8、回顧
……アルは、どうなったのだろうか?
頭痛は少し引いたが、まだ覚めきらない頭で思い起こす。
アルが女であったことと、鳩の刺青を思い出した。鮮明に覚えている。羽根を羽ばたかせた青灰色の鳩。絵の具で直接描いたかのように美しかった。あんなにも色鮮やかなものなのか。
「さぁ、エアリアルは、どこへつれていかれたんだろうね~?」
あいかわらず、ジェンスは、さほど心配するふうでもなく言った。
「あれはティティスの鳩か?」
「そうだね。ティティスの鳩、貴鳩だよ」
貴鳩は、今は滅ぼされてなくなっている国・ティティスの国章だ。四年ほど前になるが、ティティスの王女の肖像を探しに、廃墟になっている城へ行ったことがある。その時、城の壁に紋章が掲げられていた。
「エアリアルは、たぶん、ティティスの王族なのだろうね。おそらく、帝国につれて行かれたんじゃないかな」
ジェンスは長い髪を指先で整えながら言った。
たしかに、貴鳩の紋の人物を捜していて、しかもあんなふうに拉致してゆくなんて、帝国以外ないだろう。
帝国ということは、皇帝バナロスが捜しているということだ。
皇帝バナロスが暴君なのは俺でも知っていた。たしか、ティティスが滅ぼされた理由は、帝国に要求された物を出さなかったからだった。帝国の要求した物の中に王女があったはずだ。それを執拗に捜していたとすれば説明がつく。
国が滅ぼされたあと、アルは皇帝から隠れるために、少なくとも女であるという候補から外れるために男として生きていたんだ。そして、ティティスとは縁の薄い移民街に堂々と隠れ住んでいたのだろう。それが見つかり、今更ながら皇帝の所へつれて行かれたと考えられる。
それにしても、女だったとは。それで、今まで頑なに肌の露出を避けていたのか。変人で気位の高いヤツだと思っていたが、そういう理由だったとは。
「あいつは女だったんだな」
「そうだよ」
俺が独り言のように言うと、ジェンスは、そう応えた。言葉に違和感を感じる。
「お前は知っていたのか」
「そうだよ」
思った通りの返事だった。
「特に、君には隠しておいてほしいって頼まれていたんだよ」
「どういう意味だ」
「さあね。自分で考えてごらんよ」
ジェンスは女のような品を作ってくすりと笑う。
俺に知られて何がまずかったのだろうか?釈然としないが、なるべく今は考えないようにする。
いつの間にか部屋の中は暗くなっていた。どうやら日暮れ時だったようだ。
拘束されているのが誰にも気づかれなかったことに疑問を感じる。それとも、気づかれていたが、何らかの事情で触れられなかったのだろうか。
答えは見つからないまま、夜は更けてゆく。




