8、別れの朝に
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目を開けると、見覚えのない部屋の中。
どこやったかな、と、頭を働かす。
ちょっと考えて、あ、墓守の人の小屋やったと思い出す。昨日、暗くなってから来たから、初めて部屋の中を見たような気がする。
よく寝付けず何度か目が開いたけど、なんとか寝てたみたいで、もう外は明るい。小さい窓から光が差し込んでた。
すでに身支度をし、小屋から出ていこうとするクェトルが見えた。
「ちょっと待って!冷たいなぁ…」
追いついて、クェトルの服をつかむ。
「俺は帰る。ついてくるな」
背中を向けたまんま、そう言う。
「なぁ…俺、お前が好き。でも、もう、一緒におったらアカンのん…?」
「ああ駄目だ。俺は、お前が好きじゃない。だから、ティティスへ帰れ」
言い返す言葉が思いつかず、グッと息が詰まる。わざわざ、端々までご丁寧に言われると、胸に深く突き刺さる。
俺が一方的に、ズルズルと付きまとっているって分かってる。嫌われてるにもかかわらず、しつこく。
でも、ホントに離れるのんだけは嫌やった。そんなんやったら死んだほうがマシや。
「お前と離れるぐらいやったら、死にたい…!」
「我儘を言うのは、いい加減にしろ」
振り向きざまに睨みつけられる。グイッと手首を力任せに掴まれた。
そのまま強引に手を引かれながら、墓地から河原のほうへ降り、昨日歩いた道のりを戻る。
「や!自分で歩くよ!」
俺は半分キレ気味に言うて、その手を振りほどく。
悲しさより、いかりが込み上げてきた。手首は赤くなり痺れるような痛みが残る。
昨日よりも足が重い。
歩いていっても、先には何の希望もないからやなぁ。トボトボ…。
前を歩くクェトルは無言。
その後ろを無言でついて行く。
風が強い。雨は上がって青空。でもまだ川の水は、激しく音を立てて流れている。いつもは透き通っているのに、完全に泥の色をしていた。
服は案の定、生乾きで重たい。臭いし冷たいしサイアクの気分。
でも、裸で歩くわけにいかず、着てるしかない。カラッと乾いた衣類が恋しい。
階段を上がり、大橋のたもとに戻ってきた。
「トゥルーラ様が、おられたぞ」
と、橋の向こう側に、おばちゃん、トースさん、数名の御付の人らがいるのが見えた。ちょうど、俺を探しに来てたっぽい。
引き渡されたら、完全に俺の人生は別方向へ向かってしまう。橋を渡る、渡らない、が、その分かれ道に見えた。きっと、死んでも今の暮らしには戻らせてもらえない。
「さあ、トゥルーラ様、こちらへ」
恭しくトースさんが手を広げる。
俺は、トースさんをにらみ、橋の手すりに手を掛ける。
「トゥルーラ様、何を?」
「連れて行かれるぐらいやったら、ここから川に飛び込んで死ぬ!」
「エアリアル、何を言うてはるの!」
「近づいたら飛び込むっ!」
橋は高く、水面まで遠い。ヌメッと泥色に濁った水が音を立てて流れている。いくら泳げたとしても、これに呑み込まれたら終わりや。
「やめなさい!本当に死んでしまいますぞ」
口々に俺を引き留めようと叫ぶ。
「来んといて!」
俺は、手すりに足をかけ、川の方へ身を乗り出す。もう、どうでも良かった。
手を離す。
面白いもんで、なぜか全てゆっくり感じられた。
ん?落ちてゆく感覚…がない。と思う間もなく、次の瞬間にはクェトルの腕の中にいた。
橋の内側へ引き戻され、抱き寄せられている。嬉しい、とか、ときめくような感じじゃなくて、どっちかと言えば、背後から拘束されてる?的な?
それに、首筋に硬い金属か何か?をグイッと押し込められてるもん。
「…アンタ、一体何を?」
その状況を見て、あ然とするおばちゃん。
「どういうつもりだね?」
トースさんも同じような反応。
あの、アレや。のどに刃物的な、アレや。
でも、ちらっと見えたけど、多分、手の中にあるのは銀色の硬貨っぽい。
「つべこべ吐かすな。王女が殺されたくなけりゃ、下がれ」
喉元にナイフと信じてる彼らは、たじろいでる。トースさんが、いくら腕が立つ男を従えてようと、手出し出来なければ役に立たない。
川に飛び込んで死のうとしてたかと思うと、今度は硬貨を突きつけられてる姫君。彼らにしたら俺の無事な身柄が目的なんやから、たまったもんやない。
人質スタイルのまんま、ティティスの連中から遠ざかるように後ずさる。
「逃げるぞ」
クェトルは俺の耳元で、そう言うた。
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