6、追われる者
俺は後ろ向けに、そろっと、足の方から窓の外に出す。窓枠に掴まりながら、ひさしに足を置く。
下を見るのも怖く、そこから後ろ向きのまんま地面に飛び降りる。
着地し、しゃがんだまま上を見上げる。勝手口の上にポッカリと開いた二階の窓。閉めて降りて来た方が良かったかな。
土砂降りの大きな雨粒が容赦なく降り注いでくる。不思議とゆっくり落ちてきているように見えた。
俺を見下ろすクェトルと目が合った。クェトルは無表情で何も言わず路地を歩き出した。俺は急いで後を追った。
細いくねくねの道を黙ったまんま歩き続ける。
裏路地は知らない道でもないけど、そんなに行き来する場所でもないから、なんか異国の地のように感じられた。
裏口に繋がれた犬が雨の漏る軒下で、しょぼくれて丸まっとる。路地脇の溝板に並べられた植木鉢の花びらが雨に揺らされていた。
表通りの華やかさと違って、ここは古い壁や苔むした石で全体がくすんだ色をしている。薄暗くて、淋しくて、雨が良く似合う。
靴を忘れなくて良かったと思う。きっと俺だけやったら、靴も履かずに2階から飛び降りて、今頃、尖った石ころなんかが足に刺さって悲鳴を上げてるところや。
ブカブカというわけでもなくて、わりとちゃんとしたサイズやけど、よくうまいことあったなぁと思った。
クェトルは黙々と前を歩いている。ずっと黙ったまんまで何を考えてるんか分からん。以前から何を考えてんのか分からんかったけど、最近は一層、ますます、まったく何を考えてるんか分からん。会うのかって、二、三か月ぶりや。
「…なぁ、どこ行くん…?」
沈黙に耐えかねて、そう聞いた。
思ったとおり、返事はなかった。
俺も歩くのはそんなに遅くはないけど、足の長さの違いで、気を抜いたら置いていかれそうになる。
いっそのこと、このまま、どこか遠くへ連れて行ってほしい。
二人で遠くまで行けるやろか。
裏路地から表通りに出た。ドキッとする場所。目の前には大きな川がある。って、こっちは俺の家の方向やんか!
「なんでこっちの方向なん?!どっか遠くに逃がしてくれるんちゃうん?!」
クェトルは何も言わんと川沿いの道を南へ歩き始めた。その方向には雨に煙る大橋が見えてきた。ホンマに橋を渡って移民街の俺の家のほうに行く気や。
何を言うても聞いてくれそうもなく、すたすたと歩いていくその腕にしがみ付いて止める。
「イヤや!戻りたない言うとるやろ!なぁ、俺、逃がしてくれへんの?一緒に逃げて、どこかにつれてってくれへんの?」
「俺は関係ないだろ。巻き込まれたくない」
たしかに関係ないかも知れん。けど、そんなに突き放したこと言わんでも。
せやけど、今すぐ連れ戻されるのんだけはイヤやった。考える時間っていうか……いくら嫌われとったとしても、ちょっとでも一緒にいて欲しいと思った。
こうして一度は帝国から戻ってこれたけど、今度こそティティスに行ってしもたら二度と会えないかも知れん……。
どさくさにまぎれて、その背中に抱き付く。…が、さりげなく引き剥がされた。予想どおりですが。
雨水が頭から髪の間を伝って、顔とか首に流れてくる。雨ふりを超越して、水に飛び込んだぐらいびしょびしょや。
「なぁ…一晩だけ、一晩だけ考えさして。お願いや、一緒に、おってほしい」
俺の言葉に返事はない。そらそやろなぁ。鬱陶しい俺を今すぐにでも送り返したいんやもんな。
クェトルは雨で乱れて張り付いた自分の髪を手ぐしで掻き上げ、不満そうに顔もぬぐった。
「お前には、一択しかないぞ」
「…うん。分かってるよ。それでも考えさして。一緒に、おってくれるん…?」
俺がそう言うと、クェトルは無言で、今度は川沿いを北に歩き始めた。それを小走りで追いかける。
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