5、ゲンブルンにて
………………
森を抜けて首都ゲンブルンまでは半日とかからず、まだ日も高いうちに着くことができた。
街の外から大街道が続いているゲンブルンの城下町の門をくぐる。大きな通りが、ちょうど南北に貫いている形だ。門の前には飾りのような立番の兵士がいる。
美しいことで屈指のこの国の街並みは、整備されつくされて何もかもが直線的だ。清掃が行き渡り、落ち葉ひとつないほどだ。街角のあちこちに国章である白鷺の紋の旗がはためいている。
仰ぎ見れば展望の良さそうな山の頂に、この街並みに見合った絢爛な城が見えている。王城だろう。石造りで、品の良い見た目をしている。
大通りから一つ奥の路地に宿屋街を見つけ、その中の一軒に決める。
部屋へ着くと、俺はそのままベッドに突っ伏した。徹夜のせいで疲れたなんてもんじゃあない。言葉では言い表せないほどの疲労により、今にも意識不明になりそうだった。これでやっと休める。
「はぁ~、やっとついたなぁ。さぁ、約束どおり、クェトル、遊びに行こ!」
俺は約束した覚えはまったくない。こっちは、ここまでやっとの思いで歩いてきたのだが。自分は元気だからって、バカなのかコイツは?
「なぁなぁ、まだ寝たらアカンで~」
アルは、なぁなぁ言いながら、執拗に俺の背中をこねるように押して揺する。
「…うるさいな」
声を絞り出して言うと、揺れが止まった。
「うるさいやて?聞いたぁ?クェトルが言うこと聞いてくれへんねん。ジェンス、何とかして」
「じゃあ、片づけが終わったら、僕と遊びに行こうか?」
「うん!あんな奴、ほっといて行こ!」
勝手なことを言いやがって。お前も夜通し起きてみろ。人の身にもなれってんだ。
ドンドンと戸を叩いているらしき音が聞こえてきた。うるさいぞ。どいつもこいつも。静かに寝かせてくれ。
「何のご用ですか?」
ジェンスの声がしたかと思うと、乱暴に戸の開く音がした。誰だ、うるさい。頼むから静かにしてくれ。
続いて無遠慮な大きな足音と気配がした。と、同時に急に両腕を引っつかまれた。かと思うと、後ろ手にねじ上げられ、今度は痛みで完全に目が覚めた。うつ伏せのまま、なんとか顔だけを上げて見遣ると、にわかには信じられない光景が目の前にあった。
軽装の甲冑を身に着けた兵士らが十人ほど、俺たち三人を拘束していた。何なんだ、いったい?!身に覚えがないのだが?
……いや、これはたぶん夢だ。夢を見ているに違いない。
「我々は、その娘に用がある」
直接、俺たちに触れていない上官らしき偉そうな野郎が戸口でアルを指さし、凄みのある声で言った。
「娘?何のことだ」
まったく身動きできず、俺は組み伏されたまま、男に疑問を投げかけた。こいつらは、いったい誰と勘違いしてやがるんだ?
安眠を妨害されたことと、理不尽に組み敷かれていることが、しだいに怒りへと変わる。しかし、動けないことには変わりがない。
ジェンスは入り口すぐの壁に押さえつけられている。アルは戸口すぐの所で二人につかまれているが、ひどく怯えているように見える。
どうやら夢ではないようだ。
「離してください!人違いです!」
上官が合図を送ると、アルをつかんでいる一人がアルの上服を乱暴に引きはがした。服の下は、胸から胴へかけて白い布がきつく巻きつけられていた。
「そいつを離せ」
俺は我に返り、押さえつけている奴らに抗おうとするが、押さえ込まれる力が増すだけだった。背中に馬乗りになって押さえつけられているらしく、その重みが増し背骨が軋む。アルを助けようにも身動きが取れない。
アルは悲愴な表情で必死に抵抗をしている。だが、兵は身体の布をも引き剥がした。
とんでもないものを見た。目を疑わずにはおれなかった。いや、否定することで頭の中を整理するしか術がないと言うべきか。
そうだ、俺はたぶん、眠っているんだろう。これは夢だ、悪い夢だ。そうに違いない。それで合点がいく。
それにしても何なんだ、この悪夢は。
そう、これは悪夢だ……それは、白く折れそうな、か細い女の身体をしていたからだ。
アルは泣き出しそうな顔で唇を噛みしめている。上官の合図で、今度は、アルは背中を向けさせられた。白い画布のような右肩に、精緻な鳥の絵があった。
鳩の刺青……?!
「貴鳩の紋!間違いない!みな、喜べ、我々の手柄だ!」
上官は喜びの声を上げ、目配せをした。すると、一人がビンに入った液体を、必死の形相で逃れようと抵抗するアルの頬をつかみ、口へと流し込む。すぐにアルの力が抜け、抱きかかえられた。
予測はしていたが、次はジェンス、そして俺に飲ませようとした。歯を食いしばると鼻をつままれ、口を開けるしかなくなった。苦い。口中に、とてつもない苦味が拡がったかと思うと、意識が遠のいた。ものすごく眠い。ここで眠ってしまったら、どうなるのだろうか?
……だが、そんなことは、すぐにどうでもよくなった。




