いぞ。



「うんうん。そりゃエエ案やなぁ。…でも、まさか、あの人も、やらすのん?」


 アルはボンに耳打ちし返しながら俺を指差して失笑する。ものすごく感じが悪い。


「あったまえじゃん!アイツが主役と言ったって過言じゃないくらいサ」



 それを聞いてアルは噴き出した。さらに四つ這いになって地面をバシバシ叩きながら爆笑を始める。


「アヒ~ッッ、おもろ過ぎやろ!想像しただけで腹の皮ねじれそうやし~ッ!もう無理~!笑い死ぬ~!」


「オイオイ、せっかく協力してくれるってのに、彼に失礼じゃないか。笑ってないで始めるゾ。さあ、そこに座って」


 ボンが真顔でアルをたしなめ、今度は俺へ向けて言った。



 何だか非常にイヤな予感がするが…手伝うと言ってしまった手前、イヤでもボンに従わなきゃならない。



「はい、目を閉じてジッとしてなヨ。終わるまで絶対に目を開けんなよ」


 地面にあぐらをかき、ボンに言われたとおりにする。目を閉じていると何をされるのかが分からなくて、なおさら不気味だ。


 おとなしく待っていると、柔らかい物で顔全体を執拗に触られた。ちょうどホウキで掃除でもされているような感覚だ。



「もう少しまぶたの力を抜いてくれヨ。口の力も入れ過ぎだ。一文字に結んでちゃ困る」


 注文が多い。さんざん顔を掃かれ、目元をごちゃごちゃと触られた。続いて変に冷たくて湿った物でヌルリと唇をなぞられる。ただひたすら気持ちが悪い。


 それが終わったかと思ゃあ、頭に何かをかぶせられた。目を開けて状況を把握したい思いに駆られるが、あのアルの笑いからすりゃ今の自分の状態を知りたくないような気もする…。



「はい。目を開けてもイイぜ」


 ボンの言葉に目を開ける。


 かなり長い間、顔や髪を触られたが、いったい何をされたんだろうか?



「うわ~、めっちゃエエ!似合い過ぎ!意外な才能やな」


 俺の顔を覗き込み、アルは手を叩いて喜んでいる…が、どう見てもニタニタ顔だ。



「はい、次はこれを着てもらうヨ」


 ボンは白と桃色の布を鞄から取り出し、手渡してきた。


 薄くて軽い布を広げてみると…女物の服じゃないか!?袖にヒラヒラしたレースがついている。これを着ろってのか?冗談じゃない!



 ボンをにらみつける。


「女の子が、そんな怖い顔をしちゃダメだってばサ」


「ふざけるな」


 ボンの胸ぐらを引っつかむ。


「ひぇー、怖いっ!その顔で怒んなよ…別の意味で倍怖いゾ。ふざけちゃいないサ。作戦だって言ったじゃんか」



 作戦にしたって人をバカにしている。何の断りもなく女装なんてさせやがって。今さらながら、二人が耳打ちして笑い合っていた意味がよく分かった。


 珍しく素直になってやりゃ、この仕打ちか。黙って従ってやったのが間違いだった。



「ま、鏡を見てごらんよ。さすが男前、なかなかイイ線いってるからサァ」


 ボンに手鏡を渡された。…はっきり言って、見たくないのだが。



 確認したくはないが、自分の顔だ。確認しないわけにはいかないだろう。


 …ボンめ、器用に化粧しやがって。


 まず、薄い水色に彩られた目と目が合った。つけまつげが実にケバケバしい。女装だと、どうしてこうも厚化粧にしたがるものなのだろうか?


 桃色に塗りったくられた口元は引き結ばれ、とても不機嫌そうだ。



 容姿としちゃ、そんなにこっぴどくはないようだが、眉根を寄せているせいか気が強くて意地悪そうな顔の女に見える。


 だが、いくら頑張っても顔以外は変えられないぞ。第一、こんな身長の女なんて、なかなかいないだろ。逆に目立って、変装がバレても知らないからな。



 見ると、ボンとアルは楽しそうに女装を始めていた。


 どこが作戦だ。こいつら、あきらかに面白がってやがる…。





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